第2話 覚めない夢ならば。
昇は、ありえない頭痛と共に目を覚ますと、「ぐぉぉ…こんな二日酔い初めてだ」と言って天井を見る。だが天井は見慣れたアパートの天井ではない。
「ん?」と声を上げてしまうと、「昇!いつまで寝てんの!?遅刻するよ!」と言って部屋に入ってきたのは昇の母親で、「んん?」と言ってしまう。
母親は正月に見た時よりも細いし、肌ツヤがいい。白髪も少ない。
「そもそもここは何処だ?」と思ってよくよく見ると、ここは実家で、かつて自分の部屋だった場所。椅子に置かれているのはランドセル。
夢にしてはタチが悪い。
今も頭痛が酷い。
「あー…夢だなこりゃ。何で小学校の夢を見なきゃならんのだ。寝よ寝よ」と言って、布団を被る昇だったが、よく見ると手が小さい。
「おー、懐かしい」なんて口ずさむと、激怒した母親が「お父さんはもう出掛けたわよ!」なんて言って布団を剥ぐ。
懐かしい。
なんてリアリティのある夢なんだ。
布団を剥がれた昇は、「懐かしいぜオフクロ」なんて話かけたが、母親は「オフクロぉ?何寝ぼけてんのよ!お母さんでしょ!」と言って怒鳴る。
お母さん呼びは高校生になる時にやめている。その母親が昇に触れると、「やだ!?何この熱!?」と騒いで、体温計を持ってくると熱は九度も出ていて、「うなされてるの?学校休みなさい。後でお医者に行くわよ」と言われる。
懐かしいやらリアリティがあるやら不思議な夢だと思っているが、一向に目が覚めない。
目の前の景色は本当に懐かしくて、どうせなら楽しむことにしてしまう。
まずトイレに入って笑ってしまう。
「おー!ツルッツルだぜ!あー、チン毛は中2だったもんなー」
トイレで1人鼠径部をぺちぺちと叩きながら笑ってしまうと、部屋の外から「うるせーぞ昇!熱で狂ったのか!?」なんて懐かしい声が聞こえてくる。
「ジジイ!?」
昇はトイレから飛び出して祖父母の部屋に行くと、今は亡き祖父母が朝のワイドショーを観ていて、祖父が「うるせーよ!聞こえねーだろ!女子アナちゃんを愛でさせろ!」と文句を言ってくる。
「うぉー!爺ちゃんと婆ちゃんだ!懐かしいぜ!」
感激した昇が抱きつくと、祖父は「気持ち悪い」と怒り、祖母は「熱で夢でも見たん?」なんて聞きながらニコニコしている。
そう、昇の祖父母は中2と中3で立て続けに亡くなっている。
ここでようやく、今がいつなのかを気にしてみると、12年前…小学校六年生、12歳に戻っていた。
母はパートを半休すると言い、午後に病院に行くことになっていて、午前中は祖父母が監視する中眠ることになるのだが、いくら待っても目が覚めない。
昇はコレが夢なら好き勝手やってやると思っていた。
まず手始めに「爺ちゃん婆ちゃん、俺って冗談は言うけど嘘はつかないよね?」と話しかける。
祖父は「寝てろよ馬鹿野郎。俺はコレからサスペンスの再放送見て、時代劇見て忙しいんだよ」なんて言いながらも昇の話を聞いて頷き、祖母も「そうね」と言ってくれる。
「俺、さっきまで24歳でさ、起きたら12歳に戻ってたんだよ」
そんな荒唐無稽な話なのに、祖父母はバカにしないで「すげえな」、「お帰りなさい」なんて言ってくれる。
「それでさ、いくら寝ても24歳に戻れないからさ、こっちの世界で好き勝手やりたいんだよ」
「ほほう。そりゃあ面白えな。何すんだ?」
「昇は我慢強い子だから、少しくらい好きに生きてもバチなんて当たらないわよ」
好意的に聞いてくれる祖父母に、昇は「怒らないで聞いてよ」と言ってから、「爺ちゃんは俺が14歳の時、冬の風呂で死ぬんだ。ヒートショックって奴。知ってる?」と質問をすると、祖父は死ぬと聞いても怒らずに「んだそりゃ?必殺技か?」と聞き返してくる。
祖父らしいコメントに嬉しくなりながらも、「まあ必ず死ぬから…って違うって」と呆れてから、「冬の風呂って寒いだろ?頭の血管が切れて死ぬんだよ」と言い、祖母を見て「んで婆ちゃんは俺が15の時に肺炎で死ぬんだ!」と説明すると、祖母はニコニコと「まあ老人は皆肺炎とか老衰よねぇ」と言って笑う。
