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人間主義ビジネスモデル

人間主義ビジネスモデル〔相互扶助資本主義社会〕という新たな概念〔資本主義と社会主義のデメリットを排除し、相互扶助や共助の原則を取り入れ、社会全体の福祉を追求する経済体制〕を基にしたある施設の物語である。

老人ホームと児童福祉施設とを併合した自給自足の複合型施設「ヒューマンライジング」での日々の出来事を通して両者が愛しみ会える終の棲家と、旅立ちの家と,を描いている。


ヒューマンライジング 一話


 龍太は、アキラと待ち合わせしたロンドン・ガトウィック空港に到着していた。アキラの姿を探すが見当たらないキョロキョロと辺りを見渡していると、ベンチに座っていた男が立ち上がり振り向きざまに龍太の肩を「よっ」と叩く。

振り向くと、そこには探していたアキラがいた。


アキラとはヒューマンライジングを離れて10年ほど逢ってないだろうか、電話では互いの近況を話していたが、逢うことはなかった。


龍太はヴァイオリンのソリストでヨーロッパを中心に活動していたが、

アキラの一報で急いで日本に戻ることになった。


アキラは自信に満ちた精悍な顔になっており、すれ違っても分からないほどの変貌ぶりに龍太は驚いている。


おまえ、変わったなぁ~と龍太が声を出して笑いだす。お前もなぁと互いの成長を称えあいながら肩を叩きあう二人。


 アキラは世界で活躍する建築家となっており、商談のためイギリスに居たこともあり、龍太に一緒に帰ろうと連絡をしていた。

彼らは、血のつながりは無いが実の兄弟よりも堅い絆で結ばれ、兄弟のように育った。互いに忙しく、故郷であるヒューマンライジングにも顔を出せずにいた二人だった。


 自分たちを育ててくれた養母の健康状態が思わしくないことを聞き、ソリスト仲間に事情を話し、演奏の代役を頼み込んでイギリス発の便に二人で乗り込んだ。12時間のフライト、さらに車中3時間程でヒューマンライジングの家に着く15時間の旅路になる。時差9時間で朝8時ごろに着く予定だ。


 隆太は、マミーの具合を聞いてみた。

「あまり良くないと美玖ちゃんから聞いた」と言うアキラ。

「美玖ちゃんはヒューマンライジングにいるのか」と、隆太。

「あぁ、あいつは優しすぎるから出て行けないのだろう俺たちと違って」

と、呟くアキラ。


美玖ちゃんらしいな居てくれているのか、と声には出さず安堵した龍太は、大きく息を吐き肩の力が抜けていくのを感じていた。


 久しぶりに帰る故郷の様子が判らずにいた二人だったが少し仮眠しておこうとCAにスコッチを頼むアキラ。

グラスをもらって飲み干した龍太は浅い眠りの中にいた。


 新人ソリストの龍太は意欲的に活動し、世界を飛び回る生活を5、6年続けヒューマンライジングには帰っていない。

多忙な日々ではあるが生活は充実し生きることを楽しんでいた。

 世界の珍しいものが目に留まれば、ヒューマンライジングの子供たちに贈り物をするなどお世話になった人たちの誕生日には必ずプレゼントを贈り、

時にはお小遣いなども送金していた。

日頃、ヒューマンライジングに戻れないことに後ろめたさを感じてしまう龍太だった。

そんな根心が深すぎるのか 感情が豊かすぎるのか 龍太のヴァイオリンの音色は感性の導きで誰をも魅了する表情豊かな音色を創っていた。

 空は青々と澄みきり山々は美しく 海が輝いて見える桜並木の林道を母と子が手を繋いで歩いている。


龍太は6歳のとき母に連れられヒューマンライジングにやって来た。

程なくして母の姿は見えなくなり、その後 一度も逢うことはなかった。


母恋しさに毎日毎日泣き明かし、涙が枯れても体を引きつりながら泣いている龍太にアキラが近づき お前、なんで泣いているんだ。


ヒックヒックと泣き止まない龍太。「おまえ、母ちゃんがいなくなったから淋しくて泣いているんだろ。俺なんか、母ちゃんを見たこともないんだっぞ。ヒューマンライジングはみんな親なんか、いないんだっぞ」と、舌がもつれながら真っ赤な顔をして叫ぶアキラを見て、思わず笑い出してしまう龍太。


なにが可笑しいんだと怒りながらも、自分もその可笑しさに笑ってしまっていたアキラだった。それ以来、二人は無二の親友となり、兄弟のように育っていくのである。


しかし誰にも見られないところで時折、母恋しさに泣いていたが、アキラと菊ばぁちゃんと3人で暮らすようになり、少しずつ元気になっていく龍太がいた。


世話をしてくれる菊ばぁちゃんは二人の養母となり、3人家族の構成となった子供たちは育て親をマミーと呼ぶ〔育て親はマミーの名称になっている〕。

マミー以外の人たちも龍太たちの面倒をみてくれる。

部屋ごとにいろんな家族の構成がありヒューマンライジングでは、それを縁といっていた。

生まれて間もない赤ちゃんが今日、ヒューマンライジングにやってきた。

女の子だ まだ名前はない。育てる人が名前を決めることになっている。


「もう少し若かったら私が育てるのにねぇ~」と、呟いたマミー。


赤ちゃんは美玖ちゃんと暮らしている美土里おばちゃんが育てることになり真美と命名された。命名「真美」と書かれた額がロビーに立て掛けてある。


 龍太は美玖ちゃんに赤ちゃんを抱かせてと頼んだが「ダメ、まだ首がすわってないから、また今度ね」と言われ首が座る、座布団に?・・・と創造豊かな龍太は「マミー」と部屋に走っていく。


