第34話 本当のベビーカステラ。
中野真由が慣れた感じで「茂、今日のご飯なに?」と聞くと、小岩茂は昇を見て「楠木が怖えからコンビニ飯だよ」と答える。
「中野さんもごめんね。場所も借りてるから小岩に奢るんだけど、俺たち小遣い少ないからおにぎりなんだよ」
「おお、楽しそう。皆で好きな具のおにぎり買ってじゃんけんする?」
「いいねそれ。小岩はなにが嫌い?」
「梅干し。コンビニのは酸っぱいだけでやだ」
皆で嫌いな具を言い合って、それはお互いが配慮することになって、コンビニに行っておにぎりを買って帰ると小岩邸宅から美味しそうな匂いがした。
元々曽房達はケータリングを頼むつもりで居たのだが、水を差すわけにはいかないと昇の意見を尊重した。
だが小岩巌と曽房はなんとか歓迎の意思を示したいとして、リビングに鉄板を出してお好み焼きやたこ焼きの用意をしていた。
「え!?たこ焼きとお好み焼き!?」と喜ぶ昇は、曽房達に「いいんですか?お休みなのに」と聞くと、「ふふ。楠木さんは美味しそうに食べてくれますから、作りたくなるんですよ」と曽房が答えて、小岩巌が「茂、ソースとマヨネーズはお前がやるんだぞ」と言う。
昇は「悪いですよぉ」なんて言いながらメシの顔になっていて、まだ食べていないクラスメイトに「小岩のお父さんと曽房さんは出店の人で凄く美味しいんだよ。本当ラッキー過ぎだ!」と説明している。
春香とかなたは呆れ顔ながら「本当に美味しいんだよね」、「うん。昇くんがあんな顔になるのもわかるよね」と喜ぶ。
匂いは美味しそうだが、出店のたこ焼きやお好み焼きにそんなに期待していないメンバーは眉唾くらいに思ったが、すぐに認識を改めて「美味しい!」、「え!?氏神様で食べられたんですか?」、「今度親と行きます!」なんて喜んでしまう。
そこに匂ってくる甘い香り。
昇が「いい匂いがする」と言い、小岩が「オフクロ、無理すんなって」とボヤきながらキッチンに行くと、小岩房子がベビーカステラの機械を操作していた。
後をついてきた昇はその姿に、「おばさん?おばさんがベビーカステラなの?」と聞くと、「そうさ、三津下の奴が来るまでは私だったんだけどね。歳のせいで肩が上がらなくなっちゃったりしたから代替わりしたのさ」と言いながら機械を操作して、「ほら、小岩家の本当のベビーカステラだよ。ウチの人のたこ焼きや、曽房のお好み焼きを美味しいと言ってくれる、茂の友達の為なら張り切っちゃうよ」と言って、お皿にベビーカステラを乗せると「食べてみてくれよ」と言う。
出来立て熱々をひと口食べた昇は、「うっわ!?本気で美味しい奴だ!ふわふわサクサクのモチモチで凄い!何個でも食べられちゃう!これになら小遣い全部使っちゃうよ!」と喜ぶと、人様の家なのにリビングまで走っていって、「春香!かなた!凄いよ!小岩のお母さんのベビーカステラが凄すぎるよ!」と言う。
昇はそのまま少し自慢げな中野真由に、「中野さん!春香とかなたを連れていってあげて!皆の事も!」と頼んで任せてしまうと、お好み焼きを焼く曽房に、「曽房さん!あのベビーカステラって機械もレシピもこの前と一緒?」と質問をする。
嬉しそうに笑った曽房が、「はい。三津下が焼いたものと全て同じですよ」と言うと昇はキレた。
キッチンで「美味しい!」、「凄いです!」と喜ぶかなた達を見て、面白くない三津下が小さく舌打ちしていると、ブチギレた昇が「小岩ァァッ!」と怒鳴りながらキッチンに現れて、「三津下さんは反省した?反省文書いた?奉納した?」と問い詰める。
正直キレた昇が怖い小岩茂は、「カクカク」という擬音が似合うような首の振り方で、「やってた」、「頑張るって言ってた」とカタコトの日本語で言うが、昇は三津下を睨みつけて、「頑張りましたに意味はねぇって言っただろ!」と声を張り上げる。
前の世界で畏怖の存在、恐怖の存在、アンタッチャブルだった小岩茂と三津下を並ばせると、「どうして同じ機械に同じ食材でこうも変わるんだ?言ってみて」と問い詰める。
かなたの食べかけを貰って見せながら食べると、小岩のお母さんのは外はサクサク」と言い、「だけど三津下さんのはガチガチ硬いだけ!」と怒り、もうひとつを春香の食べかけを貰って食べると「中はモチモチ、三津下さんのはグニグニ!」と続ける。
もう小岩茂も三津下も涙目で、昇は「言い足りないのに次がない!」と言うと、小岩房子が「はいよ」と言って次のベビーカステラを渡す。
「中を見て!フワフワ!三津下さんのは生焼けが残ってた!どう言う事!?」
三津下は昇の気迫に飲まれていてアウアウしてしまうと、「小岩ァァッ!代わりに答えて!任せたよね!?」と小岩茂を詰める。
「えぇ…、オフクロと三津下じゃ年季が…」
「言い訳!努力しなよ!こんなに美味しいのが作れるのに、同じもので作れないならそれは努力不足だよ!」
ここでようやく三津下が「最近は焼かせてもらえてないし」と言ってしまい、さらなる雷が落ちる。
「だったら小岩のお母さんの機械の片付けを率先してする!片付けながら自分の時とどこが違うか見て!焼け跡ひとつでも違いを見つけて!」
「えぇ!?兄貴やオヤジ、姐さんみたいな事を言う…。やってるってばよ」
「それはやってるだけ!やるならキチンと!小岩のお母さんが面倒で渡してきた雑用って思っちゃダメ!掃除の意味を考えるの!曽房さん達は三津下さんに機械の違いを見てもらいたくて掃除をして貰ってるの!片付けは嫌な仕事なんかじゃないんだよ!学ぶ機会なの!」
一気に言って「ふーふー」と怒る昇に「ありがとよ。私らは甘いから茂も三津下も言葉の上部しか見てくれなくてね」と言いながら、昇の口に出来立てを入れて、「曽房とウチの人がまだ焼いてるから食べておくれ」と声をかけると、曽房も「楠木さん!お店では出せないスペシャルが焼き上がりましたよ!皆さんも是非!」とリビングから呼んでくる。
笑顔に戻って「はーい!春香!かなた!行こう!」と言って、昇は子供さながらのはしゃぎようでリビングに行くと、肉と目玉焼きがプラスされたスペシャルお好み焼きに「うわぁぁぁ!これ食べていいの!?」と喜んでしまう。
残された堀切拓実が「小岩、行かないの?」と声をかけると、小岩茂は「おっかねぇよ。なんだよ楠木。今無理だよ、足震えてんだよ」と漏らす。
「会田、肩貸してやろうぜ」
「うん。小岩君、行こう」
堀切拓実と会田晶に肩を借りて引きずられる小岩茂を見て、小岩房子は「こんな日が来るなんて嬉しいね」と言うと、残りのベビーカステラを焼いて残りの子達とリビングに戻る。
戻り際、「三津下、片付けと手入れをやってみな」と声をかけると、三津下は「はい。頑張ります」と魂の抜けた声で返事をしていた。




