第22話 食べて貰えたおはぎ。
結局、堀切拓実や昇達が「小岩ばかり旨そうなもん貰ってずるい」と言って、おかずを手伝う形でいろんな家の弁当を貰って「美味い!」と喜んでしまう。
どの家庭も昇がムードメーカーな事を知っていて、嫌な顔一つせずに受け入れる。
中には「ウチの子、楠木くんが居るから学校楽しいって言ってるのよ。ありがとう」なんて言ってくる家もあるが、昇からすれば前の世界ではあり得ない話で、思わず「俺こそ毎日楽しいよ」と返事をしてしまう。
小岩茂にしては頑張ったし、感想を求められると「美味しい…です」と答えたりしていたが、本人曰く「1日分食った…。無理だって…」と漏らしてグロッキーになっている。
その姿を見て、昇は不満気に「イケメンって辛そうでもイケメンでムカつく」と言うと、小岩茂は「なんだそのイケメンって、俺はモテねーよ」と文句を言いながら、「ウプ…」と言って口に手を押さえる。
昇はかなたや堀切拓実達に「自覚のないイケメンって腹立たしいわぁ」とオネェ言葉で言うと、かなたが「でも昇くんって自覚あるイケメンだったら、それも怒るよね?」と聞き、クラスメイト達も「うんうん」と続く。
まあ正直昇からしたら春香の評価しか気にしない。
それ以外はどうでもいい。
「確かに、だが自覚ないのはムカつく」と言った昇が、「小岩、よく周りを見ろ」と言うと「あぁ?」と聞き返す小岩茂を無視して、「小岩がイケメンだと思う人挙手!」とやると、この時間で打ち解けた皆は父兄も関係なく手を挙げる。
小岩茂はその全員の顔を見て目を白黒させながら真っ赤になると、昇は「うっわ、赤面でもイケメン」と悪態をついてから、「見てみろ!これが現実だ!俺が小岩よりイケメンと思う人挙手!」と言うと皆が一斉に手を下ろす。家族すら手をあげない。
これが許されるのが昇の持ち味で、昇はこうなっても怒らない。それどころか「現実きっつー」と言い笑いを誘う。
小岩茂までこの状況に、声をあげて笑いながら吐き気と戦う中、かなたと1組から来ていた春香が手をあげて、かなたが「私たちは昇くんに手をあげてあげるよ」と笑顔で言うと、春香も「昇くんはイケてるよ。面白いもん」と言った。
昇からしたら万の票を手にした気持ちで、それを隠すように「かなた!春香!友情票に感謝だ!」と喜ぶと、そこに実は少し前に来ていて、皆と楽しそうにする小岩茂を見て感涙していた曽房が涙を拭いて現れて、「遅くなりました」と言って保護者連中から生徒達にまで挨拶をする。
「修さん…歩けない…美味しかったけどもう無理…」と小岩茂が訴えかけている時に、昇は春香とかなたを呼んで「婆ちゃん!俺の為に手を挙げてくれた2人に頼むぜ!」と言い、祖母は手作りのおはぎを用意していて出してくる。
かなたに「はい。かなちゃん」と言っておはぎを渡した後は、「はじめましてね」と言って春香におはぎを渡すと、春香は「山野春香です。はじめまして」と挨拶をしておはぎを受け取る。
「婆ちゃん。かなたの和菓子好きは知ってるけど、春香も和菓子好きだよ」と昇が売り込むと祖母は嬉しそうに「食べてみて」と言い、お腹いっぱいだった春香とかなただったがおはぎを食べて「うわ、美味しい」、「本当、お昼ご飯をあんなに食べなきゃよかった」と言うくらいだった。
昇はまた一つ夢が叶っていた。
春香と付き合って和菓子好きだと知った時、祖母の話をしてみたら「昇のお婆さんのおはぎ食べてみたかったなぁ」と言っていて、「本当、俺も食べてもらいたかったよ。春香なら喜んでくれただろうし、婆ちゃんも喜んだと思う」と言っていた。
