きっと素晴らしい部屋になるんだ(11)
奈子さんの「さあ、召し上がれ」を徒競走の号砲みたいにして、全員がいただきますを唱えてカトラリーに手を伸ばす。いただきますっても、もう前菜食べちゃってるけど。
ナイフ、フォーク、スプーンとお箸がファミレスみたいに長細いかごに用意されていて、好きなので食べていいみたいだ。隣の小花ちゃんを見ると、いきなり箸でお肉をつかんで、そのまま口に運んでガブリといった。箸に残るお肉が日食みたいに欠けている。
そのままガツガツいくのかと思いきや、ゆっくりと最初の一口をモグモグと噛み続けている。あれか。昼間につまみ食いを自白した時に言ってた、お肉を食べてる実感を噛みしめるってやつだ。うっとりして「おいひぃ……」と目をトロけさせている。
小花ちゃんの食べっぷりを眺めている場合じゃない、私も食べよう。大人衆はナイフとフォークを手にしているし、さすがにかぶりつくのは抵抗があるから私もナイフとフォークを手に取った。堅苦しいマナーは気にしないとしても、ちょっと緊張しちゃう。大人衆をチラ見すると、いちウスの所作がやたらと綺麗なのが目に入った。もお、何というか、貴族かと。見入ってしまいそうになったけど、見惚れてると思われると癪なので、シンクロするように私もナイフとフォークをカチャカチャとやった。あ、カチャカチャ音させるのがダメなんだった。ま、いっか。
「僕タンシチュー食べるの初めてだよ。楽しみだ」
いちウスは心躍らせてフォークに刺したお肉を口に入れる。私も続けて口に放り込む。
こ、これは……なんという美味しさ!今こそ「噛みしめる」って感想の意味が理解できた。煮込んだお肉ってどんなにホロホロになっても繊維の感覚があるけど、牛タンにはそれがない。煮込んでもプリプリのお肉ってのもあるけど、それは脂身とかコラーゲンとかのプリプリで肉って感じはちょっと落ちる。牛タンは柔らかくても決してトロけず、肉が肉たる弾力を口の中で堪能できる。これを作った奈子さんもすごいが、料理という行為を発明したニンゲンに恐れ入った。すみれさんといちウスの料理もおいしかったし、ヒトとして生まれたからには料理をしないのは損だとも思える。
「奈子さん、これもうお店ですよ。だって私、美味しさで驚いたのって初めてです。私が貴族だったら絶対にシェフ呼んでもらってます」
「シェフ、一緒に食べてるけどね。喜んでもらえて嬉しいよ。一応言っとくけど、毎日こうはいかないからね。カレーの日も焼きそばの日もある」
そんなこと言っちゃって、すごいカレーとすごい焼きそばが出てくるはず。どんなのかなあ。
「いいですね! 夏野菜の素揚げをゴロゴロ乗っけたカレー、プリプリ海老の上海焼きそば、あー、どっちも待ち遠しい!」
多分、夢見る少女の顔になってるはず。
「手抜きの予防線を張ったはずなんだけど、容赦なくハードル上げてきたわね。御伽ちゃんは褒め上手というよりは策士だね」
「えー、そんなこと言わずに、私も手伝いますよお。さっきからもうずっと美味しいもの攻めで、私も料理覚えたくなりましたし。ね、小花ちゃん」
最後の呼びかけは「食べたいよね」という意味で同意を求めただけなんだけど、文脈からは「一緒に手伝おう」と聞こえただろう。その証拠に当の小花ちゃんは声には出さないでも「え?!」の顔になってる。策士とはいかないまでも、小花ちゃんを巻き込めば奈子さんはノってくると見た。
それに、奈子さんと小花ちゃんが一緒に台所に立つ姿って、きっと絵になるし何か尊いことが起こりそうな気がする。私も料理できるようになって、褒められて、奈子さんも楽できて、一石何鳥だこれ。
「悪くないね。二人を仕込んだら堂々と手抜きできるってわけだ」
