初夏の日(10)
「ご心配をおかけしました。すみれと小花も、すまねえな」
ペンを手に取り、組手をするように構えてノートと対峙する。
で、早速だが、何から書きゃいいんだ。ノートとの格闘は睨みあいの膠着状態だ。しかも一人相撲だし。
「ぐぬぬ……」
と言ったのは小花だ。俺の背後でささやくように言ったので、どうやら効果音を入れてくれたらしい。てか、俺そんな顔してんのか。
「ツッコミがない。蘭ちゃん、ホントにぐぬぬ状態なんだ」
と言われたことにすらツッコむ余裕がなかった。
「蘭が小花の振りに反応しないなんてよっぽどね。気が散るなら自分の部屋でやる方がいいんじゃない?」
すみれの言う通り、確かに全員に見守られてんのは緊張する。すみれの提案に乗ることにする。
「そーする……」
ぶら下げるようにペンとノートを握り、フラリと立ち上がる。
「蘭ちゃん、お部屋にこもっても無理じゃないかなー」小花が邪気のないダメ出しをする。「ヤル気だけじゃどうにもならないよね。私だったら無理だもん。技術がないからできないって言ってたけど、ソレはどーにもなってない」
百も承知だ。空気無視して正論かまされても結果は同じ「解決しない」だ。
「その通りだけどよ、最後に物を言うのは根性だ」
正論に根性論で歯向かうと会話にならない。分かってても言ってしまう。
「だったら根性は最後に取っておこうよ。最初から使うとガス欠するよ」根性論認めおった。そのうえで小花は打開策を切り出す。「わたし思うんだけどー、御伽ちゃんが手伝った方がいいよ」
「御伽は独りでやれって言ったろ」間髪入れず釘を刺すように言った。ダメなんだよ、それは。「それに、小花も気づいてんじゃねえのか? 勉強会って結構御伽の負担になってるぞ。俺、軽々しく頼んだのちょっと後悔してんだ。初めて取り組む連載執筆の傍ら、勉強会の準備も手間だろうし、普通に学生だから学校の勉強もやんなきゃだ」
小花にも思う節があるのか、反論してこない。自分が学校の勉強サボってるのが後ろめたいのかもしれんが。でもここで生まれた沈黙はほんの僅かで、御伽がそれを破った。
「蘭、そんな風に考えてくれてたんだ。でも私、楽しんでやってるし、蘭が思うほど負担じゃないよ。私自身の勉強でもあるし」
やせ我慢じゃねえのか。負担だろうと思う根拠もある。
「最近、連載の投稿時間が遅い。日付変わる前後だよな」
「よく見てるわね。ちょっとうれしい」
御伽は笑顔で答えるが、否定もしない。
「サークルで最初に作品を上げるのは御伽だ。俺はそれを邪魔したくねえ」
本心を言ったが、御伽は「え?」と顔を曇らせる。
「何言ってんのよ。今この状況、どう見ても一番手は蘭じゃない。忘れちゃったの? 蘭、先陣切るときは任せろって言ったわよ」
よく覚えてんな。確かに言ったけど。
「いや、それは喧嘩のハナシでだな……」
「関係ない! 言った。『先陣は任せろ。ただし、得意なことに限る』ってこと?」ヤな言い方するなあ。「さっきもやるぞって言った。私、間違ってた。一人でやれは無茶ぶりだった。やっぱり蘭を全力で応援する! 小花ちゃんの言う通り、私、蘭を手伝うよ」
「おい、待て。そしたら御伽の時間が……」
「無駄にならない! 閃きを手にした初心者がいかにして物語を書き上げるか、それをずっと横で見ていられるなんてこと、そうそうないわよ。この経験はきっと私の血肉になる」
「設定とか聞いちゃうと読者目線で評価できなくなるんだろ」
「そこは小花ちゃんとすみれさんに任せる。いいよね、二人とも」
「おっけーっす! お手伝いでは役に立てない自信があります!」手の甲が妙に反り返った敬礼で答える小花。
「同じく。役に立てない分、けちょんけちょんに校閲してあげるわ」マジで恐ろしいことを言うすみれ。
小花案に賛成多数だ。俺だって御伽が手を貸してくれるなら今すぐ縋りつきたい。助けての一言が言えないのは、つまんない意地か、チンケなプライドか、意味のない拘りが、全身を強張らせてるだけなんだろう。
「蘭、もう一丸の応援ムーブになってるの理解できてる? 御伽にここまで言わせておいて往生際が悪いわね。男が廃るわよ」
ライトにナチュラルにツッコミのしやすい、すみれの叱咤が、俺の口を緩ませた。
「うおい、訂正だ! 心も体も女の子だよ!」すんなりツッコミが出た。このまますみれの言葉を校閲してやるか、滅多にない機会だし。「すみれ、お前の言った慣用句も訂正してやる。俺は往生しねえ、だから今は往生際とは違う、今は年貢の納め時だ。御伽、滞納してきた言葉を出すぞ。……改めて頼む、御伽に俺の創作を手伝って欲しい」
ぱあっと、御伽の目と口と頬がほころぶ。熱い紅茶に角砂糖が溶けるみたいだった。その周りが、滲んで、揺らいで、甘やいでいく。
「もちろん! やるよーー!」
言うが早いか、御伽が俺に抱きついてきた。予想外過ぎる反応に面食らってると、横から小花が「わーい!」とタックルするみたいにしがみついてきて押し倒された。すみれはどうしたものかと、右から左から俺たちの様子を窺っていたが、小さくエイっと掛け声を発して、覆いかぶさるように抱きついた。
小花が楽しそうに足をバタつかせている陰で、「あなたはダメよ」と言わんばかりに、続けて参加しようとするいちウスをすみれが視線で制していた。抜け目がない。




