きっと素晴らしい部屋になるんだ(9)
もう一つのおつまみは知っている料理だ。スキレットから香り立つオリーブオイルとニンニク。
「これってアヒージョですよね。でも、この肉っぽい具材はなんだろう」
上から覗き込む。小さな肉片をスライスしたような。そういう野菜だと言われたらそんなふうにも見えるし。
「砂肝だよ」
伯父さんが正体を教えてくれたけど、なにかマニアックな響き。頭上のはてなマークは消えず私は首を傾げたけど、小花ちゃんは知ってるみたいだ。
「御伽ちゃん食べたことない? 焼き鳥屋さんじゃ定番だけど。でもアヒージョに入ってるのは初めてだなー」
「焼き鳥屋に行ったことがないよ。家族で外食といえば大体中華屋だったし」
お父さんが中華大好きだった。町中華から回るテーブルの店まで色々連れて行ってもらった。
「砂肝は鳥の砂嚢という器官で、肝と書くが胃の一つだ。砂肝、安くておいしいんだよ」
いちウスが得意げに語りだした。コストにまで言及してるし、料理人の察しがつく。
「もしかして、いちウスが作ったの?」
「お察しの通り。ささ、食べてみて」
いちウス料理もするのか。ますます馴染んでるなあ。
いちウスが取り分けてくれた砂肝を箸でつまむ。口に入れると先ずニンニクの香りが鼻を抜ける。多分本来の砂肝は脂身のない淡泊な味わいなんだろうけど、オリーブオイルに染み出した肉の味が塩気と一緒に舌にサラリとまとわりついて、コクのある味わいになっている。コリコリした歯ごたえと相まって、一切れ食べただけでも途切れないおいしさが口の中でずっと続いている。
と、心の中でちょっと頑張って表現してみた。だって、小花ちゃんは箸を運ぶのと「おいしっ」を交互に連発するだけで、コメントする余裕がなさそうなんだもん。
いちウス本人には飾らない言葉で賞賛を伝える。
「いちウス、これおいしいよ。料理の才能あるんじゃないの」
「褒められるのは嬉しいのだが、誰かが考えた手順に従って調理しただけだから才能とかじゃないよ。僕、手順書が曖昧だと作れないんだよね。レシピに『最後に味を調えます』とか書いてあったらお手上げだ。塩味しかしない料理になってしまう。その点、すみれは違う。『調えます』だけで最適解に到達する。だから才能とかの称号はすみれにこそふさわしい」
いちウスは謙遜の言葉を連ねるけど、事実を述べましたとばかりに表情を崩さず淡々と言う。確かに才能とは違うかもだけどさー、素直に受け止めろよお。
「うーん、それでも料理って結構たくさんのハードルを超えなきゃできないよ。作ろうって思って、レシピを読んで、買い物に行くでしょ。そしていよいよ切って計って混ぜて煮て焼いて、やっとこ出来上がる。私の場合、包丁に気後れしちゃうんだよね。いちウスはそんな諸々ハードルを乗り越えて、そして、誰かにおいしいと言わせた。コスパも考えてるし。才能の称号はなくても私はいちウスを褒め称えるよ」
褒めちぎってやったぜ。そう思うのはホントに包丁が苦手で、手数を重ねて料理する人は尊敬の対象だから。私の手数は湯を沸かす、注ぐ、の二手でターン終了しますので。
「いやー、御伽ちゃん、褒めんの上手いな。イッチも謙遜が過ぎると嫌味だぞ。どんな偉業だって誰かの偉業の延長線上にあるもんだ。そこに至る道のりだって偉業の一部だよ」
叔父さんに私の褒め上手を褒められてしまった。サラッと含蓄のあることも言ってるし。いちウスは悟ったように目を見開いていて、「ふむ、なるほど」とか思ってそう。
「じゃあ、そろそろ私の偉業も褒めてもらうとするか。今日のメインを出すよ。小花やるんでしょ、配膳手伝って」
真打登場とばかりに胸を張って奈子さんが立ち上がり、続いて小花ちゃんが「ラジャー!」と言って立ち上がる。私も手伝おうと椅子を引くと、奈子さんに「いいよ」と止められた。
「御伽ちゃんは座ってな。今日のは見た目も頑張ったからね、ばーんってテーブルに出すとこ見せたいのよ。だから今日手伝っていいのは、な・ぜ・か、見た目も味も既に知っている小花だけだ」
言葉が見つからない感じで小花ちゃんが「ラ、ラジャあー」と繰り返した。
「まーた、小花のやつ、つまみ食いバレたのか」
呆れるでもなく笑みを浮かべる伯父さんはどこか楽し気だった。更に小声で「俺もたまにやるんだけど、どお?」と付け加えた。
どおと言われても。つまみ食いの是非を問われているのか、それとも私にも共犯を促しているのか。つまみ食い、やっちゃダメだけど、やってみたくもある。単独で犯行に及ぶ根性はないから、小花ちゃんに唆されたらやることにしよう。とりあえずどっちつかずの愛想笑いだけ返しておいた。




