初夏の日(8)
「蘭ちゃん、どしたの?」
小花が不思議そうに俺の顔を覗き込む。俺は目は開けているが、どこを見るでもない。ソファーに腰掛けながらも力が抜けてしまい、背もたれにボスンと体をあずけた。
その背中の感触が、寝ぼけてベッドから落っこちたみたいに錯覚した瞬間、俺は自分が機械の骸骨になって、違う世界に落とされたような気がしたんだ。
そうだ、これ、魔界転生だ。タイトルの印象から「こんな話かな?」って俺が勝手に想像した魔界転生のイメージだ。機械骸骨が魔界に転生する話。もちろん転生するのは俺じゃない、話の主人公だ。
いつだったか、いちウスが言った、俺の中にあるって触れ込みのドクロのイメージ。映画ターミネーターで見た機械仕掛けの骸骨のイメージ。俺が勝手に勘違いした魔界転生の物語のイメージ。それがごちゃまぜになって、一つの形を成していく。そんな世界が、とめどなく広がっていく。俺の頭ん中で。
小花の顔が心配の色を帯びていくのが分かったが、そっちに気を配れない。頭の中でイメージが物語のように展開されていく。「心配すんな」と言いたくて、なんとかかんとか目線だけを小花に向けたとき、小花の向こうで丸椅子に掛けていたいちウスが椅子ごと後ろに倒れて尻もちをついたのが見えた。
「驚いた。見えるはずないのに」
いちウスは目を丸くして言った。派手に椅子から落ちたいちウスに御伽が振り向く。
「な、何が見えたのよ」
御伽は何かを察したのか、異変の正体をいちウスに問いただす。
「今、蘭から、白いのが」
いちウスの曖昧な答えに、間髪入れず小花が訊き返す。
「パンチラ?」
この状況でも小花はボケをかましてくれたが、おかげでちょっと正気に戻ってきた。
「見える訳ねえだろ!今洗濯中で俺ノーパ……」
わりといつもの調子でツッコんで、口が滑った。
てか、小花の顔が一転、嬉しそーにニヤけてやがる。さっき見せた変態みたいなイヤラシイ目で。
「なになに~、ノーパ? ノーパがどーした、ン?」
寸前まで心配そうにしてたってのに、小躍りしそうな調子の乗りようで、どーしても俺にノーパンと言わせたいらしい。
「小花、今蘭のノーパンをあげつらっても仕方ないでしょ」
歯に何も着せずにすみれが諭す。それで軌道修正してくれんならいいけどよ。
「それで蘭、どうしたのよ。急にボーっとするから心配したじゃない」
すみれに言われ、もう一度さっきのことを思い返す。自分じゃ上手く話せそうにないと悟り、事の真相に気づいてそうないちウスに問いただす。
「いちウス、見えたってアレか」
アレとしか言葉が出てこねえ。小花に悪乗りしてくれと言ってるようなもんだ。早く答えろと催促する視線をいちウスに投げかける。
「そう。さっき蘭からIWMが溢れて、洪水みたいに押し寄せてきて吞まれちゃった。普段は意識しないと見えないんだけどねえ。それに物理的に押されることはないんだけど、いつぞや見た骸骨の形で迫ってくるもんだから、迫力に気圧されて椅子から落ちちゃったよ」
いちウスはあははと笑って軽く話したが、この話を聞いて、御伽は強張った目でいちウスを睨んだ。
「いちウス! あんた蘭に何か変なことしたんじゃないでしょうね。あんたの不思議科学はどうにも危なっかしいんだから!」
御伽がらしからぬ剣幕で詰め寄る。
「な、なにもしていないよ。蘭からも弁明してくれないかな。ターミネーターをきっかけに何かパニックを起こしたんだよね」
整理できない頭をなだめつつ、何とか言葉をひねり出す。
「話が、見えてきたんだ」
「一向に話が見えないわよっ」
たまらず御伽がツッコむ。
「いや、そういう意味じゃなくてだな。話ってのは俺が頭のストーリーのことで、それがブワーって見えたっつーか」
あーもう、要領を得ない感じだ。俺も説明下手クソだし。その中、いちウスが核心の口を切る。
「心に秘めた物語、だね」
そう、それだ。
御伽が真っ先に目を見開いて、いちウスと俺を順に見やる。これだけで御伽は理解したみたいで、多分もっとも単純な言葉でこの状況を尋ねてきた。
「閃いた……の?」
やっと話が通じた安堵感に小さく息をつき、心を落ち着かせて答える。
「多分そうなんだろうな。ホントにこんなのが俺の頭ン中にあったってのか」
多分という言葉を使ったのは、俺の自信のなさゆえか。閃いたからと言っても、それを小説にできるかどうかは別の話だ。
「厳密には、あったのではなくて、今思いついたんじゃないかな。ただ、その種子とでもいうべき素養が蘭の中にあった。何かのきっかけで殻を破って一気に芽吹いたのが今の状況ではないだろうか」
と言ういちウスの見立てで合ってる気がする。きっかけの一つは魔界転生のタイトルの印象で、もう一つはデデンデンデデンのターミネーターだ。
すみれと小花も口を挟まないところを見ると、理解してくれた感じだ。すみれはともかく、小花の表情は分かりやすい。目を見開いて口を小さく開けているから「おお、そ-だったのかー」とでも思ってそうだ。すみれは、微妙だな。表情が微動だにしないところから察するに、理解はしたが納得はしていないってとこか。