 それから2ヶ月が経ち、美玖ちゃんが「真美ちゃんを抱いてもいいよ」と、言われ美玖ちゃんの部屋に急ぐ龍太。


髪の毛はフサフサ 手はプニュプニュ 肌はツルツルだった。

美玖ちゃんの言うように右腕をそぉ~っと回してゆっくり抱き上げると真美は僕の鼻を掴んで笑いだす とても可愛く愛らしかった。


 美玖ちゃんは赤ちゃんのときヒューマンライジングに迎えられた。「美土里おばちゃんが私のお母さん マミーなの」と美玖


赤ちゃんの真美は美玖ちゃんの妹になるんだ、と龍太は思った。


美土里おばちゃんも美玖ちゃんも赤ちゃんの真美も絆で結ばれている家族だと、少しずつヒューマンライジングを理解し始めていた龍太は、既に絆家族になっていた。

 アキラは、なんでも率先して動き活動的な子供だった。

感情豊かな泣き虫の龍太とは正反対の二人だったが、二人はいつも一緒にいる畑でジャガイモを掘るときも 家畜に餌をやるときも マミーの肩を揉む時も半分半分で揉む。

アキラは、いつもマミーにダメだしされる。

もっと優しく 柔らかくと言われても「アイっよ」と軽く流してしまう。

「アキラっ」と、怒鳴られて急いで逃げる。


「あいつは」と、笑うマミー。


龍太の手は本当に柔らかくて気持ちいいよと褒められ、はい、とヒューマンライジングのお札40ヒューマンをくれる。


『ヒューマンライジングでは良いことをするとお駄賃が必ずもらえる。

貯金が半分であとはお小遣いになる。施設には売店がありヒューマン単位で好きなものが買える。』


いま、アキラが欲しがっている自転車は3万円もする。

日頃のお手伝いでも30000ヒューマンは1年以上かかるし、ヒューマンの半分は貯金することになっている。

「どんなに頑張ってお手伝いしても2年か」と、落胆するアキラ。


マミーはアキラが落ち込んでいる理由を龍太に聞いてみた。

「アキラに6000ヒューマン貯めなさい」と伝えるマミー。

貯まったらヒューマンライジングが買ってくれるよ。

高額でも必要なものはヒューマンライジングが手助けしてくれると説明するマミー。


 それからアキラは、お手伝いを沢山するようになってマミーの肩も優しく揉むようになっていた。ヒューマンライジングの人たちも自転車が早く買えるようにとアキラに沢山のお手伝いをさせている。

 アキラは、たった3ヶ月で12000ヒューマンを貯めて半分の6000ヒューマンをマミーに渡して「自転車を買ってください」とお願いした。


そして念願の自転車に乗ったアキラは、ペダルを力強く踏み込み颯爽と林道の中へと消えていくのであった。

『ヒューマンライジングでは、子供たちにお金にも比重があることを教えるために努力の成果を大切にしている。大人がお金を調達する力と、子供がお金を調達する力に対して2/10単位の比重にしている。


アキラが6000ヒューマンを作り出すことは、既に3万円以上の価値を生産したものと捉え支援している。努力をすれば何かを得られることを幼少期に体験させる仕組みになっていた。』


 マミーは 以前、書道の先生をしていたから子供たちに書道を教えてお駄賃をもらっている。ここではみんな得意なことを仕事にしてお駄賃をもらっている。子供たちも習いごとやお手伝いでもお駄賃がもらえる。

お駄賃は20、40、60、80、100と偶数のヒューマン単位で内容ごとに違う。

鶏に餌をやるときは40ヒューマン、卵を取ってくるときは60ヒューマン、

鶏小屋の掃除は100ヒューマン、野菜を取ってくるときは80ヒューマン、

勉強も成績が良いと、それぞれにお駄賃がもらえる。

また、社会貢献の一環として介助犬の養成などにも参加し子供たちは大いに役立っていた。

 マミーは龍太たちに話はじめる「ここでは自分たちが出来る範囲で寄り添いながら、みんなで力を合わせて自給自足の生活をしているんだよ。

お駄賃はもらえるが生活に必要なお金は掛からないからマミーたちは、毎月の温泉旅行や日帰りバス旅行に行くたびにお土産を買ってこられるんだよ」。僕たち、お土産をいつも楽しみにしているんだ、と嬉しそうな龍太。

『ヒューマンライジングでは、お年寄りに闊達な日々を過してもらうことを基本理念にしている。コミクWEBによる医療と精神などの問診を毎日受けることが義務付けされている。

健康状態、痴呆やメンタルケアなどを重視し、特に歩幅や屈伸などのケアしている。先ずは楽しく生きる、そのための健康維持はヨガ教室などの運動施設があり、マージャンやトランプなどの娯楽施設を完備していた[賞品はお菓子や生活必需品である]。


時にはマージャン大会やポーカー競技などを行い脳の活性化による老化防止などを行う。


また犬や猫、鳥などの動物たちと共存することで心を癒す効果を備えていた。良いと思われることはすべて行うことになっているヒューマンライジングである。』


 子供たちは、マミーたちの遊びを手伝うとお駄賃がもらえる。

箱の上に立ってトランプを配るなど色々なお手伝いがあった。

龍太はお手伝いしながらマミーたちの笑顔を見るのが嬉しくて好きだった。


 今日はみんなで白菜の収穫をする日だ。元気な人はみな畑に出てくる。

白菜を収穫する子供たち白菜をきれいにするマミーたち 白菜を積み込み運ぶお兄ちゃんたちみんなが自分たちの仕事を分業して助け合っている。


この白菜は美土里おばちゃんが漬物にすることになっている。

今では色々な野菜の漬物を作って収入を得ていた。

「ヒューマンライジングを支援してくれているコミクWEBの人たちにも、おいしい白菜を漬物にして送るんだよ」とマミー。

美土里おばちゃんは、ここに来る前 漬物工場で働いていて味付けがとても上手だったそうでヒューマンライジングで漬物を製造販売することになった。「責任者はマミー〔美土里おばちゃん〕になったの」嬉しそうに言う美玖。




ヒューマンライジング 二話


龍太がヒューマンライジングに来て3年が過ぎようとしていた。

龍太の日々の生活は勉強に習い事やお手伝いなど大人なら出来そうにない程、毎日が忙しい。辛いときもあるが楽しいことのほうが多い、母の恋しさは記憶の奥底になっていた。


習い事は半年ごとに変わってゆく上手な人や好きな人だけがそのまま続け、下手な人や嫌いな人は、次から次と習い事が変わっていく。

アキラは絵が上手かったので同じ絵の先生から教わり続け、工作の習い事もしている。


ここでは一つ得意なものを必ず見つけなければいけない事になっている。 でも、みんな何が自分に合っているのか、分からないから何でもやってみて好きな物を見つけてゆくことになる。


 そんなある日、ヴァイオリニストの鈴木先生がやってきた。

今日の習い事はヴァイオリンだった。鈴木先生がヴァイオリンを弾き始めると部屋中にヴァイオリンの音色が響きわたる。


ピアノと違って色んな音階があり 音の艶や悲しい音色の表情に龍太は魅了されてしまう。

あんなに小さな楽器からこんなに美しくて大きい音がどうして出るのだろうと不思議に思っていた龍太に鈴木先生は、さぁヴァイオリンを構えてと言うが上手く持てない。


その日はヴァイオリンを顎と肩で挟む練習をした。そしてヴァイオリンのDVD教材を渡され、よく見てヴァイオリンの構え方と部位の名前を覚えておくようにと今日の習い事は終わった。


 ありがとう御座いましたと挨拶して、みんな帰ったが龍太は残ってヴァイオリンの音色が気になり鈴木先生に聞いてみる「鈴木先生はヴァイオリンの音色が好きなの?と聞いてきた」龍太は音の艶や悲しい音に表情があって人の感情や言葉のように感じたことを伝える「ヴァイオリンはね すべての板と弓とが共鳴し合って大きな音色を出すことができる楽器なのですよ」と穏やかな物腰で言う鈴木先生。