奈子さんは悪代官っぽく私と小花ちゃんに目配せする。小花ちゃんは聞こえないふりでお肉を頬張っている。
どうやって小花ちゃんを料理道に誘おうかなと考えていたら、察しのいい伯父さんが助言をくれた。
「御伽ちゃんは人をその気にさせるのが上手いな。小花は呆れるくらい自由だから、こっちが何かやらせようと思っても、まあ、思い通りにいかない。でも興味を持ったらとことん突き詰める。変な方向に向いてることが多いけどな」
「シェフのパフォーマンスも、ああゆう方向に突き詰めた結果なのでしょうか」
「その通り、何のかんので手際よかったろ。道具の手入れも自分でやってるし。刃物研いでるときなんか集中して劇画調になってて、声かけるの躊躇うぞ」
劇画調て。スナイパーみたいな顔で研ぐのだろうか。
「あのエプロンも作ったのは奈子だが、どんな風にして欲しいか小花が自分で考えて注文してる。マイエプロンまで持ってるのに、なぜか料理だけはやりたがらない」
もう一度伯父さんんは小花ちゃんに視線を送る。それ以上問い詰めたりしない。
小花ちゃんはきっと料理に興味がないわけじゃない。頑ななほどに料理をしないのは何か訳があるんだろうか。
この話はもうおしまい。と、沈黙にそんな雰囲気が混じり始めた時、小花ちゃんは誰の方も見ないで答えた。観念したんじゃないよ気が変わったのと言いたげに、ボソリと、ポツリと。
「奈子さんの料理を一回でも多く食べたい」
そんな理由かー。食いしん坊なのか甘えたなのか。奈子さんは呆れ顔ではなく口を引き結んでいる。これはニンマリするのを堪えてるのだと見た。後者と受け取ったみたいだ。
……ホントにそうかな。どこか引っ掛かる。どこが? 一言一句、よーく考えよう。一回、一回でも多く……回数には限りがある? そりゃあ、保護者に食べさせてもらうのはいつまでも続くものじゃない。でも、もっと切実に、その回数が少ないのだとしたら。少ないことが逃れられない現実と知っているのだとしたら。
余命宣告。不治の病。ろくでもない言葉が、傘を叩く雨のように私の頭に降り注ぐ。和やかだった食卓の風景が、灰色で無音でスローモーションに見えた。
「御伽ちゃん? のど詰まらせたりしてないよな」
どんな酷い顔をしているのか、伯父さんが心配そうに訊いてくる。私はゆっくりと、はいと頷く。
「物書き目指してる子って妄想力が強いのか? 奈子、不治の病とか違うから」
へ? と声に出てたか分からないけど、多分そんな顔になった。「へ?」には「違うの?」と「伯父さん、察し良すぎ」の両方の意味がこもってる。
奈子さんと小花ちゃんは顔を見合わせたあと私に振り向き、「なんでそーなる?」と声を合わせた。
甚だしい勘違いに顔が赤くなって「いや、その」と口ごもっていると、いちウスが横から「なるほど……」と口をはさんできた。
「小花が一回でも多く食べたいと言ったのを、奈子さんが余命いくばくもなく、もう何度も食べられないと解釈したのか。言葉一つ、多様な解釈が成り立つものだな。この度は極端な誤解でしかなかったが、これが推理ドラマなら、誰も気づかない真実に主人公だけが気づくという、伏線として重要な場面となりうる。『貴様、いつから気づいてた?』『最初に、小花さんが一回でも多く、と、言ったときからですよ』みたいな。さすが御伽、それくらいのセンスがないと物書きは目指せない」
解説長かったけど、途中の小芝居のセリフが感情込めてるのに徹し切れてなくて、微妙に上手くて下手で面白かった。
誰からともなくクスクスと笑って、皆口々に「え、どこか面白かった?」「そんなこと考えてたの? 御伽ちゃん、やっぱすごいわ」「いちウス、お前ーもうちょっとセリフをよー」「ヨカッタ、ヨカッタ」と、とりとめもなく言い合って、いつの間にかこれぞ団らんの雰囲気に様変わりしていた。




