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神々のラノベ創造  作者: 一条アル彦


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31/57

きっと素晴らしい部屋になるんだ(8)

 遠くで私を呼ぶ声がする。

「御伽ちゃーん、晩ごはんだよー」

 まどろみの中、私は小花ちゃんの声をリビングのソファの上で聞いていた。


 寮を案内してもらった後、部屋に戻り独りになった私は「ひゃっほう」とか言いながらベッドにダイブした。ふかふかの布団に沈んでいくと、そのまま眠りの(ふち)に落ちていきそうになった。でも、この部屋での記念すべき初睡眠を、昼寝ごときで遂げてしまうのがもったいなく思えてきて、何とか布団から顔を引き離し、ごろごろと体を転がしてベッドから脱出した。

 睡魔に抗ったのにはもう一つ理由がある。夕食前にちょっと調べておきたいことがあった。スマホで調べてもいいんだけど、PCのセッティングもしておきたかったのと、リビングのもこもこソファが気になってたのもあって、ノートPCを部屋から持ち出してリビングに腰を据えた。夕食がナイフとフォークでカチャカチャやるやつだったら、私のお作法はちょっとばかし心許ない。調べものとはズバリ、テーブルマナーだ。訪問早々玄関で靴を脱ぎ散らかした汚点を、これでなんとか帳消しにしたいという、浅はかな目論見があった。

 ネットにあるテーブルマナー情報の半分はお店で店員さんがいるのが前提のものだった。まさかいちウスが、小花ちゃんに下男扱いされてたとはいえ、ウェイターを務めたりはしないだろうから、情報の半分は覚える必要はなさそうだ。残りの半分は頑張って覚えるほどのものではなく、結局はお淑やかに振る舞えば事足りそうだと思えた。そもそも、小花ちゃんと一緒にご飯食べて、(おごそ)かな雰囲気をキープできるとは思えない。

 調べものがあっさりと済んだので、その後は今日の出来事をひたすらメモに打ち込んだ。サークルの活動記録を書くにあたって、当然今日の出来事を書くことになるだろうから、忘れないうちに控えておきたかったからだ。同じ姿勢に疲れて背もたれに体を預けて大きく伸びをして、息を吐いて脱力した。

 それを最後に、私の記憶は途切れてしまった。小花ちゃんの声が聞こえるまで。


「ごーはーん-だぁーーー」

 声が一字ずつ大きくなって近づいてくる。それに合わせて、私の意識もだんだんと(うつつ)に戻ってくる。

 ひと際大きく聞こえた「よっ!」と同時に、ぱちりと目が開く。背もたれに仰向けに首を預けていた私の目の前に、天地逆向きの小花ちゃんの顔が飛び込んできた。

「寝てた?」

「うん。結構ぐっすりいってた」

 もこもこソファーには、ふかふか布団と同じ効能があるだろうから、これは当然の結果だろう。

 時計を見ると六時をとうに過ぎていた。外は薄暗く、夕焼けは見損ねちゃったみたい。

「今日は盛りだくさんで疲れちゃったよねー。でもー、晩ごはんも、モリモリだからねっ」

 「晩ごはん」と口にしたところから小花ちゃんの目が座っている。食事に対する意気込みがすごい。

 夕食のタンシチューは前評判を聞いているだけに期待が高まる。私も負けじと気合を入れる。勢いをつけてソファから立ち上がり、出陣の号令をかける。

「では、胃袋をたたき起こして。参りましょうか」

「おー、参ろう参ろう」

「参るぞ参るぞ。って、えーっと、この掛け合い聞き覚えあるね。なんだっけ」

 咄嗟に言ってしまったけど、原典が思い出せない。

「ん-とね、附子(ぶす)っていう狂言だ。学校でみんな揃ってビデオで観たからコロナ前だね。多分小五だったかなー」

 小花ちゃんが素早く言い当てる。

「そうそう、あおげーあおげーっていうやつ。バカバカしいコントのお手本みたいで面白かった」

「確かに漫才とかコントの原点って気がする。そっかー、面白いハナシの基本って学校で習ってたんだねー」

 小花ちゃんに言われて改めて気づく。学校の授業が伝えたかったのは読解や伝統だったのかもしれないけど、教材は古くから現代にまで語り継がれるほどの名作なのだ、そこには物語の基本であったり重要な要素なんかが含まれていて、こちらに学ぶ気があれば授業以上のものを身に付けることもできたはずだ。