良くわからなかったが、そうなんだと思うことにした龍太だった。


 その夜はDVDをセットしてイヤホンで聞きながら見入っていた龍太に、もう寝なさいと怒り気味のマミー。


時計を見ると10時を過ぎている 急いで布団の中にもぐる龍太。それから毎日セヴシックなどで音階練習の日々が続いた。

時間があればカイザーやクロイツェルなども練習するようになっていた。


龍太が弾くヴァイオリンの音色は何処となく淋しさと悲しみの表情を醸し出していた。「この子は本当に好きなんだねぇ~ヴァイオリンが」と、龍太を見つめているマミー。


 ヒューマンライジングでは、初回の習い事の期限を半年としていた。

残っている生徒は、龍太と美玖ちゃんと美玖ちゃんの妹の真美の3人だけになっている。

いつも美玖ちゃんのスカートの裾を摘まんで後ろにいる真美はもう3歳になっていた。

真美は美玖ちゃんの傍から離れない 美玖ちゃんを母のように慕って「ミィちゃん ミィちゃん」とひと時も離れない。

美土里おばちゃんは漬物製造で忙しく、代わりに美玖ちゃんが真美の面倒を見ている。


美玖ちゃんは本当の妹のように真美を可愛がっている。ときに母であり姉である美玖ちゃんは、勉強する時間もないはずなのに勉強も出来、ヴァイオリンも龍太より上手かった。


そんな美玖ちゃんに淡い恋心をいつしか抱きはじめていた龍太だった。


半年が過ぎ、ヴァイオリンの習い事終了の時がきた。

鈴木先生が話し始めた「今日が最後になりますが、このまま続けていきますか?」。

美玖は悩んでいる。


美玖ちゃんとこのまま一緒にヴァイオリンをやりたかった龍太は美玖ちゃんに「続けようよ、やろうよと言いそんな気はなかったがつい口から真美の面倒を僕がみるから、ね。だからやろうよ」懇願する龍太。


 美玖は辞めるつもりだった。


龍太がしつこく頼みお願いするので仕方なく「うん」と言ってしまう。

後ろから真美もやると大きな声「僕も続けます」と大きく返事をする龍太。


鈴木先生は、そうですかとニッコリと笑い「私もうれしいです」と言う。

それから龍太たちは週2回の厳しいレッスンが、また続くことになった。


ヒューマンライジングでは週4回の習い事がある。

常に2つの習い事をすることになっている龍太のもう一つの習い事は合気道で習い始めて2年ほどで初段の有段者になっている。


ヴァイオリンは年数を追うごとに難しくなっていくがパガニーニ24カプリースを宿題とされるほど、技巧の腕前へと上達していた。

ヴァイオリンと合気道の日々の中で健やかに成長していく龍太であった。


ヒューマンライジングでは、何か良い事があると宴のお祭りがおこなわれる。また、村の人々も大勢集まり互いの喜怒哀楽を共にできる場所となっていた。お祭りは誰かが入居した時や ここから巣立ち旅立つ時の特別な日におこなわれる。


ヒューマンライジングには 元料理人もいて本格的な料理が並ぶ、もちろん龍太が大好きな肉ジャガもマミーが作ってくれている。


「今日は何があったの?」隣にいるアキラに聞いてみた「じいちゃんが来るらしいよ」と、アキラが答える「じいちゃんか」と呟く龍太。


 そのじいちゃんがやって来て「皆さん、こんにちは今日からお世話になる大田一郎です宜しくお願いします」とお辞儀をした。


挨拶が終わると同時に飲めや歌え のお祭りが始まった。


 いつものように「一曲やっておくれ」と言うマミー。

シンドラーのリストをやさしく弾き始めた〔ナチスのホロコースト[ユダヤ人を600万人大虐殺]を映画化した映画音楽〕。


「わたしを見送くるときはシンドラーのリストで天国に送っておくれよ。」と、マミーの大好きな曲を最初に演奏している。


次に独特の躍動的なリズムのチャルダッシュ〔ハンガリーの民族音楽で酒場風という意味〕を鈴木先生と演奏し、最後に少し弾けるようになってきたパガニーニ24カプリース〔イタリアの作曲家であるニコロ・パガニーニのヴァイオリン独奏曲〕鬼才ヴァイオリニストの超絶技巧を披露したが音階を数十回以上は外してしまっていた。


「美玖ちゃん、気がついたかな」と渋い顔の龍太。周りの人たちは皆、神妙な顔で聞いている演奏が終わると大喝采が鳴り響いた。


美玖ちゃんはG線上のアリア〔バッハ〕を演奏した。

そして、真美とポル・ウナ・カベーサ「首の差で、という意味のタンゴ曲」をアンサンブルで奏でている。


美玖ちゃんの音色は聡明で真っ直ぐな音を作り出している。

真美は元気で健康的な音色を奏でており、二人の息はピタリと合っていた。

さすがに姉妹だな、と龍太は思った。


 誰かがダンスを始める。そしてひとりまた一人と立ち上がり踊りだす老若男女が手を取って踊りあう。

曲が終わってもアンコール合唱で姉妹は、もう一度 ポル・ウナ・カベーサを演奏した。弾き終わると大喝采がしばらく鳴り響いていた。

美玖ちゃんと真美は、少し顔を赤らめお辞儀をして舞台を降りた。妹の真美はもう8歳になっていたが、相変わらず美玖ちゃんから離れない。


 美土里おばちゃんがやってきて「一郎さん」と声をかける。

ようこそ、ヒューマンライジングへと言って ビールを注いだ。

一郎じいちゃんは、ありがとう御座いますと言い、ゴクゴクと一気に飲み干し「うめぇ~生き返った」と、大きな声を出した。

わたし「ファンなんです」と唐突に一郎じいちゃんに向かって話し出す美土里おばちゃん。「昔からあなたのファンなんですぅよ」と、もう一度言った。


「ありがとう」と、一郎じいちゃん。

美土里おばちゃんは笑顔で「今から一郎さんもここの家族ですからね」と、言う。「ありがとう これから宜しくお願いします」と頭をペコリとする一郎じいちゃん。


みんなが一郎じいちゃんの前に来て「よろしく」と言いながら握手をしている。隣にいる龍太は一郎じいちゃんの目が赤くなっていくのを見ていた。


 一郎じいちゃんは、若い頃ボクシングの日本チャンピオンで間違いなく世界チャンピオンになると言われていた人だった。


ボクシングスタイルはモハメド・アリのように 軽やかなスッテプで相手を惑わし 右フックでエラを捉え、左ストレートで顎を撃ちぬくワンパンチのサウスポ-ボクサーだった。