「だからそのことを変えたいんだよ!2人に長生きしてほしいからさ!病院行こうよ!俺が先生に説明するからさ!」
昇の言葉に嫌そうに「病院嫌いだ」、「私もいいかなぁ」という祖父母だったが「一生のお願いだから」と懇願されると、根負けして病院に祖父母はついてくる。
病院に行くために着替えてカレンダーを見ると10月で、「秋か。秋刀魚食いたいな」と言うと、祖父に「ハンバーグじゃねえのか?本当に未来から来たんだな」と笑われた。
確かに子供の頃の好物はと聞かれたらハンバーグで、焼き魚なんて言ったことは無かった事を思い出して、笑いながら準備を済ませて祖父母と手を繋いで病院まで行った昇は、病院では子供に見えない説明で、医師にアレコレと説明をして肺炎予防の注射を祖母に打たせて、祖父は血管に関わることなので血圧とコレステロールの薬を処方してもらう。
昇からしたら「前の爺ちゃんは薬なんて飲まずに、酒が薬だとか言ってたから、コレで長生きできるぜ」と楽しい気分だったが、祖父は「くそっ、定期通院が必要になっちまったし、血圧計を買えとか毎日メモを取れとか最悪だ」と悪態をついていて、それが聞こえた待合室の老人達に、「祖父母思いの良い孫」と昇を褒められると、満更ではない顔で「昇、お前俺が計り忘れてたら注意しろよな」なんて言っていた。
母親は昇が祖父母を連れて病院へと行き、2人の診察までしてしまったことに目を丸くする。
「あらー、熱の出てる昇も悪くないわね」なんて言いながら、「ハンバーグはやめときなさい。今日はおじやね」と言われると、「お粥にして。梅は要らないから酢醤油垂らして食べたい。なんなら自分で作る」と言って、自分好みの料理まで作ってしまう。
そんな事をして母が目を丸くする中、父親が帰宅して「へぇ、熱で普段しない事をしてるんだ」と微笑みかけてくるのを見て、昇は「12年でかなり老けるから無理せず早寝しとけって」と言って世話まで焼く。
夕食後に母親が「ねえ、中学校だけど」と話しかけてきた。
昇は失念していた。
だがこれが夢の続きで、まだ小学生で中学が存在するのなら、優雅より先に春香に会えるんじゃないかと気がつくと、母親の「西中でいいわよね?」の言葉を遮って、「東中にして。絶対東中!」と頼み込む。
突然の剣幕に母親は目を丸くして、「でも友達の香川くんとか高松くんとかは地理的に西中なのよ?」と言ってきたが、昇からすれば西中にはあまり良い思い出はない。
「それに噂の不良の子、噂で聞く反社の家の子供は東中に行くって…」
それこそ親達の読み間違いで、昇のようにどちらの学校にも同じ距離と時間で通える子供達は、西中学校か東中学校から進学先を選べるのだが、問題の不良はやや東中寄りに住んでいるので、東に行くと思われていたのに、東小学校で猛威を振るいすぎて居場所を失い、人生ロンダリングで西中に行く。
別の要因があったとはいえ、昇は中2の春から夏休みまで目をつけられて散々な思いをしてきた。
かなたのような仲の良い連中も居たが、春香と不良のいない世界が選べるのならそちらに行きたい。
昇が「来ないよ!大丈夫だから東中にして!」と強く頼み込むと、普段なら育児には口を出さずに見守るだけの祖父が、「昇はなんでもお見通しなんだから、行かせてやってくれ」と言ってくれて、「なあ、好きに振る舞いたいよな」と言って笑いかけてくれた。
祖父の鶴の一声により昇は東中学校に進学することとなった。
無論、学校にはギリギリまで言わないでもらう。
下手に話が回って面倒なことになっては堪らない。
昇は熱が引いてから登校する久しぶりの小学校生活で、「…子供ってきっつー。小遣い500円で何すんだよ?まあ衣食住はあるけど…、漫画とかもどのみち高校になった時に、邪魔になって処分したし、買う気もなくなったわ」と言い、手持ち無沙汰から宿題をきちんとやるようになってしまい親を驚かせていた。