第17話 好きという言葉。
フォークダンスの時に「後で聞かせて」と言っても、話せたのは自由時間のトランプ大会の時だった。
堀切拓実に「春香が一木に何かされたみたい。話を聞く約束したから、部屋の端で聞くことにするよ。変な話になったら呼ぶよ」と断りを入れてから、端で談笑に思える雰囲気を意識して何があったかを聞く。
春香が言い淀む中、少し聞き出せたのは「昇くんは友達がたくさん出来たから、…だからもう私なんかと遊ばなくなるって…」という言葉だった。
普通の友達同士ならわからない事でも昇には春香のことはわかる。
わからないのはあの時なぜ優雅に負けたのか。
何がいけなかったのか。
わからない事はそれだけだという自信がある。
春香のこの顔は、自分に少なからず好意を持ってくれている。
恐らく一木は、昇の視線から春香への想いを悟って先制攻撃で出鼻を挫いてきた。
それは前の世界でも一木が使ってくる手の一つで、出鼻を挫かれた相手は一木の言葉に自信を失って躊躇してしまい、うまく行くタイミングを逃す。
昇は「俺こそ心配だよ。俺ってガキだから、春香にガキは嫌なんて思われたくないしさ」と言葉を送ると、春香は首を横に振ってから「それとね…。昇くんはかなたさんが好きだから…って…」と言って俯く。
春香の顔を遠目で見ているメンバーも心配そうにする。
部屋が賑やかで、皆に言葉は聞こえていないが異質な空気、深刻な空気が届いていて、皆が心配そうにチラチラと見てきている。
昇は気づいていないが、春香は昇とかなたが踊る時の顔を見て胸を痛めていた。
小さな嫉妬。でもそれは付き合いの長さで仕方のない事。それに昇はキチンと順番で自分の元に来る。
そう思って1組が終わり、2組…3組と進む中、一木幸平とのダンスになり、春香は嫌悪感で体が硬らないように気をつけながら無視をすると、一木幸平は小さく「昇の事が好きなのか?」と独り言のように呟く。
春香は必死に一木の言葉を無視をするが、一木は止まらずに「奴には桜かなたがいるから難しいだろうな。俺は知っているんだ。それにこんなに知り合いができたんだ。すぐに友達の輪なんて新しくなるさ、1組と4組は遠いよな」と言うだけ言って次の子の元に行っていた。
それから昇が来るまでの時間は自問自答と疑心暗鬼の時間だった。
今それを昇に言った春香は嫌な汗をかいていた。
昇は一木の目論見と春香の不安げな表情を見てため息をつくと、春香の目を見て「言ったろ?俺はまだ子供だよ。子供だから子供でいたい。子供でいるんだ。春香ももう少し俺と子供でいてよ」と言う。
「え?昇くん?」と聞き返す春香に「見てて」と言うと、またトランプで勝っている会田晶に「会田!」と声をかける。
会田晶は振り返って「何昇?」と返事をすると、昇が「会田は俺の事好きか?」と聞く。
その瞬間に部屋中がどよめく。
皆子供なのに恋愛の好き嫌いを思ってしまう。
思春期なら当然だし仕方がない。
だからこそ昇は子供でいると言い切って、「俺は会田の事も好きだぜ?」と言うと「堀切は?」と声をかけて、堀切拓実も「昇は面白いし会田は真面目だから好きだぞ」と返してくれる。
まだこれは男同士の友情だからだ、春香は淡い希望を持たないように、逃げを打つように思い込もうとする顔をするが、昇はそれを逃さずに「かなた、かなたは?」と聞くと、かなたは少し赤い顔で「私も好きだよ」と言い、「昇くんは?」と聞き返す。
昇は「勿論かなたは優しいし好きだぜ」と言った後で春香を見る。真横の春香はまさか昇が自分の方を見るとは思わなかったので、目を丸くしてビックリした顔をしてしまう。
昇は穏やかな微笑みで「春香、春香も好きだよ」と、心が漏れ出てしまわないように、皆と同じに見えるように気をつけながら、何度も横で眠る春香の頭を撫でながらかけた言葉を、前の世界から連れてくるように言う。
春香は真っ赤な顔で処理不能になるが、昇が「春香は?」と聞くと慌てて「好き!好きだよ!」と返してくれた。
昇は泣いてしまわないように落ち着きながら「解決!」と言って立ち上がると、堀切拓実に「あの野郎、春香は1組だから俺たちから仲間外れにされるとか、友達が増えたら皆から嫌われるなんて適当な事言うんだぜ」と文句を言いながら皆に聞こえるように言う。