人間の脳は強い衝撃を受けると 衝撃を和らげるために一瞬ゼリー状の液体状態になる。

液体状態の脳にさらに衝撃をあたえると脳が破壊され何らかの障害もしくは死に至ることを知っている一郎じいちゃんは、一撃で仕留める試合をした。


それは、能の舞のように美しいと言われたボクサーだった。

だからヒューマンライジングの人たちや村の人たちは、一郎じいちゃんを知っていた。

そして、一郎じいちゃんの悲しい過去のことも 皆知っている。


 世界タイトル戦の前夜 後援会の挨拶のため町内のお祭りで挨拶をしていた一郎じいちゃん。

そのとき女の人の悲鳴が聞こえた、一郎じいちゃんは悲鳴が聞こえた方向へ一目散に走っていた。

4人の男たちが若い女性を無理やり連れて行こうとしていた。

女性は「やめてください 助けて」と叫んでいる。

助けに入った露天のおじさんは殴られ気絶していたが他の人たちは見ているだけだった。

その時、一郎じいちゃんは「やめろ」と言って女性の腕をつかんで男たちからひき離そうとしたが後ろから男が木棒で一郎じいちゃんの頭を力強く叩いた。


よろめく一郎じいちゃんは気が遠くなっていくが次の瞬間、無意識状態で4人の男を倒していた。倒れている3人は軽症だったが、ひとりの男は運悪く、灯篭の石台に頭をぶつけ死んでしまった。


一郎じいちゃんは人を殺めてしまったのだ。


 警察の調べでは、相手は地元の暴力団員で彼らは美人だったので一緒に酒を飲もうと誘い連れて行こうとしていたところへ一郎じいちゃんが、現れたと言っていた。


世間の人々は、情状酌量の無罪を求めたが裁判所は一郎じいちゃんの過剰な防衛だったとして執行猶予の判決が下った。


ボクシング協会は犯罪者となった一郎じいちゃんを永久追放に処した。

悲劇のボクサーと知られていた一郎じいちゃんは、目立たぬようにひっそりと生きてきたそうだ。


そして、縁あってヒューマンライジングにやって来たのだ。


今、龍太とアキラの目の前にいる。

「これから、宜しくな坊主たち」と、龍太とアキラに言った。

『ヒューマンライジングの老人入居の条件は厳しく制約されている。

健康状態が良いこと、子供たちの見本になり得る人であること。

特技があること、人格者であること、ポジティブな人、そして最後にピンシャンコロリであること。

入居は無料。そして仮入居期間が4週間を過ぎて問題がなければ本入居となり、僕たちのヒューマンライジング・ファミリーになる。いくつかの条件を満たさなければ入居できない』


一郎じいちゃんは健康状態、子供たちの見本、特技、人格者などが認められ本入居となった。

そして一郎じいちゃんのボクシングクラブが、ヒューマンライジングにできた。ボクシングクラブにはマミーたちも参加して縄跳びやシャドーボクシングをやっているピンシャンコロリ、ピンシャンコロリ、ピンシャンコロリのリズムでシャドーボクシングをしている。


マミーは、いつも「ピンシャンコロリだよ」と、口癖のように言っている。

 龍太は以前、ピンシャンコロリのことを聞いたことがある。

「ピンシャンコロリは ねぇ、生きている間は元気で人生を楽しむこと、

そして死ぬときはコロリと死ぬことだよ。だからピンシャンコロリなんだよ」と、マミーが笑っていたことを思い出す龍太。


 ボクシングクラブが気に入ったのか アキラは毎日練習に行っている。

そして何時の間にかに一郎じいちゃんの部屋に寝泊りするようになっていた。


マミーの肩もみは龍太がやっている。


いつも一緒だった二人は、それぞれの人生を少しずつ歩み始めていた。


 ある日、鈴木先生がヒューマンライジング運営者の人たちと話をしている。そして龍太にドイツに留学しないかと言ってきた。


来年は大学に入る年になっていた龍太は「少し時間をください」と鈴木先生に答える。では一ヶ月後に返事をしてくださいと言って鈴木先生は帰っていった。

鈴木先生の話では、龍太のヴァイオリンの音色には表情と表現力があり、

もう私が教えられるレベルではないのでドイツのケルン音楽大学で本格的にヴァイオリンの勉強をさせてやりたい。

既にドイツの友人に手紙を出して許可を得たことなどをヒューマンライジング運営者の武本さんに話していた。

『ヒューマンライジングでは才能を有する者にはすべての環境を提供していた。』


 マミーやアキラや美玖ちゃんと真美たちヒューマンライジング・ファミリーと離れ離れになることを恐れ、龍太は悩んでいる。


だが武本さんは龍太に「ドイツに行って勉強してきなさい」と、言ってきた。

 幾日が過ぎ、アキラとお風呂に入っていた龍太。

「お前にはヴァイオリンの才能があるんだ ドイツへ行って勉強して来い」と突然、強い口調で言ってきたアキラ。


無言の龍太は、風呂から上がり部屋に戻ると「あんなに好きなヴァイオリンの勉強が出来るんだから行きなさい」と言うマミー。


布団に潜った龍太は「誰がマミーの肩を揉むんだよぅ」と、子供のような声を出す。


わたしは大丈夫だよ、アキラに揉んでもらうから大丈夫だよと繰り返しながら寝入っていく。


翌朝、美玖ちゃんが一緒に食べようと声をかけてきた。

「うん」と答える龍太。

3人でテーブル座りお椀を手にもった龍太に美玖が話し始めた「ドイツへ行くんだって?」いや、まだ分かんないよ、と龍太。

「龍ちゃんは才能があるからもっともっと磨いて世界的なヴァイオリニストになって世界中の人に龍ちゃんのヴァイオリンを聞かせてあげて」真顔の美玖


行けばぁ~と真美の声がした。


「私たちのヒューマンライジング・ファミリーのことを世界の人たちに伝えて、親がいなくても幸せに生きていけるこんな家族がいることを伝えてほしいの」龍太の瞳をみつめる美玖の目頭は熱く瞳が潤んでいる。


そのとき自分の使命を悟った龍太「うん、僕行くよ ドイツへ」と、明るく答える龍太を見て 美玖は心から喜び嬉しそうに微笑んだ。


また、行けばぁ~と真美の声。


 ようやく決心した龍太は、鈴木先生に電話をして「ドイツに行きます 僕をドイツに連れて行ってください」とお願いした。

あまり感情を出さない物静かな鈴木先生が「そうかそうか」と嬉しそうに答える。

 そして、ヒューマンライジング・ファミリーの皆が喜び 龍太を祝福した。


ドイツ留学の前日、いつものお祭りが始まる主役は龍太である。


みんなの前で挨拶をするが、感情が高ぶり涙で上手く話せない。すでに懇情の別れとなっている龍太。


「お祝いの日に泣く奴があるかっ」と、叱責する一郎じいちゃん。

「そうだ、そうだ」とアキラの声。


「もう挨拶はいいから、はやくお食べ」と言って壇上にいる龍太の手をとるマミー。


私が代わりに挨拶するよ「この子は素直で心優しい子だからあんなに綺麗なヴァイオリンの音色が出せるんですよ。必ず世界で活躍するヴァイオリニストになります」と、マミーが宣言した。


