初夏の日(5)
「じゃあ、ここからは勉強会ね」
この言葉を合図に御伽は先生モードに切り替わる。俺だけかもしれんが、場の空気がピリッと締まったのを感じる。御伽が「ここから」と言ったのは、さっきまで全員で神ラノ連載の次回原稿のチェック、いわゆる校閲をしていたからだ。校閲は勉強会前の脳みそのウォーミングアップにちょうどいい。
「それでは早速、ゴールデンウィーク前に出した宿題、ちゃんとやってきた人、手を挙げて!」
ホントに手え挙げんの? あんまピリッとしてねえな。すみれと小花の方をチラ見する。二人とも元気に手を挙げて、これまた元気に「はいっ!」と応えている。
慌てて俺も手を挙げる。ハイとは声に出さなかったが。
別に手なんか挙げさせなくても、約束したことはちゃんとやるっつーの。最近の御伽は先生ノリが板についてきたんじゃねえか。
「じゃあ、何を読んだのか発表してもらいましょう。まずはー、すみれさん」
「リゼロを読みました」
後から聞いたんだが、「Re:ゼロから始める異世界生活」という作品の略称だそうだ。
「異世界ものの代表作ですね。タイトルに異世界の文字が入ってるから異世界ものだと分かりやすい。読んだ感想もお願いできますか」
「死んだらやり直せるというだけで、こんなにも話が多様に展開できるのかと感心しました。あと、この話、転生ですか? 生まれ変わってはいないから、転生とは違う気がするのだけど、課題の趣旨と違っているのではと不安になっています」
すみれも俺と似たような心配してたのか。心配が全然表情に出てないが。
「はい、リゼロ面白いですよね。転生かどうかと言われたら厳密には違います。一度死んで異世界に行くことが転生の定義のようです。リゼロの主人公は異世界に行く際に死んでいないので、転移とか召喚が妥当だと思います。でも、異世界ものであることは間違いないです。転生に限定したつもりはなかったんだけど、私の説明が悪かったかな? 転生かどうかは気にしないで、『最近流行りの異世界に行く話はこんな感じ』くらいが理解できればOKと考えて、物語を楽しんでもらえたらいいと思います」
転生は拘らなくてよかったのか。俺が読んだのは転生はするんだけど、異世界に行かない転生だ。
小花が早く言いたそうにビシビシ手を挙げている。たまらず御伽が小花を指す。
「私は、はたらく魔王さまを読みましたっ!」
「小花ちゃんもメジャーなやつ選びましたね。で、感想は」
「魔王なのにすっごいヒーロー感があって、かっけーです! ほんとは最強の魔王のはずなのに、自由に力が使えないところがドキドキハラハラになってて手に汗握る展開と思いました! あと、魔王なのに真面目に働いて人の世に馴染んでいるギャップが萌えです!」
なるほど、強いけど弱点があるから面白くなるんだな。あと、小花は常日頃からお手々が湿っている。
「主人公が別の世界から私たちの住む世界に来る話なので、逆異世界みたいな感じですね。ちなみに割と自由に両世界を行き来するので、これも転生とは違うけど、異世界ものってことでいいと思います」
みんなちょっとずつ外れたのを読んでるみたいだけど、俺のはアウトだよなー。異世界行かないし。
「じゃあ次。なんかソワソワしてる蘭、何を読んだかなー?」
いよいよ俺の番だ。注射苦手な子が、前に並んでる子が終わったときみたいになってない?俺。ダセえよー。
「俺は、魔界転生読んだ。まだ全部読んでないけど」
「渋い。山田風太郎先生のやつ。私、だいたいの筋は知ってるけど、読んだことないです。して、感想は」
御伽は課題の確認というよりは正味感想が聞いてみたい様子で、前のめり気味で俺の答えを待っている。だが俺は感想じゃなくて、俺が一番気にしてる問題その一を吐露した。
「感想てか、この本でよかったのかな。だってさ、異世界行かないんだよ、この話。タイトルに転生が入ってるから読んだんだけど、『てんせい』じゃなくて『てんしょう』だった。しかもまさかの忍法だった。魔人みたいのに生まれ変わる忍法なんだよ。蘭タロもびっくりだよ」
「うーん、課題とはちょっと違うかもだけど、それを補って余りある作品じゃないかな。なのでアリです!」
割となんでもありなのね。御伽の期待に満ちた視線は俺を感想から逃がす気はないらしい。別に逃げる気もないが、どーしても言っておきたい、問題その二を白状する。
「感想の前に、やっぱこの本でよかったのかって思っちゃうんだよ。だってよ、その、なんだ……エ、エロいんだよ! 女子高生に読ませて大丈夫なの、あれ!」
最後まくし立てるように言った。俺ちょっと涙目になってるかも。結構頑張って読んだんだよ?
「私は読んだことないけど、R指定じゃない。と思う」
狼狽える俺をよそに至極冷静に御伽は答えた。図書館で借りたんだから俺もソレはないと思うけどさー。




