表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はるかかなた。  作者: さんまぐ
【遥か彼方。編】◆やり直し・13歳~15歳。◇変化の実感。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/107

第23話 年末。

年末になっていた。

運動会から先の話で言えば、合唱会は目立たないし、歌が得意でない事を公言した昇を一木幸平は揶揄ってきたが、無視をしておくことにした。

大問題は一木幸平のせいで3組の輪が乱れまくって担任の先生がげっそりと痩せていた。


流石に小岩茂は聴きに来なかったが、直前の土日にかなたと外出している時に会って、「お前達、風邪か?」と言われるくらい、その時の昇とかなたは喉が無茶苦茶な事になっていた。


「合唱会の練習。下手くそだから頑張ってるんだよ」

「ね、本当辛いよね。朝練に夕練だもんね」


ガラガラ声の昇とかなたが辛そうな顔をするだけで小岩茂は息をのむ。


「マジかよ、面倒臭くて帰ったりしないのか?」

「しないよ。小岩だってもし帰ったらその後気になって気持ち悪いだろ?」

「え?小岩君って帰るの?」


小岩は昇とかなたに聞かれて、「…まだ始まってないから帰ってないけど、そんなになるのはやだな」と言ったが、「学生しかできないんだから楽しみなよ」と言われると、「そうだな」と言った後で「なあ、少しいいか?」と昇に声をかける。


「何?和菓子買いに行く?」

「…まだ市販品は甘すぎてダメだ」

「成程。で?何?」


小岩茂が言ったのは、本を読んでみたいからおすすめを教えてくれという事で、昇はかなたのOKを貰って本屋に行くと、「俺って恋愛小説とか現代ドラマが多いけど読める?」と聞きながら、あらすじを見て、中を流し読みをしてオススメを何冊か選ぶ。


「…恋愛?マジかよ」

「面白いよ」


それでも難しい顔をした小岩茂は、「なら恋愛小説一冊と、サスペンスとか観るから推理小説みたいのを選んでくれ」と言って、昇が本を選ぶと「助かった。読んでみる」と言った後で、昇とかなたを見て「デートか?」と聞く。


昇とかなたは顔を見合わせて、「かなたの事は好きだけど違うよ」、「うん。昇くんの事は好きだけど違うよ」と言って笑い合うと、「合唱会の練習で皆が喉ズタズタだから、のど飴買いに来たんだよ。俺だけでクラス分買うのはキツいから男子代表、女子代表って事で2人で買うことにしたんだよ」、「ね、飴舐めないと喉の痛みから、風邪ひきそうなんだよね」と説明をすると、小岩茂がゲッソリした顔で「マジかよ。そんなになるのか?」と聞いてしまう。


「うん。小岩も担任の先生に聞いて許可が出たら、練習始まったら飴の差し入れしてあげなよ。皆喜ぶよ」

「あ、でも小岩君ってお金持ちそうだから言うけど、高すぎたりすると皆遠慮するからね?」


それこそ小岩茂が子供の頃に失敗していたことで、課金すれば友達と仲良くなれると思っていたが、皆が遠慮してしまっていたし、お金がある話から反社の話になってしまっていた。


「え?遠慮すんのかよ?」

「するって、小岩は痩せ型イケメン金持ちとか生きる嫌味?」

「俺からしたらお前のほうが人気をかっさらう、生きる嫌味だよ」

「えぇ?そうなの?わけわからん」


かなたは仲裁するように「2人ともベクトルの違うモテそうな人だと思うよ?」と言うと、小岩茂は「ありがとよ。あんまり遅くなると修さんから電話きて、楠木が余計な事を言いそうだから帰る」と言って帰って行った。


合唱会は1年4組が優秀賞で、春香のいる1年1組が最優秀賞を取れていた。

元々春香は歌が上手い。

昇は一緒に歌いたい気持ちもあったが、キチンと聴けて嬉しい気持ちになれていた。



そんなこんなを過ごして期末試験後の冬休み目前に、春香とかなた、後は堀切拓実から「昇くん。初詣行こうよ」と持ちかけられた。


25歳の感覚で、夜中の集まりをイメージしたが、中学生なのを思い出して午前中の話だと気付き、元旦?三が日?と確認をすると、予定をすり合わせて元旦の朝、氏神様の所に初詣に出掛けることとなった。