皆は頷きながら拍手する。


ひとり一人と手を握って「頑張れ、負けるな」と、皆から別れの挨拶をされる龍太。


「絶対に世界一のヴァイオリニストになってね」力強く龍太の手を握る美玖。


なるんだぞぅ~と横から真美も言う。


「わかった 頑張ってみるよ 美玖ちゃんの分まで世界一のヴァイオリニストになるよ」と言い切った自分に龍太は驚いていた。


 マミーは美玖ちゃんに龍太がドイツへ留学に行くように諭してくれ、と事前に頼んでいた。そして自分が居なくなってもあの肉ジャガを龍太が食べられるようにと美玖ちゃんに伝承していた。


「マミーのことは、俺に任せておけ」と、肩を叩くアキラ。

「お前は世界一のヴァイオリニストになれ、俺は世界一の建築家になってやる

これからは競争だ、どっちが早く世界で有名になるか」と、言い放った。

 アキラは、龍太と出逢うまえから工作や絵画の習い事を続けていた。

一郎じいちゃんの部屋には、アキラが作ったミニチュアのお城やお寺などが、所狭しと飾られている。


絵画でも賞を取れるほどの腕前になっていたアキラは、いま建築家を目指し勉強をしていた。


 旅立ちの朝 マミーと二人での朝食 龍太は目に涙をためながら静かにご飯を食べている。

「馬鹿だねぇ~この子は」と言ってハンカチを手渡され「またすぐ逢えるんだから年に何回かは戻ってこられるんだろ、帰ってきたらお前の大好きな肉ジャガをうんと食べさせてあげるから もう泣かないの 笑顔で出て行きなさい」と、マミー。


〔龍太は、マミーが作る肉ジャガが大好物だった。

龍太の母親は、施設を去る前に龍太の好物をマミーに伝えていた。

薄口醤油で甘めの味付けの肉ジャガは母の味だったのだ。〕


「アキラに肩揉んでもらうんだよ、風邪をひかないようにね」と龍太「はい はい大丈夫、心配いらないよ」とマミー。


 鞄とヴァイオリンケースを手に取り行って来ると部屋を出る龍太「行っておいで」と部屋に居残るマミー。

ヒューマンライジング・ファミリーとの別れ,にぎやかな毎日を愛おしく思う龍太。


見送りをする皆から「龍太ガンバレー」と声をかけられ右手を挙げて答えた。


後ろ髪を引かれる龍太を見ていた鈴木先生が車のドアを開ける。

ありがとう御座いますとお礼を言って車に乗り込むと「どっちが早く有名になるか競争だ 世界一になるか勝負だ 負けるな 龍太」アキラの声。


「世界一のヴァイオリニストになる」と言ってアキラの手を握りしめた。


そして車はゆっくりと動き林道に入るとみんなの姿は見えなくなっていた。

その後の龍太は、ケルン音楽大学でヴァイオリンを基礎から勉強しなおした。世界ヴァイオリン早弾き大会に参加して優勝するなど超絶技巧のヴァイオリニストまでに成長していた。


龍太のヴァイオリンは、ケルン音大のフィッシャー教授からこれを持ちなさいと譲り受けた物だった。


そのヴァイオリンの銘は、剥がれ読み取れなかったが300年前後のオールドである事は確かだった。


形状はストラディヴァリウスよりは、やや小ぶりでアマティに近かったが、その音色は美しい高音から伸びやかな低音まで全体を通して艶やかなシルバートーンでストラドに引けをとることはなかった。


龍太の感性がヴァイオリンに命を吹き込み、甘い音色を響かせていた。


 ケルン音楽大学を首席で卒業後、オーケストラ在籍5年を経てソリストとして世界で活躍する新人ヴァイオリニストになっていた龍太は、時折コンサート会場でヒューマンライジング・ファミリーの話をするようになっていた。


マミー,アキラ,美玖ちゃん,一郎じいちゃんたちのヒューマンライジング・ファミリーに思いをよせていた。


 世界で活躍するソリスト龍太の話は、少しずつ世に知られヒューマンライジングが人間主義ビジネスモデル「相互扶助資本主義社会」としてコミクWEBや一般社団法人ペンキや太郎が話題となり、企業人の考え方も循環型企業の公益資本社会〔相互扶助〕を意識するようになっていた。



ヒューマンライジング 三話


 いま飛行機の中で龍太は、マミーの容態を案じている。

ようやく飛行機は伊丹空港に着いた。

近くのレンタカー店に急ぐ二人,アキラは既にレンタカーを手配していた。


龍太は流石に手回しが良すぎるとアキラを見る。

運転席にアキラが座り龍太は助手席に乗り込むと同時に急発進した。


車は神戸淡路鳴門自動車道に入りあと3時間程で徳島県海部郡美波町にある故郷のヒューマンライジングに辿り着く。


龍太とアキラはマミーの容態が気になって仕方がなかったが、まだ夜が明けていない。


電話するには気が引ける時刻だ「もう少し待とう」とアキラ。

暗闇が沈黙を誘い二人を包み込む。


長い沈黙から龍太とアキラの顔を朝日が照らしはじめた頃「もういいだろう」と龍太が言う。「そうだな」とアキラ。


電話の声は、美玖ちゃんだった。


龍太は僕だよと言うと「あっ、龍ちゃん、久しぶり」と声が明るい。

龍太は、マミーの容態が良くなったと勝手に想像をする。

具合はどうなの「うん、あのぅ」と言葉を詰まらせた美玖。もう一度、具合を聞き直すが「あまり良くない」と言うだけではっきりとは答えない。


少し苛立ちを覚えたが、到着時間を知らせて電話を切ると横からアキラが「マミーは」と聞いてきたが龍太は肩を窄めるだけで答えなかった。

アキラは、腑に落ちない顔しながらハンドルを右に切っている。


車は美波町の海岸沿いに入ったヒューマンライジングの近くには山や海がある。泳いだり、魚釣りをしたり、みんなでバーベキューを楽しんだことを思い出していた龍太。

「美波町は四国霊場の薬王寺に参拝する遍路で門前町は賑わい、室戸阿南海岸国定公園でもある。海岸ではアカウミガメが産卵に訪れるなど自然が豊かなところだった。」

龍太は窓を開け、冷たい空気を顔にあてながら大きく深呼吸をする。

「あぁ、この空気。やっぱり、ここの空気はうまい。」

アキラは、ニヤリと笑い「故郷はやっぱり、いいよなぁ~おれ、戻ろうかな」と呟く。

僕もと言いそうになった龍太は、慌てて口を噤んだときヒューマンライジングが見えてきた。

「やっと着いたな」とアキラ。 

車はヒューマンライジングの門を通りぬけ宿舎へと向かった。


『ヒューマンライジングの家は過疎化した地域に定めている。休公民館、休校、廃業した旅館やホテルなどを自治体の支援を得て住居、ジム、習い事、遊技場など多目的な部屋に改装した家を造っている。