 ありきたりのセリフがつい、口からこぼれた。

「もっとちゃんと授業を聞いておけばよかったなあ」

「耳が痛い……その話、奈子さんの前で言わないでね。お説教モードになりそうだもん」

 小花ちゃんの顔が一気に沈痛な表情に陥る。直ぐに「附子」を思い出したくらいだから、授業はちゃんと聞けてるんじゃないかな。でもまあ、楽しいお食事タイムに備えて余計なことは言わないでおこう。


 階段を降りて廊下を進むと漂う夕餉(ゆうげ)の香り。「デミソース!」と、いち早く反応した小花ちゃんはもう頬が緩んでいる。

 食堂に入ると、すでに大人衆の三人が泡立つグラス片手にご歓談中だ。伯父さん夫婦と団らんに溶け込んでいるいちウスの姿に、改めてトキワ寮の先住民なのだと認識する。

「よお、御伽ちゃん。先に一杯やってるぜ」

 伯父さんの口調が妙にゴキゲンになっている。昼間の落ち着いた雰囲気とは違っていて、蘭に似た感じの話し方だ。お酒が入っているからだろうけど、奈子さんといちウスは特段変化がないように見える。

 夕食(どき)は普段からこんな感じなのかなと、小花ちゃんの様子をうかがうと、三人が(つつ)くおつまみに釘付けになっている。すかさず、「私も食べるー」と小花ちゃんはテーブルに身を乗り出すも、即、その勢いは消沈する。

「げっ、人参」

 何でも食べそうに見えた小花ちゃんも苦手はあるみたいだ。実は私も決して好物ではないんだけど。

 人参はお刺身のつまみたいに細切りにされていて、少ししんなりしている。

「キャロットラペっていうの。おいしいわよ。すみれが昼間に作ってくれたの」

 奈子さんが料理人の名を明かすと、小花ちゃんは「じゃー、一口だけ」と目を瞑って一つまみ口に運んだ。途端、目を見開いて表情が華やぐ。

「おいしー! すみちゃん天才! 人参って野菜なのに甘いのと謎の風味が苦手なんだけどね、全っ然甘っちょろくない。ちょっぴり酸っぱいのが合わさってて、食べるドレッシングって感じだ!」

 また独特の表現が出たなあ。私もめっちゃ食べたくなった。小花ちゃんがもう一口と手を伸ばすと、奈子さんがその手をピシャリとやった。

「お皿に取って食べなさい! というか、席に座る!」

 たしなめられ、は~いと返事して、「御伽ちゃんもこっちこっち」と私を隣に呼び寄せた。もうこれ、テーブルマナーは皆無と考えていいよね。

 私もお皿に取って一口食べると、人参観が塗り替わった。おいしい。甘さも酸味も塩加減もどれも主張が控えめでサッパリと食べられる。子供が人生で初めて食べる人参、ザ・ファーストニンジンをこれにすれば、人類は無用な争いの種を一つ減らせるのではないかな。

 十分に味わって呑み込んだら、ふと、別の食べ方が閃いた。

「これ、パンに挟んだら良さそうだね」

「それイイ! 確かロールパンあったはずっ」

 私の提案に小花ちゃんは勢いよく席を立ちキッチンを目指すが、奈子さんに制止される。

「こらこら、夕食をサンドイッチで済ます気? 明日の朝ごはんにしてあげるから、落ち着きなさい。もう、なんでロールパンあるの知ってるの」

「日頃のチェックの賜物(たまもの)です! あ、つまみ食いはしてませんっ」

 奈子さんは額を左手で支え、これ以上返す言葉がないみたいだ。そして、私と小花ちゃんの視線は、第二おつまみへと移行する。

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