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はるかかなた。  作者: さんまぐ
【遥か彼方。編】◆結実から絶望まで・16歳~18歳夏。◇昇の前に現れた事実。

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第50話 大樹珈琲で聞くこれまでの事。

鎌倉の大樹珈琲に到着すると、23時を過ぎているのに店の明かりはついていた。

かなたが「お電話した楠木です」と名乗ると、男はすぐに「母さんを呼びますね。電話や来訪の慣れた感じ、前もいらしてくれたんですね」と言って奥に行くと、すぐに老婆と共に戻ってくる。

そして老婆はかなたを見ると「ご無沙汰しています。お久しぶりですね」と挨拶をした。


かなたは簡単に今の状況を伝えて、昇には「今回は昇が春香と蒲生さん達を探しに行ったけど、少し前だと私が昇の手を取って2人を探してここに来たんだよ。だから奥さんとは顔見知りなの」と言う。


「あれから何年かしら?もう40年?もっとかしら?」と言った老婆を見て、不思議がる昇に、かなたは「奥さんは私たちみたいにやり直したことはないけど、やり直されても前の事とか覚えたりしているんだよ」と説明をする。


「おかげで母さんはまだ若い人に、ご無沙汰してますなんて言うから、ボケたと思われてしまうけどね」


男は珈琲を淹れながら説明をし、昇には「前にも会ったね。君の事は知っているよ」と告げる。


「かなた?ここにきた意味は?」

「ここに来るまでに昇にある程度の説明をして、奥さんから今度こそ終われるかを聞きたいの」


かなたは老婆に「私はもう終わりたいんです。この風はもう吹きませんか?」と問うと、老婆は「心残りの風。やり直しの風は2人以上が願わないと吹きませんよ」と答える。


「私に心残りはありません」

「そうなのね。なら目の前の彼ともう1人。どこかに心残りのある人がいるわ。その人を見つけて心残りを取り除かないとダメね」


昇はそれを聞きながら「一木…」と言うと、かなたは「一木幸平は何がしたいのかイマイチわからない。何回も昇を困らせて傷つけて喜びたくて、心残りの風を吹かせているのなら、今ここで昇が心残りを捨てるしかないの」と言う。


昇の心残りは春香の事で「春香…」と呟いてしまうが、かなたは首を横に振る。


「もう何回も戻ってきた。昇が知らないだけで、ファミレスのアルバイトを春香と同じ時期に始めても、高校を東の京に通っても、遅かれ早かれ春香に裏切られるよ。そして傷ついた昇を私が癒してきた。昇はその度に苦しんで、もう春香を忘れるって言ってくれたよ」


ここで黙っていた小岩茂が、「ならなんでその風とやらが吹いて、昇はやり直してここにいる?」と疑問を口にすると、かなたは本当に怖い声で「昇が振り切って春香を忘れようとするたびに、一木幸平が春香を昇に向けてけしかけるから」と答えた。


「最初もそう。上田優雅と春香の24歳の結婚式から1年して、私と昇が婚約したと知った一木幸平は、春香にそれを知らせた。春香は結婚しても、1日もおさまらなかった優雅の浮気性に懲り懲りで、一木の言葉に乗せられて1年間、ずっとオモチャにされてきた。もう滅茶苦茶でギリギリで、いつ離婚してもおかしくなかった」


当時、昇はあの結婚式で憔悴し、関わりたくないと思いながらも、トークルームのタイムラインに現れる、あの結婚式や昇を笑い者にした写真や動画を見てしまう。

それを止めたのがかなたで、かなたの言葉に従って、昇はその後一切タイムラインを見ることはなかった。


「そんな時、私と昇が婚約した話を聞くと、一木は春香を誘導して、優雅と別居させると昇に復縁を迫らせた。最初は会って話だけでも聞いてほしいという言葉。それを言葉通りにとらえる訳がない。昇はキチンと終わった事だし私がいると言って春香を拒んでくれた。けど昇自身が拒んでも春香は諦めなかった。今の自分を形作った、自信を持たせてくれた春香から何度も懇願された。一木の手によってボロボロで居場所がなくなった春香の状況を一木は送ってくる。そんな中、一木の手によって春香も激化したの」


春香も一木幸平にオモチャにされた被害者の面が強かった。

だが、あの酷い結婚式の後では、参列者に味方なんていなかった。

相談をしようにも一木幸平が根回しを済ませていたので、誰も春香をかわいそうだとは思わなかった。

もう春香には昇しかいないように一木幸平が仕向けていた。


「それでゲリラ豪雨の続きと言われて、仕方なく話だけでも聞こうとした昇を、一木が徹底的にオモチャにして壊した。拒み続けた昇の心が揺れて動いたと、世間に見えてしまう、世間が言えてしまう瞬間に、優雅に昇の事を話して春香と復縁させた。その瞬間にそれまでのすべてのやり取りを流出させて、私との婚約も台無しにされた。これで修復不可能なまでに壊れた昇は、私に許されない事をしたと言って失踪した」