過疎化した地域は経済の物流が乏しく若者離れになり、過疎化へと追いやられるが自然豊かなところは心豊かな人間を形成する場として、これ以上のところはなかった。

そしてヒューマンライジングから巣立った若者たちが、この地を故郷とし、その郷土の人々とヒューマンライジング・ファミリーの者たちが同じ思いで故郷の地を紡ぐのである。『龍太たちのヒューマンライジングの家は、廃業したホテルを一般社団法人のペンキや太郎たちが改装したものだった。』

宿舎のドアを開けた二人は同時に飛び込むと大きな垂れ幕が目に留まった。〔おかえりなさい アキラ 龍太〕と書いてある。


ふたりは目を見合わせていると突然、みんなが現れ「おかえりなさい」と、大きな声で出迎えた。


二人はキョトンとする 状況が飲み込めないでいる。

そこへ美玖ちゃんが「ごめんなさい」と謝ってきたが、その背後から謝る事なんかないよ。


そして「おかえり待っていたよ」とマミーの声がした。

振り返るアキラと龍太は「マミー」と、思わず叫ぶ。


もう一度「おかえり」とマミー。


具合は病気はと矢継ぎ早に聞く龍太「元気に決まっているだろ」と、マミーの懐かしい笑顔。

えぇ? また二人は顔を見合わせた。


 私はねぇ、ピンシャンコロリなんだから、そろそろ逢っておかないとお前達が外国から戻って来る頃には間に合わないんだよと笑っている。


腰が抜けてしまう二人だったが自分達が長い間、顔を出さなかったことを反省するアキラと龍太。


 美玖ちゃんが「ごめんなさい」と、また謝ってきた。

「いいよ 僕たちが悪いんだ」龍太。「美玖ちゃんが謝ることじゃない」と、アキラも言う。

そして二人はマミーに「ごめんなさい」と、謝りながら胸を撫で下ろしていた時、サングラスの老人が子供に手を引っ張られて近づいてくる。


アキラと龍太に「おかえり」と声をかける。それは一郎じいちゃんだった。


「どうしたのじいちゃん、サングラスして」と、訊ねるアキラ。

「あぁ、ちょっと目を悪くしてな」とこたえたが、すでに視力を失っていた。


「一郎じいちゃんは緑内障なの」と、美玖が代わりに答えた。

アキラと龍太は愕然としたが本人は然程、気にしていないようだ。


視力は失ってしまったが、生活に不自由することは無かった。

手をとっていた子供は武志という子で一郎じいちゃんと一緒に暮らしている。


一郎じいちゃんの目となり甲斐甲斐しく世話をしていた。

美土里おばちゃんも食事などの世話をしている一郎じいちゃんが普段の生活に困ることはなかったが、ボクシングを見てやることが出来なくなったことを悔しがり「この目が見えればなぁ~」と時々呟いていた。



アキラと龍太の帰省を祝う宴の準備をいそいそと皆が行っている。

村の人々も徐々に集まり、いつものように豪勢なご馳走が並べられマミーの肉ジャガも大皿に盛られていた。


宴は、美玖ちゃんのアヴェ・マリヤのヴァイオリンで始まった。

村の人たちは「村の誇りだ 自慢だ」と、二人を称え大いににぎわい大宴会となっていった。


そしてアキラと龍太のグラスには、大勢の人たちから祝福のビールが注がれ二人は来る人と来る人に挨拶をしている。

 ようやく挨拶を終えた龍太は、ヴァイオリンを手に取って壇上に上がり宴を楽しむ人たちに優しくアルビノーニのアダージョ ノクターン シンドラーのリスト イエスタデイなど数曲を演奏して最後にパガニーニ24カプリースを披露した。


龍太のヴァイオリンは一音の音階も逃さず、故郷、美波町の山々に甘い香りの音色を響き渡らせていた。


 美土里おばちゃんは、一郎じいちゃんに刺身を食べさせている。

船盛りに飾られた鯛、ヒラメ、マグロ、イカ、鰯、伊勢えび、鮑、サザエなどの新鮮な刺身が盛られている。


龍太のヴァイオリンを聞きながら一郎じいちゃんが「いまのは鰯か」と、聞く「そうよ」とこたえる。


今度は鯛よと言いやさしく口の中へ運ぶと、鰯もうまいが鯛には適わねぇなと言った瞬間「ハッ」とする一郎じいちゃん。


そうだ、ここを出る前の龍太のヴァイオリンは鰯だったと,いまは鯛になっていることに気づく、その音色はヴァイオリンを知らない者でも心を震わせる響きがあったのだ。


 演奏を終えた龍太は、アキラと美玖ちゃんと真美との昔話しに花が咲き

ヒューマンライジングの家を懐かしみ、皆で楽しんでいた。


美玖は鈴木先生が教えている音大を卒業後にヴァイオリニストとしてオーケストラ楽団員なり、鈴木先生と共に全国を飛び廻っていた。


真美は今年、大学院を卒業してヴァイオリニストとして美玖ちゃんのオーケストラに在籍することになっている。

相変わらず美玖ちゃんから離れられない真美を見て仲の良い姉妹だなと龍太は思った。


楽しき宴も終りの刻を告げ村人たちは家路につく,

静かな夜を迎えるヒューマンライジングの家。


アキラは、その夜一郎じいちゃんの部屋で武志と3人で過すことにした。


 昔、自分が作ったお城や寺などがそのまま残っている。

それを手に取り苦笑いをしているアキラ。


武志はゴソゴソと鞄に下着や服などを詰め込んでいる。

「旅行にでも行くのか」とアキラが聞いた。

「うん、あしたフィリピンに行くんだ。」

「そうかフィリピンか」と、武志ぐらいの年頃にフィリピンに行ったこと思いだしていたアキラだった。


フィリピン初日の2日間はセブ島でマリンスポーツなどを楽しみ、

夜はステーキやロブスターなどのご馳走をお腹いっぱい食べた。

そして3日目はマニラにあるスラム街の家々を訪ね生活必需品などを配るボランティアをして廻った記憶が蘇えるアキラ。


子供たちは、少なからずカルチャーショックに陥るが自分自身を見つめると共に世界観の視野を持つことができた。

『ヒューマンライジングでは、世の中には天国と地獄があることを子供たちに見せて教える。世の中の美しい物も汚い物を包み隠さずに見せる。

自分がどれ程、恵まれて生きているのかを諭させる。

自分には、人生の可能性がどれ程あるのかを問わせる。

なぜ、この世に生まれたのか,何をするために生きているのか,を考えさせながら魂を宿した人間へと促している。


一芸の特技によって人生が支えられる人間へと育成しているのである。

さらに魂の声を宿す教育として、陽明学思想を取り入れていた。

人生の傍観者ではなく、知行合一を持って世の人の役にたつ人間になれることを、この生と死が混在するヒューマンライジングで行っている。

生と死を愛しむ心と先人の知恵が子供たちを健やかに育てていた。


ときに陽明学を正しく理解しなければ、大塩平八郎の乱の如く民を不幸にする。大塩平八郎は陽明学徒であったが、その知識は浅く間違った知行合一と言えた。


知るとは、それを行うためのものであるが、そこには致良知がなければ人を不幸にする。陽明学は奥深く、全てを理解しなければ危険思想になりかねないのだ。日本で陽明学を正しく使いこなしたのは、山田方谷であると思われる』


