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神々のラノベ創造  作者: 一条アル彦


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初夏の日(4)

 肩で息をしながらトキワ寮の玄関を開けたのは三時の六分前。約束の時間にはギリ間に合ったぜ。やっぱ登りキツイし暑いとしんどい。それでも案外チャリより楽だと思ったのは、チャリの分だけウェイトが軽いからか。

 靴を脱いで(かまち)を上がって耳を澄ますと、続く廊下の奥、食堂の方で誰かの気配がする。多分奈子さんだろう、挨拶に顔を出す。

「こんちわーっす」

「おかえりーって、うわー汗だくね。水分と塩分を摂らなきゃ。ちょっと待ってなさい」

 ここには通いで来ているが、奈子さんはおかえりと俺を迎える。俺も言われたくて、寮に来たら先ず奈子さんを探すようになった。

 キッチンから出てきた奈子さんが、でかいグラスに入った麦茶と小皿に盛った塩こぶを俺に差し出した。塩こぶは二つまみくらいで、指で掻いてザラザラと口へ流し入れる。ただの塩こぶがやたらと旨い。飴みたいに舌で転がして咀嚼(そしゃく)もそこそこに、喉を鳴らして麦茶を一気飲みする。飲み終えて溜めていた息をはき出すと、ビール飲んだおっさんみたいと笑われた。

「小花もよく汗だくになってるから塩分摂りなさいって言ってるのよ。そしたらあの子、何食べたと思う」

「これ? 塩こぶっすか。違う、梅干しだ。それですごい面白い顔になった」

 臆面もなく酸っぱ顔を晒す小花を想像して笑みがこぼれる。無性に実物が見たくなってきた。

「ううん。漬物のぬか床」

「漬物じゃなくて、ぬか床の方? 結構斜め上っすね。でも塩分的にはダメとも思わねえスけど」

「うちのぬか漬け、そこの(かめ)なんだけど」

 そういって奈子さんは一抱えくらいあるタコ壺みたいな瓶を指さした。

「台所で物音がしたから覗いたらさ、小花が座り込んでこの瓶抱えてぬか床を舐めてたわけよ。台所のすみっこで電気も点けずに」

「ぎゃはは、妖怪だ。ホントに妖怪図鑑とかに載ってそう」

 何食わぬ顔で指を舐めている小花の姿が容易に想像できる。想像の中の小花は三頭身くらいにデフォルメされていて、シュールだが小花に似合いすぎで、いっそう笑える。

「あまりの妖しさにヒッて声出ちゃって。目が合ってしばらくして一言、しょっぱあって言ってたわ」

「あはは、腹痛てえ。それも図鑑に口癖として載ってそう」

 笑いながら時計を見ると、二分前だった。

「三時待ち合わせなんでそろそろ上行きます。塩こぶ旨かったっす。ごっとーさんでした」

「もういいの。おかわりあるわよ」

「白ご飯欲しくなっちゃうんで」

 次から炊いておくわと笑われたが、丁重にお断りした。

 急いで玄関に戻り階段を駆け上がると、小花の歌声が聞こえてくる。「みかんの花咲く丘」だ。そういえば寮の庭に、冬に成った実が付いたままのダイダイの木があった。花が咲くなら今時分(いまじぶん)か。まあ、今日も小花はご機嫌そうで何よりだ。一分前。

 階段を上り切って、勢いのまま廊下を駆け、リビングの前で急ブレーキ。開け放してある入り口に立ち、遅刻はしていない旨を高らかに宣言する。

「うおーギリ間に合ったあーーー」

 リビングスペースには既にメンバーが集まっていた。御伽がテーブルに本を広げ、すみれが一緒に覗き込んでいる。すみれは最近制服を着てこなくなった。今日は堂々と体形が分かるスキニーパンツで、なんかお姉さん感が頭一つ抜けている。小花は寝そべって何かを読んでるが多分漫画だろう。歌はワンコーラスで終わったようだ。2番を知らないとみた。壁際の本棚の前ではいちウスが本を並べ替えてる。なんか知らんがいちウスは右から左へ順に本を並べたがる。

 入り口に突っ立ったままでゆっくりと呼吸を整える。火照った体を(すす)ぐように背中から風が吹き抜ける。

「ここ立ってたら、めっちゃ風通って涼しー、動きたくねえー」

「蘭ちゃん遅刻じゃないなら廊下に立たなくてもいーよ」

 仰向けに寝返って小花が手招きしてくる。Aラインの生成(きな)りワンピースがガキっぽいが、ゴロゴロするから裾が捲れかかってる。いちウスも居んだから、もちっとお(しと)やかにしろ。と思っても、そんな保護者みたいなこと俺は言わねえ。小言(こごと)はすみれ姉さんに任せよう。

