第15話 皆で手を振る。
図書室で話した日から2日後の木曜日。
見事に一木の甘言につられた連中は被害届を警察に提出した。
警察は、無理矢理連れ攫われて金銭の要求までされた昇の被害届を期待していたが、昇は「爺ちゃんと話しました。相手の人たちが電話をしてきて、ウチまで謝りに来てくれたので、大事にはしないことにしました」と言う。
最後まで脅迫を疑った警察は、「守るから」と言って被害届を出させたかったが、昇は「ありがとうございます。でも小岩茂のもうしないって言葉を信じます」と言って、祖父が「本当に助かりました刑事さん」とお礼を言って帰ってしまい終わらせる。
帰宅すると「昇、おめえからかけてやれよ。あの小僧喜ぶぞ?」と祖父に言われて、「やれやれガキかよ」と思いながら、曽房に聞いていた小岩茂の家に電話をする。
電話に出たのはこの前の曽房で、「ああ、楠木さん。先日はどうも」と優しく応対をする。
こうなると、あの入学式の輩は何なのか気になってしまい、「えっと…被害届の件で電話しました。ウチは出さずに、この先も絡まれないなら、殴られたり金を取られたりした連中も被害届は出さないって確約を取ったよ」と話した後で、「曽房さんに、聞いてみていいですか?」と声をかけると、「坊ちゃんの為にありがとうございます」と返した曽房が、「私ですか?」と聞き返してくる。
「噂で聞いたんだけど、小岩の卒業式とか入学式の父兄って、派手で怖い人達が来てたって。曽房さんはそんな感じじゃないですよね?」
「ああ。やはり評判悪いですよね。うちの従業員の中に三津下という者がいて、年が近い事もあって坊ちゃんの話し相手になっているんです。その三津下が坊ちゃんは舐められてはいけないと言い出しまして、坊ちゃんもそれに乗せられてしまったんですよ。坊ちゃんは両親や私の落ち着けという声を嫌がりますし、それならイケイケと背中を押す三津下を気に入っています」
曽房のガッカリとした言い方に、本当に困っているんだと伝わるし、昇は前の世界でみていた三津下を思い出して「あー…成程なぁ」と思った。
曽房の「もしよかったら」と、昇の「後お願いが」が同時に出てしまい、曽房が「どうぞ」と言う。
「ごめんなさい。小岩って電話出れます?曽房さんから聞くより俺がキチンと話したいんです」
曽房は電話先でもわかるような喜びの息遣いで、「ありがとうございます。私もお願いできないかと思っていました」と言った後で、「北小学校の件、ありがとうございます。色々聞いてみたら、あの一木幸平ですが評判の悪さもさることながら。坊ちゃんの名前を使って好き放題やっていたそうです」と教えてもらえた。
「よかった」と言う昇に、「こちらこそありがとうございます。では少しお待ちください」と言った曽房は、「坊ちゃん!お友達からお電話ですよ」と言って小岩茂を呼ぶ。
こんな会話を聞かれたら母親は卒倒するだろう。
「あぁ!?何言ってんだよ?」と言いながらも声は上擦っていて、足早に近づいて来るのがわかり「はい?」と明るい声で聞いてくる小岩茂に、「あ、小岩?こんばんは」と昇が言うと小岩茂は固まってしまう。
「あれ?わかんない?俺だよ。楠木」
「…わかってたよ。なんで明るく電話してくんだお前は?」
昇はごく普通に「ほら、被害届の件で警察行ってきたから電話したんだよ。警察の人に出せ出せ言われたけど、俺と後は会田とかの絡まれないなら出さないって連中は断ってきたからさ。教えてあげたいし」と言って説明をする。
小岩茂は意外だったのだろう。唖然としながら「お前…、本当に?」と聞くと、昇は「本当だよ。キチンとやったからもう無闇に絡まないでよ。後警察がしつこかったから、小岩はもうしないって言ったから信じるって話にしてきたから大人しくしてよね」と説明をする。
これには小岩茂が驚きから「何!?俺がもうしないって言ったから被害届を出さないことにした!?お前!何で俺が大人しくするんだよ!」とオウム返しをする。
