初夏の日(9)
「要は小説のネタになる話を思いついたってことよね?」
御伽が身を乗り出して食い気味に尋ねてくるが、その表情も口調も至って冷静だった。
「まあ、そうだな。話というよりは設定的なのがメインかな」
答えると、御伽は少し視線を外して何かを思案する。
「そうだ、アイデアが出たんなら、急いでメモしなきゃ」
御伽は立ち上がりながらそう言って、自室に消えてった。開きっぱなしのドアの奥からガサゴソと物色する音が聞こえる。直ぐに戻ってきた手には新品のノートとシャーペン。テーブルの上で俺に向けて最初の白いページを広げて、そこにペンを置いた。拍子木みたいに小気味のいい音がした。
「意外と直ぐ忘れちゃうのよ、そういう思いつきって。思いつく限り、設定とか筋を書き留めて。順番とか文章もめちゃくちゃでいいから」
と、言われても何をどう手を付けていいか分からねえ。戸惑っていると、さらに容赦ないことを言い出した。
「でね、私たちはそれを見ない。蘭、一人で書くのよ」
「マジか。まるで出来る気がしねえ」
門外漢を自認してるからか、俺の口からは躊躇わず弱音が出た。
「この物語は蘭のものよ。みんなで創るんじゃない、蘭が創るの」
突き放すような言葉だが、御伽にそんなつもりはないことは分かっている。グイと迫る顔がそう主張している。俺の戸惑いを察した御伽が続ける。
「具体的な問題を言うとね、これから先蘭が書いた話をみんなに読んでもらうとき、設定とか結末を知っていると楽しめない。それは読者目線で評価できないってこと」
言いたいことは分かる。納得のご意見だ。だが、どう考えても俺には独りでやり遂げる技術がない。
「御伽の言ってることは分かるけど、せっかく話のネタを閃いたけど、全く書ける気がしねえよ。だって御伽と勉強会始めてまだ二か月だよ? 書くための技術が全く身についてない。ほら、天は二物を与えずっていうじゃねえか」
俺が言い終えるのに重ねる様に、すみれが言葉を当ててきた。
「蘭、二物を与えずの使い方が間違っているわ。長所があれば短所もあって、何でもできる人間などいないという意味よ」
校閲の時、こんな感じで誤用を指摘してくれるので、すみれは大活躍するんだが、この時の言葉は少し尖って聞こえた。
「そういう意味で言ったんだけど」
「やらない言い訳に使うのが間違っているって言ってるのよ」
「やらないとは言ってねえだろ。能力がないからできないって言ってんだ」
「わーん、なんで喧嘩になってるのー」
小花がべそをかいてしまって会話が途切れる。てか、え、喧嘩になってるの、これ。俺的には口を荒げて本音トークしてるだけなんだけど。
すみれは目を瞑り、一つ息を長く吐く。ゆっくりと目を開き、落ち着いた様子で再び話し始めた。
「蘭、あなた今、二物を与えずと言ったけれど、つまり一つ目は与えられた自覚はあるのよね。話のネタが天啓のように閃いた」
「お、おう」
いつもの落ち着いた口調のすみれを前にして、俺の返事は頼りなく口から洩れた。
「その一つ目は私たちが望んで止まないものよ。それを手に入れたうえであなたは、二つ目をもらっていないと言っている」
すみれは終始視線を外さずに言う。睨みつけるでもないが、その目の奥に、芯に、刺すような力が込められているのがわかる。言葉の真意を計りかねている俺を見届けて、すみれは言葉を続けた。
「私たちはともかく、その一つ目を切望している御伽に向かって、二つ目も与えてもらわないと出来ないなんて、よく言えたものね」
ここまで言われて初めて気がついた。一つ目が与えられた、これは奇しくもいちウスの評価が正しかったと、俺が証明してしまったことになる。いちウスの評価、それは心に秘めた物語があることを俺と小花とすみれに見い出したことだ。それを理由にいちウスは俺たちをサークルに誘った。
そして御伽が寮に来た日、いちウスはサークルに誘う基準に満たないと御伽を断じた。今俺が証明したことは、同時に御伽が基準に満たないということも証明したことにならないか。済んだ話だが、聡い御伽なら思い起こして内心複雑な気持ちになってるかもしれない。
そんな俺が、二つ目、つまり書く能力をもらってないから書けないなんて言ったら、御伽はどう思う? 俺が吐いた言葉は「俺が書けるようになるまで、引き続き勉強会よろしく頼むぜ」と言ってるようにしか聞こえねえ。俺は「二物を与えず」と言っただけで、そこまでは言ってないが、御伽の身になって考えると、この解釈は十分に成り立つ。だとしたら、何てクソ生意気な言い草だ。たまたま持ってた才能に胡坐をかいてふんぞり返って、そのくせ何もしない。御伽の目に俺がそんな輩に映るのは嫌だ。
「御伽、やるぞ。今すぐやる」
「また急に考え込むから、何事かと心配になってきたところだったわ」
そんなに考え込んでた? 俺って端から見たら、殻にこもって考え込む悩める青少年みたいになってるんだろうか。