数日前に祖母が「昇、運動会でおはぎ食べる?かなちゃん食べてくれるかしら?」と聞いていて、その事を思い出した昇はなんとか理由を用意して春香に食べさせたいと思っていた。
そんな楽しい昼食だったが最後に小さな事件が起きる。
これは皆が良い意味で昇への認識を改める一因となった。
「小岩、小岩もおはぎ食べる?婆ちゃんのおはぎ美味いよ」
昇はアレだけ食べたのに、おはぎを美味しそうに食べながら聞くと、小岩茂は「あぁ?腹一杯で無理だよ。そうでなくても和菓子なんて食わねーよ」と言った瞬間、昇は豹変し小岩茂の顔に顔を近づけて、「小岩?今、和菓子を馬鹿にしたか?謝れ、生まれてから今日まで馬鹿にした和菓子達に謝れ。そして今すぐ食え。婆ちゃんのあずき一つでいいから食って美味さを知るんだ」と言う。
小岩茂はあまりの圧に「え?…あ…えぇ?」としか言えないし、周りのメンバーも昇が放つ圧に目を丸くする。
ただのお調子者だと思っていた昇の豹変に曽房が驚きながら、「楠木さん、私もいただいてよろしいですか?」と聞くと、笑顔に表情を戻した昇が「うん。婆ちゃんのおはぎは美味いよー」と言って渡す。
曽房は食べてからキチンと「丁寧に炊かれてとても美味しいですね。甘さもしつこくなくて、ひと口が軽めに出来ていますね。これは美味しい」と喜ぶと、「でしょ?」と喜んだ昇が、「まったく、小岩ってば洋菓子派?」と漏らす。
申し訳なさそうな顔で曽房が「いえ、坊ちゃんは甘いお菓子を、全般的に女子供の食べ物だと決めつけて、格好つけて食べないのです…」と返してしまった瞬間に、昇は再び豹変して小岩茂の肩を手を置いて「おい小岩。謝れ。反省しろ。今まで食べずに馬鹿にしてきた洋菓子達に謝れ。家に帰ったら仏壇でご先祖様達に心の底から謝るんだ。曽房さんがいいと言うまで和菓子と洋菓子に謝れ」と言う。
とても怖い昇に小岩茂はガクブルで首を縦にしか振れない。
「よし、婆ちゃんのあずきを食え」
ひと口食べた小岩茂は「俺にもわかる。甘くて美味しい」と言うと、昇は「よし!」と喜んで、「決めつけて食べず嫌いなんてするなよ!な?」と言うと、小岩茂は「甘いもの好きなんてナメられるだろ?」と返す。
その顔に昇は「かーっ、何言ってんだよ?決めつけなんて、小岩が面白イケメンなのに、勝手に怖い奴って決めつけた人達とおんなじ事してるじゃん!ダメだって。とりあえず俺の好物を好きになれとは言わないけどさ、決めつけて馬鹿にすんのはダメだって。な?」と言ってしまう。
その言葉は周りの全員に響いていた。
何より小岩茂自身がショックを受けていた。
タイミングよく、お昼休みが終わるアナウンスが聞こえてきたので、曽房は本当に嬉しそうに「歩けますか?帰りますよ」と言うと、小岩茂は「うん。帰る」と言って立ち上がった。
皆で「バイバイ小岩ー」と手を振り、保護者達も優しく小岩茂に手を振って曽房に会釈をした。
小岩茂はキチンと全員を見て「ご馳走様でした。美味しかったです」と言って頭を下げてから昇達に手を振った。
その姿に保護者達は認識を改めるし、女子達は「小岩君、イケメンだよね」と言っている。
だが昇だけは「お菓子を崇めないとは小岩はけしからん奴だ。春香とかなたはおはぎ美味かったよね?」とぶつくさと言っていた。
午後、フォークダンスの時に「楽しいね昇くん。ありがとう」と春香に言われ、かなたからも「昇くんは本当に凄いよ。ありがとう」と言われていた。