かなたは声を震わせていた。

昇を見る目は穏やかで慈しむものだが、声は怖い声で怒りに震えていた。


「それ以降もか?」

「私が惑わされないように誘導して、昇が早い段階で春香を諦めてくれても、一木は春香を誘導して望みがあるように見せかけて、昇の心に迷いが生まれた時…、同情でも友情でもそう、最初の時の気持ちと、生来の優しさを持った昇が、今回みたいな時でも友達として春香を赦そうとした時に、上田優雅を持ち出して、簡単に昇を裏切る春香を見せて昇を傷つける。昇自身に最初の記憶…それもあの結婚式までのものしかないから防ぎ用なんて無かったの」


「なら今回はどうなるんだ?」

「前の時は、この流れ自体を変えてみるために、8月7日に皆でご飯を食べる事にした。本当はそれで春香と昇を円満に関係解消に導きたかった。だから私と昇と茂くんと真由さん、4人でご飯を食べてからお店の前まで春香を迎えに行ってみたんだけど、私たちに気づいた一木が騒ぎを起こして、皆がそっちを見てしまった瞬間に、優雅と春香には裏口から逃げられて、結局今と同じ流れになった。その時は目の前で裏切られてしまった昇の憔悴具合が激しくて、リカバーする前に風が吹いた。多分騒ぎを起こした一木が逮捕でもされたか?後は怖いお兄さんに捕まってしまったかで、やり直しを願ったんじゃないかな?」


かなたは、前回の昇を思い出してしまう。

元々、どうやっても昇を裏切る春香の出鼻を挫き、飲酒をした春香を5人で話し合う形で追い詰めて、昇を嫌がるワードを春香から引き出して関係解消に持ち込もうとした。

現に一木が手に入れる証拠は山のようにあるし、仮に一木なら出鼻を挫かれても、昇を壊す為にその証拠を送りつけてくる。昇をおざなりにしてアルバイトを優先させた結果もある。

ここで修復不能として春香の両親も巻き込んでしまおうと思って、新しい行動を起こしてみた。


途中まではうまくいっていた。

誕生日も独りぼっちだった事を昇の口から引き出して、中学校時代にあれだけ周りを困らせて、姫宮明日香を不登校寸前に追い込み、関谷優斗を悪者に仕立て上げようとした実害のある、一木幸平を悪い人ではないと言っている春香の事も聞き出した。


かなたの計画では、後は不貞を現行犯で止めて、春香の口から昇を嫌がるワードを引き出し、両親に突き出して一時的な冷却期間に持ち込む。

その間に昇のケアをしておいて、その先で春香が上田優雅と不貞を働いて、一木が壊しにきても昇が壊れないようにしたかった。そうすれば、ひとつ前や今回のような状況にならず、最良の終わりが目指せるのではないかと思っていた。


小岩茂が「とりあえず春香を迎えに行って、直接会って昇への気持ちを確かめようぜ。これじゃああんまりだ」と言ってくれて、4人で飲み屋まで春香を迎えに行った。


場所は昇も知っていたし、そもそも最初の世界や、アルバイト先をファミレスにした時。かなたも行った店なので問題なかった。


ちょうど飲み会は終わるところだった。

今までの世界で関わった人達や社員がいるので、かなたにはすぐにわかる。


一瞬、飲み屋の出口から出てきた春香と4人は目が合ったはずだった。

それなのに春香は上田優雅に肩を掴まれたまま、拒めたのに、拒むことなく逃げるようにいなくなる。

皆で気のせいと言って昇慰めて、かなたが正体を明かして昇の心を助けようとした時には風が吹いていた。



「前の前や、そのさらに前なんかはこの流れになった。前回の失敗で、この流れにしないとダメだと思うことにした。この後は何もしないと昇は泣いて謝る春香を赦して復縁するんだけど、昇は一木が撮って送りつけてくる、優雅がする春香と過ごした夜の自慢話なんかのムービーを見て壊れる。春香は昇より優雅がいい、優雅が好き。それが嘘でも本当でも関係ない。なんでも昇が傷付けばアイツはそれでいいの。だから今回はその時起きた事を元に、昇から一木と春香と優雅を徹底排除する」


昇は聞いていて震えて泣いてしまう。

何故そこまでされるのか?

どんなに手を尽くしても春香は優雅に行ってしまうのか?

これまでの努力はなんだったのか?

昇は考えてしまうと、更に震えて泣いてしまう。


かなたはそれを優しく抱きしめて、「昇?嫌な女に聞こえるかもしれないけど聞いて。昇の将来の夢を春香は支えられない。出張続きの昇の大変さフォローするより、目の前の誘惑を選ぶよ。だから昇が泣いて謝る春香を赦して復縁しても、また優雅に迫られると断れないの。私は昇の仕事を応援してるし尊敬している。私は支えられたし結果も残せたよ。だから今は辛くても春香を忘れて」と言った。


老婆はその姿を見て「今度は風が吹かない事を願っているわね。そして3人目がわかっているのなら、万一があれば次はその3人目をなんとかここに連れてきて。どのタイミングで、どれだけ風を吹かせたのか教えてあげるわ」とかなたに言った。


かなたは礼を言うとコーヒーを飲んで、「ここのコーヒーはいつ飲んでも美味しいです」と言っていた。

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