それでもあまり親しくない生徒達は、「でも楠木…好きって」、「女の子にも言ってた」と驚くが、昇は当たり前という顔で「えぇ?俺はまだ子供でいたいから、好き嫌いってキチンと言えるよ。大人の好きとかよくわかんないしさ、世界って男と女しかいないのに、理由つけて半分にしたらおかしいって」と言った。
そして、「男の俺でも春香を困らせたアイツは嫌だし、かなたは?女の子だけどアイツのことどう?」とかなたに聞くと、かなたは「私も嫌。なんで春香を困らせて喜ぶのかなぁ」と言って、プリプリしながらカメラを持ち出して「昇くんと春香で並びなよ。撮ってあげる」と言う。
「かなた?」
「だってこれが私と春香なら女同士って言われるし、堀切くんとなら元東小学校同士って言われるもん。1組と4組、男の子と女の子、元中小と元東小、もう全部バラバラだけど、仲の良い昇くんと春香の2人で仲良い写真を撮れば皆信じるし、変なこと言われなくなるよ」
昇は成程と返しながらかなたに感謝をする。
そして春香を見て「撮ってもらおうよ」と誘うと、春香は嬉しそうに「うん!」と言って写真を撮った。
この後、昇はケアを忘れない。
わざと男女問わずに「好き」と言う言葉を多用させる事で、変な噂が立たないようにするし、会田晶はクラスメイトの町屋梅子に恋心を隠しながら「好き」と言えていて嬉しかったし、本心こそわからないが町屋梅子も好きと返してくれていた。
だがおかしくならないようにも手を尽くす。
好き好き聞こえてくる怪しい部屋から感染するように蔓延する好き発言に、担任が心配そうに飛んできたところで、昇が「先生、先生は俺たち好きですか?」と声をかけて話の流れを作る。
担任は「勿論好きだぞ」と言ってから、「じゃあ楠木はどうだ?」と聞いてきて、昇は「好きですよ」と言ってから、「でも僅差で鳥人間の唐揚げには負けてます!」と言って笑うと、担任は「何!?じゃあ鳥人間のチキンカツと先生ならどうだ?」と乗ってくれる。
「チキンカツ相手なら先生の勝ちですけど、カツカレーになると微妙です」
これにより好きと言う言葉がカジュアルになると、皆はもっと好きだという言葉が使えるようになった。
これはかつて春香と2人でやった遊び。
昇はそれを思い出しながら、「春香、春香はピクルスと俺ならどっち?」と声をかけると、春香は笑いながら「昇くんだよ」と返す。
「あ、別に君付けいらないよ。呼び捨てでもいいよ」
「…それは恥ずかしいからまた今度。昇くん、鳥人間の唐揚げと私なら?」
勿論全世界の全てより春香だが今それは言えない。
昇は誤魔化すように、「塩なら春香、しょうゆには勝てないな」と言って笑いながら、「じゃあ、駅ビルに入ってる甘党天国のイチゴ大福と俺は?」と聞いてみる。
イチゴ大福は春香の好物。
まだ聞き出していないが、流れで聞いてみる。
春香は「え?」と聞き返してから、モジモジと「昇くん」と答えてくれた。
前の世界では「昇とイチゴ大福?イチゴ大福だよ。だって昇は私とマドレーヌならマドレーヌでしょ?」と言って笑ってから、「バカ昇。食べたくなってきたから買いに行こうよ」と言って、2人でイチゴ大福とマドレーヌを2個ずつ買ってノンビリと食べていた。
春香は「私の好物知ってるの?」と聞いてきて、昇は「え?好きなの?」と驚いた演技の後で、「婆ちゃんがあそこの和菓子が好きでさ、この前かなたは水ようかんを食べてだんだけど、それが俺のおやつだったんだよな。何となくあのビジュアルが思い出されたから聞いてみただけだったけど、春香の好物が知れて良かったよ。今度皆で食べようね」と誘うと、春香は「うん」と言い、消灯時間も近い事で明るく帰っていく。
春香と一緒にかなたも戻るかと思ったが、かなたは一緒には行かずに昇の元に来ると、「昇くん、マドレーヌと私はどっち?」と聞いてきた。
マドレーヌが好きなこと言ったかな?と思いながら、「マドレーヌとかなたならかなた。これが水ようかんとかなたなら水ようかん」と返すと、笑顔のかなたが「この前食べちゃったから気にしてる?」と聞いてきた。
昇は微笑みながら「いや、冗談。婆ちゃんも嬉しそうだったから平気。今度は来ることがわかっていたら、かなたの分も買うってさ」と言うと、かなたは「うん。ありがとうおやすみ」と嬉しそうに笑って帰って行った。
ちなみに担任は「俺は嫌われてないけど、好物よりかは好かれてない担任なのか…」と遠い目をしていた。