第42話 無意識の行動。
見つけた大樹珈琲がチェーン店でない事と、子供の姿をしている事がネックだったが、仕方ないと扉を開けて「すみません。困っていて電話を貸して貰えませんか?」と挨拶をすると、奥から中年男性が出てきて「どうしました?」と聞いてきた。
昇は夕方で肌寒くなってきた事と、校外学習で逸れたクラスメイトと合流できた事を、教師に知らせたい旨を説明して、「バスが来る少し前まで居させてもらえませんか?」、「後は電話を、公衆電話はありますか?」と聞くと、男は「公衆電話は撤去してしまってね。ウチの電話を使うといい。席も余っているから好きな席に座るといいよ」と言ってくれて、春香に蒲生葉子と早稲田七海を任せて昇は担任の携帯に電話をかける。
慌てた声の担任に「無事に蒲生達を見つけました。このまま帰る方向にしたいから、かなたと堀切に鎌倉の駅まで来るように言ってください。今からだと40分くらいです」と伝えると、担任は「助かったが、こういう時は大人を頼ってくれ」と言われて謝っておいた。
男に礼を言い、席に戻ると奥から老婆が「お客様?」と言って出てくる。
男は「母さん、この子達は東京の学生さん。はぐれた友達と合流したんだけど、学生さんで電話がないから困っていたんだ」と説明すると、「それは大変ね。心細かったでしょ?ゆっくりしてね」と言ってから昇を見て、「あら?魂が大人の人、久しぶりのはずだけど、目を見たらわかるわ。はじめましてね」と言う。
昇がギョッとした顔をすると、老婆は「ふふ。それだけ苦労されているのね?あなたの苦労が報われますように」と言って、「困った時にはまたいらしてね」と言って奥に戻ってしまった。
「時折母さんは不思議な事を言うんだ」と言うと男は、「味見程度にしたから、バスの時間まで飲んで暖まりなさい。お代はいらないよ。何かの縁さ」と言って、エスプレッソくらいの量のコーヒーを飲ませてくれた。
鎌倉駅に到着すると、チェックポイントに居たはずの担任まで居て、「あれ?先生?」と声をかけると「チェックポイントは岩渕先生に頼んできた。とりあえず楠木と山野、蒲生と早稲田をこの目で見ないと安心できない」と言って、スマホを取り出すと「無事に合流しました」と他の教師に連絡を取った。
混み合う中だが、かなたは皆で並ぼうと言って並ぶと、近くの人に頼んで7人で写真を撮った。
帰りの電車は、ホームで待っている時に町屋梅子や王子美咲の班もやってきて、大人数で帰る事になる。
「混むまではいいけど、混んだら迷惑にならないように散るし、声もうるさくなるから話すのやめるからね」と言うと、町屋梅子達は春香と昇が走っていたのをバスから見ていたらしく、「何があったの?」と聞き、一木幸平のやらかしに憤慨した。
王子美咲は「ねえ、楠木はなんで春香と行って、桜さんには残ってもらったの?」と聞くと周りも興味津々に昇の顔を見る。
その顔には浮ついたゴシップを期待している事がすぐにわかる。
昇は空いた座席に座っていて、昇の顔を見る春香を見て、「かなたは俺の言う事を守ってくれるけど、春香は「堀切君!やっぱり私達も蒲生さんを探そうよ!」って言って二次遭難して大変な事になるから連れて行ったんだよ」と言うと、皆して「なるほど」、「確かに」と言い、かなたはニコニコと笑顔で、堀切拓実は「ぷっ」と吹き出した。
春香だけは「酷くない?」と言うが、堀切拓実が「桜さんの言う通りだった」と言うと、かなたは「春香は思いつきと勢いの人だからね」と続けて笑っていた。
「でも驚いたし嬉しかったし助かったよ」と早稲田七海が切り出すと、蒲生葉子も「本当、手を繋いだ楠木君と山野さんが来てくれて驚いたし嬉しかった」と続く。
手を繋いでいたという事で、周りの冷やかしに春香は赤くなり、昇は「急いでたし混んでたから逸れないようにだよ。もう無我夢中」と言うと、早稲田七海が「無我夢中で恋人繋ぎするの?」と言った。
昇はかつての春香との日々が無意識に出てきてしまい、恋人繋ぎをしていた。
春香は気付いていたが、真剣な昇の邪魔ができないと黙っていたので、思い出すだけで赤くなる。
口には出さないがバスの中でも「春香、周りの邪魔になるから近くに来て」と言って、昇は春香を抱き寄せていた。
「マジで?気づかなかった。ごめん春香」
「ううん。私も夢中で気付かなかったよ」
2人が無意識なら仕方ないと話が終わる頃、電車は一度空いてすぐに通勤客で混む。
皆昇の言葉に従ってバラけると、昇達は座る事ができたが途中で座る人が来たせいで変な座席順になってしまう。
春香とかなたと昇、向かいには蒲生葉子と早稲田七海と堀切拓実。
昇と堀切拓実は2人とも両手に華のように女子たちの間に座ってしまう羽目になり、困惑するが皆すぐに疲れからうたた寝をしてしまう。
昇は眠くても眠らずにこの時間を享受する。
春香は昔同様に昇の肩に頭を乗せてスヤスヤと眠り、かなたも昇の肩に頭を乗せて眠っていた。
かなたを寝かしつけたことはないなと思っていたが、なんとかなってしまう。
その姿を途中で一瞬目を覚ました蒲生葉子が写真に収めていて、後日お礼と言われプレゼントされて家に飾ると、昇は祖父から「不届者。女の敵」と言われてしまった。




