第27話 思い出の振袖。
昇は着物レンタルのお店にお邪魔している。
正直脳内は「邪魔しない」、「着物を見る」、「お好み焼き」のみになっている。
異質な存在だが、ちょこんと座りカタログに目を通し、鋭い質問をしていて店側からも、春香の家族からも感謝されている。
そう、かなたの家と来る前に春香からも誘われていた。
突然の春香の電話に昇は驚いた。
祖母から「昇、春ちゃんよ」と言われた時には耳を疑ったが、それよりも身体は先に動いていた。
まあ、春香もかなたと同じで、「お好み焼きに囚われている昇を見兼ねた」、「成人式に気付いた昇を折角だから誘った」で、春香と会える事を喜びたいのを隠すように、「お好み焼き!行く行く!」と言って参加を表明したら、かなたの家と行くの前の週の日曜日を指定された。
2週連続のお好み焼きになったが問題はない。
振袖の店も、中学生には早すぎるが、それでも今後成人式が前倒しになって混乱する場合も考えて、受け入れてくれていた。
「昇くん!これどうかな?お母さんが選んだ奴」
そう言ってあわせてみた振袖はかつて成人式で着ていた赤い着物だった。
母の影響なのか、赤を選びたがる春香。
それはあのお色直しのドレスの話にも通じていた。
赤い着物を見ていると共に行った成人式を思い出し、懐かしさが込み上げる。
案外世界は繰り返すのかもしれない。
繰り返す。
繰り返したとしても優雅に春香は奪わせない。
真剣な顔で言葉を失う昇に、春香は不安な顔で「似合わない?」と聞いてくる。
「ううん。似合ってる。さっきの青いのも似合ってたから困ってた」と、父親が選んでみた青い着物姿の事を口にして誤魔化すと、「だよね?私も困ってたら、お母さんが昇くんに聞いてみようって言ったの」と言って戻っていく。
春香の父は「退屈じゃないかい?娘がすまないね」と、以前と変わらぬ穏やかさで話してくれる。
昇としては早いうちに春香の両親とも会っておきたい。
そして外堀を埋めたい。
仮に赤い着物のように、悪い方へ繰り返そうとした時に、「優雅より昇にしろ」と意見が出るようにしたかった。
「いえ、男の俺がここに来るのは、親になって女の子が生まれないとない事だから新鮮です。逆にお邪魔してすみません」
「いやいや。君なら歓迎だよ。なんか初めて話す感じがしないと言うか、心地よい距離感なんだ。それに娘がいつも喜んでいて、ウチでも君の話ばかりだよ。あの小岩君と仲良くなれる凄い子だってね。私達も小岩君の家がテキ屋だとは知らなかったんだ」
2回目で本気の昇に隙はない。
しくじらない。
気に入られる。
その事しか考えないようにしていた。
その会話中も振袖を見て悩む春香が気になり、昇は「見てみてもいいですか?」と父親の許可を取ると、父親は嬉しそうに「そうしてくれるかい?春香、楠木君も選んでくれるそうだよ」と声をかけてくれる。
楠木君。
春香と付き合って三度目に会った時、共に食事をした時から昇君になっていた。
昇はそこを目指す気持ちになる。
そして春香の願いを叶える。
「え?見てくれるの?」
「うん。綺麗だから気になったんだ。でも俺ってセンスないからなぁ」と言いながら春香と選ぶと、春香の母は「助かった〜。この子妥協がないから疲れるのよ」なんて言っていて、苦笑いする店員に声をかけて席に戻る。
赤紫の振袖はすぐに見つかる。
振袖を見て春香は「わ、気づかなかった。こんな綺麗なのがあったんだね」と言う。
赤紫は春香の言葉のみだったので、てっきり赤紫色なのかと思ったが、目の前の振袖は赤基調で紫がアクセントになっている振袖で、春香はすぐに気に入りあててみる。
昇は成人式の朝を思い出して「綺麗だ。似合ってるよ春香」と言ってしまう。
子供らしくない発言に周りが驚いたが、春香は嬉しそうに「お父さん!お母さん!私これがいい!」と言って赤紫の振袖を選んだ。
細々したものは店員主導で決めていくのでさっさと決まる。
振袖を決められた昇の脳内は、既にお好み焼きになっている。
店の外で春香と待つ昇は、「春香に誘ってもらってから、ソース味のものを避けてきたんだ」と言って笑う。
「えぇ?そこまで?」
「そこまで。絶対」
「先にたこ焼き?」
「お好み焼き」
そこに「待たせたね」と現れる春香の父に、春香が「お父さん、昇くんはもう頭の中がお好み焼きなんだって。今週ずっとソース味の物を食べてないから、もう大変みたい」と笑いながら話しかけると、春香の父は「それは急がないとね」と言い、春香の母が「急いでもお好み焼きは逃げませんよ」と笑う。
昇は事前に曽房に電話をかけていた。
曽房は小岩茂に繋がないのかと聞いたが、「それは会った日に直接話したいんです」と言ってから曽房の予定を聞いたら、「売り上げが上々だったので、一月中はこのままこの前の所で店を出していますよ」と答えてくれたので、真っ先に曽房の所に顔を出す。
「曽房さん!来たよ!」
「いらっしゃいませ。おや。今日は山野さんとお二人ですか?」
「こんにちは」
昇は「ううん。春香のお父さんとお母さんも。マジ神だから俺をお好み焼きに誘ってくれたんだよ」と言うと、春香の後ろで会釈をする山野夫妻にキチンと挨拶をしてから、「坊ちゃんは今日もお手伝いしてますよ」と曽房が言ったが、昇は「今は小岩より曽房さんのお好み焼きだよ」と返し、春香が「昇くん、今週ソース味の物を食べてないんですって」と続くと、曽房は嬉しそうにお好み焼きを焼いて「出来立てです。別に特別な事は何もしていません。食べてみてください」と渡すと、昇はお好み焼きに飛びついて「美味い!何これ!」と声をあげる。
「とりあえずこのプラ容器が腹立つ!臭いが移るのが腹立つ!絶対紙皿とかで出来立てを食べた方が美味しい奴だ!」
「ありがとうございます」
春香も春香の両親も美味しいと喜ぶと、昇達が呼び水となって客が来てしまう。
「わ、混んできちゃった。曽房さん。俺小岩の所に行くね!」
「はい。いつもありがとうございます」
昇は「美味し〜。春香、誘ってくれてありがと。春香のお父さんお母さんもありがとうございます!」と喜ぶと、春香の父は「振袖選びまでしてもらったんだ。安い物だよ」と笑ってくれて、春香は父が昇を気に入っている事に「うんうん」と頷く。