翌朝、アキラは武志に「フィリピンをよく見てきなさい」と言って、見送った。「うん、行ってきます」と元気な声で手をふる武志。


アキラは大きなプロジェクトをほぼ終えようとしていた。

暫らくは一郎じいちゃんの傍に居ようと仕事の段取りを社員に指示し、

故郷ヒューマンライジングに滞在することにした。


 龍太は、次の演奏会が一週間後になっている5日後にはスイスに居なければならなかった。数日間ではあったが美波町の海や山など昔よく遊んだ思い出の地を巡りながら幼き頃を回想しているアキラと美玖と龍太。


龍太は美玖ちゃんに「まだ結婚はしないの」と唐突に聞いてしまった。

「だって、相手がいないだもん」恥じらいながら答える美玖。


龍太が淡い恋心を抱いた愛らしい美玖ちゃんは、芯のある毅然とした美しい女性になっていた。

海辺を歩いていた龍太は、いつしか幼き頃に淡い恋心を抱いたことを美玖ちゃんに告げていた。


少し頬を赤らめながら「私もよ」と、答える美玖。


夕日に照らされた龍太の顔は、徐々に赤く染まっていくのであった。


 そしてスイスへ向う日が来た。


ヒューマンライジングの皆が見送りに来て毎年、帰って顔を見せろよと誰かが言ったとき、龍太は みんなに報告がありますと大きな声で言った「僕は,美玖ちゃんと結婚します。」


 その手は美玖の手をしっかりと握りしめていた〔二人は赤い糸で結ばれていたのだった〕。


皆、理解するまで、シーンと静まり返ったが次の瞬間、拍手喝采が沸き起こる。

祝福の嵐のなかでマミーに別れの挨拶をしてスイスへと旅立った「海外の遠征が残っており日本に帰れるのは半年後になる結婚は帰国後にした」。

 

帰国後は日本を拠点としてロックやポップスとクラシックをクロスオーバーさせた新しいジャンルの創作活動を基本に海外への演奏は自分が目指す音楽のオファーだけにすることでマミーのもとに帰りヒューマンライジング・ファミリーの皆と暮らしていこうと決意していた。


スイス、イタリア、フランス、ドイツ、アメリカ、カナダなどの欧米諸国を巡り、全てのスケジュールを終えた龍太。


帰国の準備をしていたとき「ルルル、ルルル」美玖からの電話が鳴っている。

もしもし、と答えるが無言で返事をしない。

もう一度、もしもし、と言ったと同時に「龍ちゃん~」と、振り絞るような声「き、きく、菊ばあちゃんが今、たったいま亡くなったの」 


え、何がと聞き返すが話がのみこめない。

もう一度聞きなおしている龍太の瞼には,マミーの笑顔が浮かび上がっていた。


立っている足に力が入っているのか 入っていないのか 自分でもわからない美玖は龍太の傍から離れられない 力ない龍太を見守るアキラも傍にいる。


龍太は葬儀に参列し呆然と立っている 空は青々と澄みきっていた。

空を仰いでいる龍太 あの時と一緒だ と幼き頃の記憶が呼び起されてゆく


母と手をつないで歩いた 桜ちりしる林道

微かな母の面影と,マミーの笑顔が重なり合う中で

ヴァイオリンをそっと手に取り あの日の思い出の中に溶け込んでゆく


いまにも倒れそうな身体で 

マミーが大好きだったシンドラーのリストを奏でながら見送っている。


その音色は泣き,叫んでいた。


「マミー」と大声で叫ぶ龍太 その声は山々に木魂し皆をも涙にした。


そして一郎じいちゃんが

「咲く,を花と云わず 散る,を花と言う」漢詩で見送った。


ピンシャンコロリを呪文のように言っていたマミーは、それを実行した。

死が訪れる瞬間まで元気に子供たちに書を教えていた一瞬に訪れた出来事で あった。


 いく月日が過ぎ 龍太は美玖と結婚する日を迎えた。


結婚式場は、もちろんヒューマンライジングである。

海外の友人たちや音楽仲間が大勢、龍太の祝福に来ている。

ゆかりのある鈴木先生や村の人たちも龍太と美玖を祝いに集まっていた。


 そして世界で活躍する仲間たちの演奏「よろこびの歌~第九」メロディーは流れ、結婚の宴が始まった。


龍太の隣席にはマミーの満面の笑みの遺影が飾られ、テーブルにはマミーの肉ジャガも添えられていた。



FIN



この物語は、フィクションであり実在する人物、団体、施設、学校、地域、映像等とは一切、関係ありません。尚、you tube映像はイメージをお伝えするためのものです。


あとがき


老人ホームと児童福祉施設を併せ持った自給自足型複合施設ヒューマンライジングとは、両親との縁が薄く親の愛情を受けられない子供たちと老人たちのコミュニティーを育む施設であり,子供たちに命とは、死とは、生きるとは、を先人の知恵から人生観を学び、子供たちの個性に応じた生き方を見出し、高水準教育により特技を習得させ健全な精神を宿した人材を社会へ,と排出する施設がヒューマンライジングなのである。


ヒューマンライジングの母体となるコミクWEB等の概要を下記に記す。

コミクWEB〔コミュニュケーションクラブ〕は、特許〔6241037号〕を用いたプラットフォームである。


それは個人と地元企業が互いの利益を容易に創り得るコミュニュケーションがコアとなるビジネスモデルでムリ、ムダ、ムラを排除し、互いの利益だけが存在する取引手法によって資本主義から相互扶助資本主義〔共助社会〕へ、と人間主義ビジネスモデルが構築される。


一般社団法人ペンキや太郎とは、現在の請負構造である1次2次3次4次などの下請け構造を是正した請負システムで利益を社会に還元する循環型企業であり、物流等にも同様の機能を備えたプラットフォームがコミクWEBなのである。


 最後に日本経済の生産性による所得は均等割りで国民一人あたり年収800万円程度であると某テレビで経済評論家が言っていたが、年収800万円あれば、それなりに裕福に生活できるのではとも論じている。


しかし資本主義社会はピラミッド構造であるため、頂点にお金が収集され、貧富の格差がなくなることは無く、より格差が拡がるのではと危惧されていた。


一人の人間がその知力によって数百億や数千億の財を成すことは社会が平和である証なのかもしれないが、ゆえに貧困に陥った夢も希望も持てない人々、将来の未来像が描けない者たちがIS〔イスラム国〕に参加し、社会へ報復する事例は資本主義社会の歪みではないだろうか。

