第11話 凱旋。
昇が小岩茂に連れて行かれる20分前、桜かなたは誰よりも早く学校に到着していた。
それは土曜日に昇の祖父から頼まれていて、本人も快諾をしていた。
かなたは日曜日に春香と堀切拓実を頼り、「一緒に昇くんを助けて」と頼んでいた。
「ここで昇くんがやられたら、東中はどうなるかわからないし、3組の子がなにするかわからないよ」と言って説得をすると、2人とも快諾してくれて、普段より早く学校に到着していた。
「ありがとう堀切君、春香さん」
「いいって。で、昇は?」
「まだ来てないの?」
ここでかなたが昇の祖父と交わした作戦を説明すると、堀切拓実が「はぁ?じゃあ昇は何も知らずに、小岩を釣るための餌にされてんの!?」と慌てて、春香も「危ないよ!」と口を揃える。
「昇くんは演技下手だからって、でもお爺さんは助けられるから大丈夫って言ってくれてたの」
ここで春香が「私達は何をすればいいの?」と聞くと、かなたは「証言者を探して」と言う。
昇の祖父の読みでも、一木幸平は無関係を装い普通に登校してくるだろうし、そうすれば来ていない昇を見て、勝ち誇った顔で、今昇に起きている事を仲間達と話すと思うので、その現場をできたら押さえて、可能なら一木と手を切りたい奴に、小岩茂の恨みを買わない形で、一木が小岩茂に昇を痛めつけて欲しいと頼んでいた事を証言させたいというものだった。
「あー、一木ってのが無関係の素振りで昇と小岩が潰しあったら一人勝ちなのか」
「やっぱり一木って楠木くんを待ち構えて脅したりするくらいだから悪人だよね」
堀切拓実も春香も了承してくれて、教室で動きがあるのを待つと、かなたと堀切拓実の居る4組で話が起きた。
会田晶は教室に顔を出すと昇の席を見て顔を暗くする。
それを見逃さなかったかなたと堀切拓実が頷きあっていると、愚かにも一木幸平は四組の教室に入ってきて、昇がきていない事にニヤニヤといやらしく笑い、会田晶や数名のクラスメイトに「これで楠木昇は終わりだな。小岩は恥をかかせてボコボコに殴って金を取って、二度と外に出れなくするって言ってたから楽しみだな。だが金は受け取るなよ、共犯はごめんだからな」と話している。
堀切拓実が「何だよ今の話。昇が来てないのってお前が何かしたのか?小岩って小岩茂か?」と話しかけると、一木幸平は慌てて逃げるが堀切拓実は後を追わずに、会田晶に「なあ晶、昇に何があるんだ?俺達友達だろ?助けに行こうぜ?」と話しかけると、会田晶は泣きながら「無理だよ。相手はあの小岩茂で今頃手遅れだよ」と言う。
「会田君、昇くんに何があるの?何があったの?教えて?」とかなたが話しかけると、金曜日の帰りに一木主導の昇の待ち伏せが起きて、そこで昇の話を聞く事で一木の言い分がおかしい事に気付いたが、どうする事もできないまま帰りに小岩の元に連れて行かれて、一木がナメられているから昇をシメてほしいと頼み込むのに付き合わされて、帰りに「これで皆共犯。裏切ったりするなよな」と一木に言われていて、胃の痛い週末を過ごしていた。
親達からは、悪い縁は断ち切れと言われても、小岩から呼び出されれば一木は家まで迎えにくるからどうしようもない。
会田晶は頭を抱えて泣いてしまっていた。
それは同じクラスにいて一木に捕まった者や、サッカー部で捕まった者も同じだった。
「大丈夫だよ」
その言葉はかなたから出ていた。
涙ながらにかなたを見る会田晶に、「もし、…ううん。昇くんは大丈夫。この後で昇くんが来たら一緒に先生に証言してくれない?ここで泣き寝入りをしたら、3組の子がこれからも悪さをする。今は無関係な子達も…、男子だけじゃない、女子達も嫌な目に遭う。もしかしたら小岩って不良のところに連れて行かれて、いやらしい事までされるかも。だからそうならない為にも一緒に立ち向かおう」と声をかけると、教室はしんとなり奇妙な一体感が生まれていた。
だがどこに昇の無事があるのか。
荒唐無稽で、無責任なのではないかと思った時、担任はホームルームの時間を過ぎてから教室に飛び込んで来て、「自習にする!今手の空いてる先生が来るから、大人しく従うんだぞ!」と言って走り去っていく。
これはもしかして
そんな気持ちが教室に漂うと、隣の教室でもどよめきと歓声が上がる。
そして2時間目も自習になり、3時間目が始まるところで「あれ!窓の外!楠木だ!」と窓際の生徒が言う。
かなたと堀切拓実は席を立ち上がって窓に行くと、祖父と堂々と校庭を歩く昇が居た。
見た感じどこも怪我をしていない。
かなたと堀切拓実が窓を開けると、遠くから「やだよ恥ずかしい」、「バーロー!勝鬨を上げるんだよ!気合いで敵を押し潰せよ!」、「勝鬨って…、初戦に勝っただけで本番はこれからだよ」、「まあそうだけどな。夜はお前の作戦でいくからな」なんて聞こえてくる。
教室の至る所から、「無事だった…」、「マジかよ」、「流石アニキ」、「オジキだろ?」なんて沸き立った声が聞こえた時、かなたは「昇くん!!」と声をあげて手を振ると、昇より先に昇の祖父が手を振って「おう!嬢ちゃん!こっちはやり切ったぜー!」と返事をしてしまうし、「昇はピンピンしてるぜ!」と言ってしまう。
校舎から「何だあのジイサン」「楠木の爺ちゃんか?」なんて聞こえてきて、昇が「爺ちゃん、恥ずかしいっての」とツッコむ。
「25でもか?」
「そうだよ」
祖父は「バーロー手ぐらい振り返したってバチあたんないぜ?仲間だろ?」と言って、もう一度かなたに手を振る。
祖父はかなたを仲間と思っているから応えていたと気づくと、昇も手を振って「かなた!あんがとな!」と言う。
かなたはそれだけで感涙するし、横の堀切拓実も昇に手を振ってきて、昇が「堀切もあんがとな!」と振り返す。
その時に一組の窓が開いて「楠木くん!!」と名前を呼んだのは春香だった。
春香が自分の名前を呼んで自分を見ている事に、昇は過去を思い出して嬉しくなると、「山野さん!」と返した時、昇は祖父から「露骨すぎだってバーロー」と注意されてしまった。
そんな昇と祖父は3組の窓を見て、忌々しそうな顔で昇を睨み付ける一木幸平に気がついた。
「野朗か?」
「うん。俺の敵」
「成程、なんかあるんだろうな。まあここで潰せば問題なしだ。俺は先生にお話ししてくるから、お前は挨拶したら教室行って来な。証言者の確保と根回しをやり切れ」
「了解だよ」
昇は担任に無事を知らせて、「ご心配とご迷惑をかけました」と謝ると、「いや、何事もなくて良かったよ」と言ってもらえる。
表情を暗くして「何事も……ありましたよ…」と昇が言うと、担任は「どこか怪我を?お祖父様や警察からは怪我はないって…」と心配そうに昇の事を見る中、昇は肩を落として「給食は間に合いましたけど、皆勤賞を逃しました」と言うと、担任は笑って「それは大損害だな」と言ってくれた。