他のメンバーも、それぞれ予定の合う人間達と出かける事になっていて、遠巻きに「楠木が小岩と仲良くなってくれたから、安心して出かけられるよ」なんて言っている。


なんであれ、皆が外に出られるならいい事だと思って帰宅すると、まさかの曽房から電話がきた。


「楠木さんですか?」

「こんにちは。どうしたんですか?」


含み笑いする曽房の後ろで、小岩茂の「修さん!?まさかその電話って楠木?勘弁してくれよ!」と言っている声が聞こえてくる。


「あれ?小岩?どうしたんです?」

「坊ちゃんは頑張って小説を読んで居るんですが、読めない漢字があって難儀しているんです。それで楠木さんが嘘をついて難しい本を渡してきたんだと言っているので、確認の電話をしてみました」


昇は笑いながら「あれ、選ぶときに流し読みしましたけど、文字サイズは大きいし、漢字も少なめです」と言うと、「はい。私もすぐに読めてしまいました。恋愛小説は初めて読みましたが、中々面白かったです」と曽房が返してきた。


「ハンズフリーにしてください」

「はい」


ガサガサと聞こえてきた後で、昇は「おーい、小岩ー、俺全部読めるよー。頑張れよなー」と言うと、「クソっ!バラされた!読んでやる!読んでやるぞ畜生!」と聞こえてきて、曽房が笑いながら「坊ちゃんはお部屋に行かれてしまいました」と言った。


その後で、「ありがとうございます。坊ちゃんは学校にも行くようになりましたし、合唱会の時には飴の差し入れまでしていました。皆に受け取って貰えたと喜んでいました。それに食も前より活発になってくれました」と言ってくる。


昇は「俺は何にもしてませんよ」と言うと、曽房が「あの、一つ伺っていいですか?」と聞いてくる。


「なんですか?期末の結果とかですか?」

「いえ、そっちは坊ちゃんからしたら大躍進ですが、まだまだなので楠木さんには秘密にしたいそうです。私が聞きたいのは、楠木さんの年始のご予定です」


「ああ、俺たちは元旦の朝…って言っても昼前に氏神様の所にお参りに行きますよ。小岩も来ます?でも来たら、その後はウチで婆ちゃんの汁粉だから食べられますかね?」

「いえ、ウチは少し忙しいのでお邪魔できないのですが、聞けてよかったです。混雑すると思いますが、出来ましたらお参りは参道を通って欲しいです」


「へ?まあ。混雑もかなた達と居るから平気ですけど」

「良かった。多分坊ちゃんも運が良ければその辺りに居ますので、見かけたらまたお願いしていいですか?」

「あ、家族で出かけるんですか?じゃあ見かけたら大声で呼びますね」

「ふふ。本当に凄い方です。ありがとうございます。では」



そんな事を話した後の年越し。

前回は散々だった事を思いながら、祖父母の部屋で歌番組を見て「懐かしい」と言ってしまう。前回は一木が目を光らせていたし、小岩茂もいたので、誰かと初詣なんてものはあり得なかった。


「流行を聞いて懐かしいってなぁ」と返す祖父は、前の世界ではこの頃は機嫌がずっと悪かった。

体調不良に合わせて、前の世界の昇は一木に付き纏われて成績不振で、小岩茂に怯えて家から出ずにずっとゲームをしているだけ。

祖父が心配でたまらずにずっと意見していたが、それは最早意見ではなく説教で、昇は学校でも家でも嫌な緊張を強いられていて、それから逃げるように祖父と距離を取ってしまっていた。


だが祖父に不調の気配はない。

祖母もキチンと通院していて健康そのもので安心できる。



昇の中に後ろ暗くあるものは中学校生活での挫折、それに関わる「西中学校」、「小岩茂」、「一木幸平」、「祖父母」だった。

学力面はスタートダッシュを失敗したのは自分の落ち度だが、小岩茂がいたら困るからと言われ西中学校に行ったのに、そこには小岩茂がいて、母の言葉で孤立しない為にも一木幸平のような相手とも縁を切れず、2年になると一木幸平のせいで小岩茂の標的にされる。