「蘭、汗だくじゃない。時間はいいからシャワー浴びてきなさいよ」

 保護者みたいなことをすみれに言われたのは俺の方だった。でもここはお言葉に甘えておこう。

「いいのか、すまねえな。速攻で行ってくるぜ」

 俺が片手で拝むと、小花が半開きの口と半目で空気を嗅ぐような仕草をしている。クンクンではなくフガフガだ。ハムスターみてえ。

「蘭ちゃん、酸っぱい乙女のニオイがするー」

 5メートルは離れてるぞ。なんで分かんだ、野性児め。「嗅ぐんじゃねえよ」と言い残し、逃げる様に急いでリビングから離れた。すみれの「そーゆーこと、言わないのっ」とたしなめる声が聞こえる。廊下で(えり)ぐりを引っ張ってシャツに鼻を差し込んだが、熱気が立ちのぼる以外何も感じなかった。

 トキワ寮の2階にはユニットのシャワーブースと、もう一つデカい湯舟の風呂場がある。シャワーを浴びるだけならユニットので十分なんだけど、風呂場の方が開放的で石張りの床がひんやりしてて俺好みなのでこっちに入る。洗濯機もあるし。

 脱衣場で脱いだ服をポイポイと洗濯機に放り込む。片足立ちで靴下を引き抜いて、手にしたそれを暫し眺める。……嗅ぐのはやめて洗濯機に沈めた。

 風呂場には湯舟の向こうに大きな窓があって、外の緑を眺めながら湯に浸かれるようになっている。贅沢で粋な造りだ。昼間だと窓から柔らかく光が(にじ)むから、明かりを点けない方が静かで涼し気で、この雰囲気がまたイイ。今日はあいつらを待たせているから風情を堪能(たんのう)するのは我慢して、カラスより速くちゃちゃっと汗だけ流した。

 サッパリして風呂場から出たのはいいが、そこで二つほど失態に気がついた。小花が酸っぱいとか言うから慌てちまったんだ。やむを得ず小花に救援要請のメッセージを飛ばす。

<すまん タオル持ってきてない 俺の部屋から取ってきて欲すい>

 一つ目の失態を告白すると、すぐに返信が来た。

ピコん♪<おけまる>

 さりげなく二つ目の失態を伝える。

<無論Pとか着替えも一式忘れてるのでヨロシク>

 ほんの十数秒で返信があった。入力が面倒なのか、通話の着信がきた。

「タオルあるけど、他はクソださTシャツと合気(あいき)の道着しかないよ」

「あーそういえば、この前入れ替えようと思って持って帰ったんだった」

「私のパンツでよければ用立てますが」

 いちウス居んだからパンツとか言うんじゃねえ。だからメッセにしたのに。

「気が引けるからいいや。あ、いや、小花のパンツが嫌だとか言ってるんじゃないよ。小花が嫌だろうなーって」

「いちウス居るんだからパンツとか言わない方がいいよー」

 お前が言うのか。てか、お前さえ言わなけりゃ聞かれることはなかった。クスクスと聞こえてるし、ワザとだな、こんにゃろめ。

「じゃあ、ジャージとロンパンだけ貸して。それとタオルとクソださTシャツもお願い」

「りょーかい。あ、そだ、ヒモいる? タオルとヒモがあったらね、簡易ふんどしが作れるんだよー」

「やらねえよっ!」

 電話の向こうでバカみてえに笑ってやがる。俺もゲラゲラ笑っちゃったけど。洗濯機も陽気にグルグル回っている。

~おまけ~

「いちウス、これ本棚に並べてくんねえか」

 俺がいちウスに頼んだのは段ボールにバラバラに入った、漫画ドラゴンボール全巻だ。

「おお、これはやりがいがありそうだ」

 ソワソワするいちウスが早速右から左へと並べ始める。

「む。」

 二巻目を置いたところで手が止まる。

「むむむ。」

 辛うじて三巻目を置くが、そこで完全停止する。

「うわーーー! 背表紙のイラストがつながらないーーー! 気持ち悪いよ、どうすればいい?」

「わはは、だから文字が縦書きの本は左から並べなきゃなんねえって言ってんだろ。どーよ、思い知ったか!」

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