小岩茂の言葉に曽房が後ろで声を上げて笑うと、「笑わないでくれよ!」と小岩茂が声を荒げて、それにつられて昇も笑ってしまうと「お前も笑うな!」と言う。
その声は本当に13歳の男の子だった。
「まあさ、俺はやる事をやったよ。それでもしも被害届が出るなら出したのは一木に乗せられた奴だから約束守ってくれよな」
「…わかってるよ。お前も約束守れよな」
「ん?なんかあったっけ?」
「俺に会ったら挨拶しろよな」
「挨拶って言い方はなんか威張ってない?手なら振るよ。小岩も振り返してくれよな」
「俺がお前に手を振る!?」
このやり取りに、また曽房が笑って「坊ちゃんが手を振るなんて幼稚園以来だ」と言い、「クソが!」と呟く小岩茂に、「まあよろしくー。俺は来週が移動教室なんだよ。これから用意するからもう切るね」と言うと、少し残念そうな不貞腐れた声で「おう。楽しんでこいよ」と言ってから小岩茂は電話を切った。
翌日、キチンと図書室を作戦本部にしていたメンバーにだけ、まだ他言無用として、被害届を出さずにナメた真似…悪目立ちをせずに、小岩茂に喧嘩を売らなければ小岩茂が絡んでくる事はなくなった話をして区切りがついた話をした。
昇は「やったね!凄いよ楠木くん!」と春香に言われると、全てが報われた気になってしまう。
ここで堀切拓実が「じゃあ、もう買い物に出ても絡まれたりとかしないのか?」と聞き、昇が頷くと「じゃあ、土曜日に移動教室で使う服とか買いに行こう!」と言い、大人数で買い物に行くことになる。
そうするとまあ曽房だろう。買い出しを見越して小岩茂に散歩を促していた。
駅ビルで買い物をしていると、大人数なので皆行きたい店が違ってしまい、今はベンチで春香と数名の元北小学校の連中と待っている時に、前を通った小岩茂はチラチラと昇を見ていて、周りは小岩の放つ気配にピリつき、顔を見知っている春香は「あ…」と言って怯える。
昇は少しだけ意地悪い顔をした後で、笑顔になって「おーい!小岩ー!」と声をかけて手を振る。
小岩茂は嬉しさの中に、本当に手を振られると思わなかったので目を白黒させるのだが、昇は「約束だぞー」と追い討ちをかけると、小岩茂は小さく手を振ってから昇の元に駆けてきて、「恥ずかしーんだよ!やめろよ!」と言う。
「えぇ…。俺たちまだ中1だからいいじゃん。子供でいられる間は子供でいようよ」
昇の態度に、春香は目を丸くして昇を見ていて、元北小学校の連中が唖然とする中、「小岩って怖がられてるだけだけど普通なんだよ」と言うと、「あ、そうだ。この前電話で言い忘れたんだけどさ、話で聞いた入学式とか卒業式の派手なの、あれやめた方がいいよ」と小岩茂に向かって言う。
「あ?何でだよ三津下の奴が…」と、言い返すタイミングで「ナメられない為?怯えさせてるだけだよ」と言うと、春香に「ね?怖いよね。かえって話しかけにくくなるよね」と聞くと春香は泣きそうな顔だが、首を縦に振って「うん」と小さく言って怯えた顔をする。
「ほら、その派手な人が怖いから山野さんみたいに怖がるんだよ」
「…怖い?三津下が?アイツすげぇバカキャラだぞ?」
「皆それ知らないし。だから怖がられるんだよ。ナメられないのと怖がられるのは違うんじゃない?」
「マジかよ」
「マジだよ」と返した昇は、「じゃあ、俺たち次は酔い止め買ったりする人の為に薬局行くから、またねー」と言って手を振って、「手は?」と聞くと、小岩茂は真っ赤になって手を振り返す。
「山野さんも手を振ってよ。皆も」と言うと、皆も躊躇しながら小岩茂に手を振った。
全員の顔を見て手を振り返す小岩茂はとても反社の息子には見えなかった。
移動中、昇は小岩茂の後をつける曽房に気付くと、曽房は「しー」と口元に指を当ててから昇に会釈をした。
帰り道、春香とかなた、堀切拓実は「怖かったよぉ」、「いない間にその子に遭遇してたの?」、「お前、小岩に手を振らせるとかすげぇな」と言われたが、「平気だったよね?だからコレからは地元でも皆で遊べるよ」と言ってニコニコで帰宅をした。