祖父母の死でなんとか奮起したが、手遅れは決定的で、ろくな進路に進めなかった。


対人面では1年の頃から一木幸平の執拗な揶揄いやイジりやコスりに嫌がらせ、周りへのアピールに使われ、2年になると小岩茂に散々殴られたりした姿を散々周りに見られた。そこに自身を支える柱のようなものは存在せず、人間としての自信なんてものはほぼ無くなっていて、男子も女子も教師までも自分に対して一線引いている気がしたし、それにより友情や恋愛なんて夢のまた夢になっていた。


かなただけは小学生の頃のままで、そんな中でも普通に話しかけてくれたが、逐一一木幸平が騒ぎ立てるのが嫌だったし、その度に一木幸平が言った「昇って桜狙い?無理だって、鏡観ろよ。顔も頭も釣り合わないんだから、恥をかくだけだって」の言葉は、自信を無くした昇に深々と突き刺さり、自分でもその通りだと思っていた。


そんな人生の中、一木幸平がいない高校で人並みのの評価を受けて多少自信を持ち直し、バイトを始めた後、バイト先で社員からキチンと人並みの評価を受けたことで、更に自信を持ち直した。

大学生になり、春香から2人で出掛けないかと声をかけられた日、一緒に出掛けた日、また誘ってもらえた日、食事をシェアした日、キチンとした映画やドラマで見るような告白や宣言はなかったが、会話の流れで付き合えた日、リードされる形で結ばれた日は、ようやく完璧な人並みになれたと思えて嬉しかったし、人並みにしてくれた春香を絶対に幸せにしようと一人で誓った。

そして共に過ごす中で馴染んできた仲睦まじい自身と春香の姿は、自信を取り戻した自分でも絵になっていると思えていて、亡き祖父母にも見せたいと思った程だった。


だからこそ、ゲリラ豪雨のあの言葉の通り、最初に出会えていたら今度こそうまくいくと思えたし、たとえ自身の知らない未知の障害があっても、何が何でもうまくいかせると思っている。


昇の不在を狙い、わざと優雅と春香を再会させた一木幸平。

やはり一木幸平は性格が悪く、今も昔も敵だと思う。

西中学校の頃は何組も恋人たちや恋人未満が破局させられた。

それはバイト先でも沢山見てきたし、高校時代の事は優雅からも聞いて知っていた。

かなた達も散々嫌な思いをさせられてきた。


一木幸平さえいなければ。

西中学校の恋人たちも、その先の恋人たちも、ごく自然な別れがあったとしても、全部ではないし、残りのメンバーは上手くいっていたはずで、上手く行ったメンバーの中には自分と春香もいる。

過去と今を振り返って、昇はいつもそう思っていた。



テレビから祖父母の方に目線を向けると、祖父母は本当に元気そうにニコニコとテレビを見ている。


前の世界でも、居なくなって大切さやありがたみがわかった祖父母には、なんとか頑張っている姿、晴れ姿を見せたかったし見てもらいたかった。


その気持ちや思いを口にするのが照れ臭い昇は「爺ちゃん婆ちゃんは長生きしてよね」と声をかけた。


「2人はキチンと世界が変わった証明なんだからね」

「わーってるよ」

「本当、お婆ちゃんは昇の孫を見るまで頑張りますからね」


孫と聞いて春香を思い出す。

特に思い出すのは唇で、あの口と散々キスをした。あの口から何度も名前を呼ばれた。

猫のように懐いてきて首元にキスをされた感触。

切なげに吐息混じりに名前を呼ばれていた時間、それらを思い出すだけで頭がおかしくなりそうになる。

どうしても最近は自身の性欲を抑え込むのに難儀してしまっている。

顔に出ているのか、「婆さんは孫って言ったんだよ。子作りは聞いてねーよ」と祖父が冷やかすと昇は慌てていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