第16話 フォークダンスと春香の涙。
移動教室はまだ微妙な雰囲気だった。
ある種、昇派と一木派ができた感じになってしまい、昇派は一木派を完全無視で、一木派が遠くから昇達を悪く言って挑発してくるが、昇が無視すると「今だけなのに調子に乗ってて笑える奴だ」と言っていた。
そのやり取りに、最初は完全中立派だった連中も、昇派の方に近寄ってきて勝負は見えていた。そして昇達の周りに出来た輪を見て教師達もホッとした気持ちになっていた。
山登りや観光を終えて宿泊施設で、昇達は持ってきたトランプを使って7並べ大会をやる事になっていた。
大会になったのは参加人数が多すぎてチームを分けなければならず、結局予選として1組から4組までのクラス別で戦い、かなたは参戦せずその間にカメラマンをかって出て、皆の笑顔を写真に収めていく。
1組代表は春香と春香の友達の子、2組はもと北小学校と東小学校の子、3組は東小学校の子が2人、そして4組は昇と会田晶で、その8人で七並べになる。
「負けないよ!楠木くん!」という春香の顔は、家で2人にいる時にゲームで遊んだ時の顔で、昇はあの日を思い出してしまい「今日は勝たせてもらうよ」と言い、一人慌てたが、皆「今日は」の部分をおかしいとは思わなかった。
その他のメンバーも、北小学校も東小学校も関係なく盛り上がり、周りが声援を送る中、昇と春香は負けに負けてビリ決定戦をやってしまう程だった。
この程よいダメ具合がまたウケが良く、未だ比較される小岩茂も哀れだが、「これが小岩なら暴れてたよな」、「ああ、小学校3年の時のしりとりなー」なんて聞こえてくる。
昇は負けても嬉しそうに「ビリじゃなかった!」と喜び、二位勝ち抜きの会田晶に「会田強いなー」と言って褒め称えていた。
そんな昇を見て、「負けちゃった」と言って口を尖らせる春香は、「賭けなくてよかった」ともらす。その顔も懐かしいし、よくコンビニダッシュで飲み物なんかを買ってくる権利を賭けていた事を思い出して、昇は「何?なんか賭けたかったの?」と聞くと春香は、「…私は桜さんと楠木くんを、2人みたいに名前呼びしたかったの。勝ったら呼ばせてって言いたかったの」と言う。
昇は夢にまで見ていた。
春香に名前を呼ばれたい。
今も耳に残る春香の声で名前を呼ばれたかった。
それこそ焦らないように気をつけながら、「かなたの事はわかんないけど。俺は…俺も名前呼びしていいなら」と言うと、春香は「うん」と言い、名前呼びが許されるようになった。
その時遠くから聞こえてきた一木の悪口が嫌に耳に入る。
「また調子に乗ってやがる。帰ったら地獄が待ってるんだよ」
また?
何のことだかわからない。
地獄は小岩の事だろう。
逆に地獄が待ってるのはお前だよと昇は思っていた。
翌日は、なぜ二度も山登りなんてするんだと思いながら山を登る。
クラス単位での登山なので、一組の春香はもう先に行っている。
昇は癖というか慣れたもので、かなたに「かなた、写真撮るならカバン持ってるから転ぶなよ」と声をかけて鞄を持つと、かなたは「ありがとう!」と言ってカメラマンスイッチをオンにして、あっちに行ったりこっちに行ったりと慌ただしく動き写真を撮り、山頂で「張り切りすぎた…死ぬ」と漏らしていて、堀切拓実が「仕方ない。昇だけに任せるのは悪いから、帰りの鞄は俺が持つよ」と言って笑う。
その笑顔に釣られて周りも笑うと一木一味は舌打ちなんかをしていた。
山頂でも一木は懲りる事なく嫌がらせを行おうとして、小さいところでは春香がやってきて4人で写真を撮ろうとしても場所をどかないようにしたり、かなたのカメラを壊そうと、写真を撮ってくれた担任からカメラを渡してもらうタイミングで、邪魔をしようとした。
だがその点は昇や元北小学校の手口を知っているメンバーが助けてくれたりする。
「わぁ…SDカードが最後まで持つかな?皆の事撮ってたらあっという間にカードがいっぱいになっちゃう」と喜ぶかなた。
そんなかなたを中心に昨日以上に人が集まり皆が笑顔になっていく。
昇はそれとは別で少し浮ついている。
実の所、今晩はキャンプファイヤーとフォークダンスがある。
前の世界から、通算で3年振りに春香と手を繋ぐチャンスに、実の所ドキドキしている。
天気は晴れ。
フォークダンスの練習はクラス単位で春香と手を繋げていない。
家でてるてる坊主を作ったら、祖父に「お前…25じゃねーのかよ?」と突っ込まれて祖母に微笑まれたがそれはそれだった。
何でも優雅より先にと思っている昇は真剣そのものだった。
夜になると外でキャンプファイヤーを囲んで合唱をしたり演奏を聞いたりする。
戻ってきて辛かったのは、子供のふりをして伸び伸びと歌を歌う事だったが、ようやく一年近く過ぎてきて誤魔化せるようになったかと思っている。
そしていよいよフォークダンスになる。
最初は自分のクラスの男女で踊り、パートナーを交換していくと、次第に1組の女子が近づいてくる。
曲が終わって春香と手を繋げなかったらどうしようと思う昇だったが、無事に曲は続きようやく春香と踊る番がくる。
春香の手、散々握ってきた手。
結ばれている時も手を繋いで動き、春香はそれを受け入れてくれていた。
今も目を瞑れば夜の薄明かりの中で、手を繋ぎながらキスをして、手を繋ぎながら結ばれて、息継ぎのように名前を呼び合った。
最後には薄明りも何も気にならなく春香しか見えていなかった。
あの姿が思い出される。
あの時は恋人繋ぎをしていたが今は違う。
緊張しながら、怪しまれてもいいという気持ちでしっかりと春香の手を握ると、春香が驚いて昇を見る。その顔に嫌悪感は見えなかったが、春香は目にうっすらと涙を浮かべていた。
このフォークダンスというのが良くないのは、皆無言で踊る事で、声を立てられないもどかしさの中、昇は「春香?」と優しく声をかけると、「なんでもないよ。平気」と言われる。
だがこの中の誰よりも春香を知る昇には平気ではないことはよくわかる。
その時に視界の端に見えた一木幸平はニヤニヤとした顔で昇を見ていた。
あの顔には散々苦しめられてきた。
春香に優雅の浮気を伝えて春香が泣いた時に見せてきた顔、自分が西中で小岩から殴られるように仕向けていた時に見せた顔、昇の受験を邪魔して、かなたの写真をこき下ろして、たくさん周りの人たちを悲しませて笑いを誘った時の顔だった。
怒りを抑えるように気を付けながら、「一木?もしかしてアイツに何か言われたの?」と聞くと、春香は弱々しく頷いた。
「後で聞かせて。大丈夫。春香は俺が守るよ」
驚く春香に「俺のがチビだから信用ないよな」と微笑みながら手を離すと次のパートナーとの踊りになった。




