第44話 手を繋いで輪になる。
関谷優斗は誘ってもらったことに驚いたが、断らなければならなかった。
「楠木と仲良くするなよ。楠木の方に行ったら酷い目に遭わせるからな」
その言葉がまさか昇から出てくると思わなかった関谷優斗は、目を丸くして昇を見ると、「やっぱ言われてたか」と言って昇が笑い、かなたが「昇くんは預言者だね」と言って一緒に笑う。
「間に合って良かった。サッカー部は夏までだから、それまでに関谷と話しておかないと、一木に付き纏われるだろうからさ、サッカー部が見てるから、公園まで先に行っててよ。春香と堀切達が待ってる。少ししたら俺とかなたも行くよ」
「今が最後のチャンスだから公園に行ってね!」
関谷優斗は挙動不審に見えるくらいキョロキョロしながら帰っていく。
その後姿を見ながら「時間って何分くらい潰せば怪しまれない?」、「5分くらいかな?」と言った後で、2人で他愛のない小岩茂の誕生会の思い出話をしていると、通りかかった姫宮明日香が「あ…、桜さん、楠木君」と声をかけてくる。
「おう!姫宮だ」
「今帰るの?」
「うん。2人は?」
「そろそろ帰るところ。時間調整中」
「姫宮さんも一緒に帰る?」
「いいの?2人の邪魔じゃない?」
昇は「そんなのないよ」と言って歩き出すと、姫宮明日香は「あの…、聞いても怒らない?」と聞いてきてから、「楠木君は桜さんと手を繋がないの?」と聞いてきた。
「手?なんで?」
「山野さんとは手を繋いでたって、校外学習の時…」
それは緊急事態だった事を説明してから、「かなたと手か…。繋いでみる?」と聞くと、かなたは笑いながら「いいよ」と言って、昇が出した手を恋人繋ぎする。
ごく自然な動作と雰囲気に、見ていた姫宮明日香が真っ赤になってしまう。
だが、下駄箱で手を離してしまえばそれまでで、それでも姫宮明日香の顔は赤い。
「姫宮って遠回り出来る?塾とかある?」
「無ければダメかな?」
姫宮明日香は「平気」と言って着いてくると、公園には堀切拓実達が待っていてキチンと関谷優斗も居た。
「春香、サンキュー」
「別に大変な事なんてしてないよ」
春香の横には「また増えた」、「なにこれ?」と言っている蒲生葉子と早稲田七海。
昇は「関谷と仲良くする会!」と言うと、関谷優斗に「お前、このまま一木を切れないと成績落とすぞ?行きたい高校に行けなくなるぞ?今はまだ部活があるから、アイツ大人しいけど9月から地獄だぞ。皆受験のストレスをぶつけるぞ?だから夏祭りに行こう!このメンバーで行こう!決定!」と一気に言う。
「なんでその場に私と葉子がいるのよ」と早稲田七海が文句を言った時、「だって関谷ってずっと謝りたそうにしてたし。チャンスくれって」と言うと、「関谷、俺たちは証人だ。謝ってスッキリしようぜ」と言って関谷優斗を蒲生葉子と早稲田七海の前に出す。
関谷優斗は泣きながら「ごめんなさい。蒲生さん、早稲田さん」と言い、一木を断れなかったとキチンと言った。
「知ってたよ。でも私たちも一木君には関わりたくないからスルーしてたの」
「泣くくらい気にしてたの?私達は皆が助けてくれたからもういいわよ」
落ち着いた雰囲気、何も問題がない空気に
「解決!」と言って1人で喜ぶ昇に皆が呆れる中、姫宮明日香の顔はまだ赤い。
王子美咲が「明日香?顔赤いよ。平気?」と聞いて、ごく自然に昇がかなたと手を繋いだ話をすると、皆までどよめくが、昇は普通に「会田、堀切」と言って手を繋いで見せて「ほら」と言う。
あきれ交じりに早稲田七海が「男女…」と言うが、昇は「手だよ?」と言って笑う。
昇はそのまま「春香、かなた」と言って手を出すと3人で手を繋いでしまう。
そのまま「手ぐらい繋げるって。会田、町屋と手を繋いで、町屋は堀切で、堀切は王子で、王子は山田、皆で輪になる?」と言う。
公園で大きな輪になってしまうと皆して面白くなってしまい笑う。
蒲生葉子と姫宮明日香と手を繋いだ関谷優斗は、照れて真っ赤になってまた泣くと「手を繋いでもらえた」なんて言っている。
翌日、一木幸平はどこか予感がありながらもこの結果に苛立っていた。
キチンと関谷優斗が蒲生葉子と早稲田七海に謝っていた事が公表されてしまい、悪く言う連中が居ても早稲田七海が「だから関谷は謝ってくれたし、元々関谷を急かしていたのは一木だよ」と言って片付けてしまう。
そうなれば、関谷優斗を表立って悪く言うものもいなくなるし、昇が関谷優斗を引き込んでしまう。
夕方、一木幸平の前の席の町屋梅子は昇に話しかける。
「どしたの町屋?なんかあった?」
「…なんか楠木って一木に恨まれてるの?」
「それ、よくわかんないんだよな」
本当にわからない。
前の世界で言えば、周りも何故か昇がやられた時だけ盛り上がった感じで、一木は周りへの嫌がらせも余念がなく、それ以上に昇には常に針の穴を通すような事を求めてできないと殊更悪く言われた。
春香との仲も邪魔されたし、春香と優雅の結婚式も一木が揶揄ってきていた。
それで言えば恨んでいるのは一木ではなく昇になる。
だが、昇はこの世界で関わっていないので、恨むも何もない。
関わりたくない気持ちしかない。
それなのに目の敵にされて、付きまとわれてしまっている。
とても1年の最初に小岩とトラブルがあっただけで恨まれるのもおかしな話になっている。
「うん。それは知ってる。でも一木は『笑っていられるのは今のうち、最後に地獄を見て絶望しろ』ってずっと言ってたよ」
昇は、それこそ意味がわからずに困惑したが、かなたが「高校受験のことかな?」と言う。
「んー…?高校に『アイツはやな奴なんで不合格で!』とかお気持ち伝えるの?マジで?」
「それこそ内申書があるから無駄だよね」
「まあなんとかなるよ。町屋、気にしてくれてあんがとね」
昇は明るく言うと「皆、帰ろう!」と言って帰路に着いた。