犯罪に手を染める者の多くのは、低所得者が少なくない現実がある。


イスラムの思想は、イスラム教の施し喜捨は1年以上保有する財産の2.5%を貧しき者へ与えよ。

イスラム教国家では7世紀頃から社会福祉を制度化したことにより、人間主義社会が構築されている。


そもそもお金〔貨幣・資産・財産〕とは、何かを考えなければならない。

お金の発祥は物々交換を簡易的にするために発明された説と、

農作などが収穫できるまでの借り入れを明確にするためなど諸説あり、

凡そ3千年前にお金なるものが誕生したといわれている。


お金〔貨幣〕の本質〔人々の暮らしをより良くするために発明された価値や役目〕であり、容易に流通できる特徴がある。食べ物なら腐るなどして期限が定められ消滅するがお金は腐らない。

逆に金利という形で増え続けるという面白い特徴がある。


貨幣経済の発達で何時しか貨幣が人類を実効支配する立場に成り代わり資本主義によって世界経済を牛耳るようになった。


そのため人々はお金〔資産〕を収集するために生きていると言っても過言ではない。

それは時間と物質的自由や権力等が得られる最強のツールだからである。

さらに資産として土地を所有するようになったのは、農耕民族が始まりといわれている。土地に執着することで領土の奪い合いが起こり、侵略する者と防御する者とで紛争が古今東西おこなわれるようになった。

狩猟民族時代は遊牧民のように土地を持たないから争いごとがない。


18世紀後半にイギリスで産業革命が起こりヨーロッパ各地に広がり様々な産業の発達を促し近代資本主義が成立して飛躍的に経済が発展することになった。


人々は豊かな生活を享受できるようになった反面、利己的な思想に陥り強者はより強者となって弱者からすべてを奪い取る弱肉強食の資本主義社会が形成された。

人々はお金の魔力に抗うことができず資産を増やし、財を成すことに傾倒し成功者を敬い、彼らから経験を学び尊敬の念を持ちながら成功者の道とへ連鎖するのである。


それは競争を強いられ良い学歴、良い就職、高収入を得るための出世など競争社会に人生の時間を費やし、支配階級の渦に飲み込まれながら資本主義社会〔椅子取りゲーム〕という舞台で勝者と敗者の決戦が世界中で繰り広がれている。

だが競争社会にすら参加できない人々は人間の尊厳すら奪われ彷徨っている。


資本主義社会とは強者が敗者からすべてを奪い取る社会システムであり、

弱者を慈しむ利他の精神を持ち合わせていない魔者〔ウイルス〕なのである。

その感染力は絶大で世界に蔓延し70億人の半数35億人以上を生活苦に貶めている。世界中の富の半分をたった8人で支配する異常な経済構造が資本主義社会であり、富を奪われた35億人ほどの人々がその日暮らしだと言われている。


お金〔貨幣〕という魔物を英知によって貨幣自身が自己を律する方法を確立しなければ、未来永劫人類は支配され続けるのではないだろうか。


資本主義社会では人々を支配する側と、支配される側とに分かれる。

この二極化された歪んだ格差〔デメリット〕を是正するには、貨幣に有効期限〔食品で言えば賞味期限〕を設けることで解決される。


お金の本質〔相互扶助〕に反する資産〔公共性を備えない資産〕においては、AIを用いたアルコリズム〔貨幣に共助機能を具備〕で規制し凍結することにより、貨幣自身が自己を律するのである。

そして有効期限〔賞味期限〕を過ぎ凍結された資産は国庫に入ることで解凍され復活する。復活した国民の資産は税の扱いではなく、相互扶助〔共助社会〕の使途になり国を豊かにする。


しかしながら現政治家や霞が関の役人では上手く運用することはできないだろう。それは中国の共同富裕のような独裁的な資源として利権の温床になることが容易に推測できる。

なぜならば超エリート階段を歩み名門大学を経ても彼らは良知を知らず,

ただただ無益な言葉遊びで国民と己をも惑わしながら組織論と立場論との釣り合せの中で忖度し蠢いており終始、餅をついたようなネチネチとした弁明と行動をしているからである。


昨今の安倍元総理[モリカケ・裏金]や統一教会など関わりのある政治家や役人たちの顔触れがよい見本といえる。彼らには良知が備わっておらず、金と権力〔利権〕に囚われし人々なのである。

これら明治政府〔長州政治〕由来の罪〔国を私物化〕は、157年の年月を経ても未だ受け継がれている。

「因みに初代総理大臣伊藤博文の年俸は現在の価値で4億円だった。」

世襲によって既得権益〔○○屋号商店〕を継承する国会議員が己を律することは程遠く日本を良い方向へ導くことはできない。


政治家とは切腹をも厭わない覚悟で民のために行動できる武士道精神が求められるが、権力という座布団に胡坐をかき「滑った、転んだ」と騒いでいる現政府は国賊に値すると言っても言い過ぎではないであろう。


現政府の国会議員〔政治家〕は政治屋〔○○屋号商店〕であり、国家権力〔偏った政策〕を行使してお客様〔桜の会やパティーの参加者等〕と商売をしているに過ぎない。

この様な私利私欲に走る者が国民の代表として政が行えるのだろうか、と疑念が残るのは私だけなのだろうか。


良知と利他を備えた武士道精神の政治家が出現しなければ経済〔30年〕の遅れを取り戻すことは難しいかと思われる。


石原慎太郎前都知事の功罪はあるものの[石原改革]のディーゼル車規制は日本の空気を綺麗にして、我々の生活環境を豊かにしたことは称賛に値する。

このように竹を割るが如く何のためらいも持たない剛腕の指導者〔政治家〕が必須である。



民は国の本、吏は民の雇い

「国家の基本は国民であり、役人は国民に雇われているだけである。」

国税を生活の糧としながらも国民の生活を豊かにする政が出来ない政治家や役人たちが、たとえ1万人束になったとしても石原慎太郎前都知事の偉業は成しえないだろう。


動物たちですら厳しい生存競争の中で助け合いながら生きているというのに我々は動物よりも低能で下等であることを示しているのではないだろうか。


人類は20万年前に誕生し、お金の概念がない凡そ3千年前までは動物同様に相互扶助の精神で共生し発展してきた。

しかしながら資本主義社会では人の欲望を満たすお金〔魔物〕に魂を支配され、心の眼を曇らせるのである。


本来のあるべき姿に立ち返る社会〔相互扶助資本主義社会〕が、勇者たちの誕生によって構築され、彼らを国民の誉とする称号〔特権〕を付与することにより民度が高まり成熟した日本〔国づくり〕を世界に発信できることを期待したい。


資本主義社会の矛盾〔デメリット〕をどのように制御しうるか、その致良知〔叡智〕によって人々が立ち上がることを待つ。


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