今夜月の見える館で(3)
「ねえねえ、あなたサーバントなの? どっかの英霊さん?」
臆することなく小花は男に話しかける。
「いやー、そう見えちゃった? それっぽく登場してみたのが上手くいったみたいで嬉しいよ。でも、実は使い魔でも何でもない、ごく普通の人間なんだ。期待させてごめんね。この人が儀式やってるっぽかったから、便乗して顕現しちゃった」
普通の人間だと? 空中から現れておいて? 普通の人間はそんな悪ノリ感覚で顕現したりしない。召喚だの儀式だのって、こいつ悪魔とか悪霊とかの類なんじゃねえのか。小花は普通の人間で納得してしまったみたいだが、ちょっと普通の人間のキャパが広すぎねえか。
「ふーん、そうなんだ……ということは、直さん、儀式やってたの?」
「何の!? やってねえよ。今どきは煙草吸うのが悪魔を呼び出す儀式なのかよ」
「かもねー、くしゃみひとつで出てくる魔王もいるしねー」
またしても昭和ネタで小花が返してくる。てか、ホントに煙草吸ったのが儀式じゃねえよな。
「え、マジで煙草吸ったから出てきたの、お前。だったら禁煙するから帰ってくれねえかな」
俺はできもしない禁煙を担保に男に帰宅を促したが、帰る様子はない。俺の出まかせが見破られたのではなく、どうやら煙草が儀式ではないようだった。
「さすがに煙草を儀式にするのは無理があるよ。この国だけで今日は五千万回は呼び出されたことになる」
そりゃそうだ。男は俺の問いを否定すると、足元の地面を指差した。
「それ、魔法陣だよね」
指先が示す辺りに目を凝らすが、どう見てもそこはウチの庭でしかない。小花の進学記念植樹の予定地だ。
「……どれ?」
「その地面の鉄格子と三色に分かれた大小のレンガが円形に並んでるやつ」
「……何で?」
「その真ん中が丸く開いた鉄格子は、喚び出した対象が魔獣や悪魔の類だった場合、召喚と同時にその首に嵌めて隷属の枷にするためのものだろう。手の込んだ仕掛けだ」
手が込んでるのはてめえの脳ミソの思考回路だ。
おい……と声を発したつもりだったが、どうにも力が入らず小声になって聞こえなかったのか、男は説明を続ける。
「解読には苦労したが、三色に分かれた大小のレンガは、QRコードを参考にしたアルゴリズムを用いて展開すると、数列『一八八九五一』と読みとれた。これに古代ポケベル式文字列変換法を適用すると『いち早く来い』を意味すると分かる。ふふ、そういうことだろう?」
どうゆうことだよ。正体見たり、みたいに薄笑い浮かべてんじゃねえ。
「違っげえーーよ! これは鉄格子じゃなくって木の根っこを保護するツリーサークルっていうの! 周りのレンガはただの舗装! 先に言ってやるが、ランタンは儀式のロウソク代わりじゃねえぞ、煙草吸うとき用の明かりでただのLEDだ!」
あまりのバカバカしさに、息せき切らすほど一気にまくし立てちまった。
「ええー、じゃあ僕の勘違い? 残念ながらスベったみたいだー」
男は俺のテンションに動じることもなく、手のひらで目を覆い、あちゃーとでも言いそうな仕草だ。
「だねー」と小花が和やかに同調する。
こんなのと息合わせるんじゃありません。和んでる場合じゃねえぞ、勘違いだろうが何だろうが、こいつは儀式をやってると思った場所に狙って空中に現れた。なんにせよこの世のものじゃあないってことだ。雰囲気に流されて、こいつが危険な存在かもしれないってのを忘れちゃダメだ。
「ちょっと待てお前ら。てめえがマグマ大使でもハクション大魔王でも何でもいい。一個だけ答えろ。お前、何しにここへ来た」
俺の問いに男は間髪入れず即答する。
「面白い話を創りに来た」
面白いとは何の比喩だ。悪魔がクックックと薄笑いするような面白いか。
「その話は、俺たちを殺しに来たとか、世界を絶望の渦に巻き込んでやるとかじゃねえのか」
こいつの気の抜けた感じからはそんなモンじゃないだろうとは思うんだが、訊かずにはいられなかった。小花や奈子に危害を加える気なら、何が何でも防がなきゃならねえ。
「うーん、その話はあんまり面白くなさそうだねえ。でも、話を創るのは僕じゃなくて別の……」
そこまで言って、男は喉に何かがつっかえたみたいに言葉も動きも静止した。震える右手を腹にあてがい、苦悶の表情を浮かべている。絞るような声で男はつぶやく。
「なんだ? 臍の辺りが……締め付けられるみたいだ」
「そ、それって! チャクラが開こうとしてるんだよ!」
小花がまたバカなこと言い出した。なんですぐあらぬ方向に話を逸らすかな。
「なるほど、力に目覚めようとしているのか……人の世に顕現して僅か数分、まだ体を上手くコントロールできないらしい」
「そこは第三のチャクラ、マニプーラ・チャクラだよ! 気をしっかり持って!」
また小花は俺に分らん話を……それ絶対マンガの知識だよな。お前らだけで盛り上がんのやめてくんねえかな。
「力に、力に呑まれてはいけないっっ!」
もー小花ノリノリだな。
「ありがとう。でも、抑えきれない。今にも爆発しそうだ」
な!? ここにきて爆発のハナシぶり返すのか。呑気に傍観してる場合じゃねえ、「逃げんぞ、小花!」と俺が叫ぶのに重ねて、それは断末魔か、大気を震わせるほどに轟いた。……こいつの腹の虫が。




