きっと素晴らしい部屋になるんだ(2)
なんてステキな部屋……これが私の部屋……。
案内された部屋を見渡して心の中でつぶやく。さっきからもう何度同じことをつぶやいただろう。心の中に留まらず声に出てたかもしれない。
年季の入ったフローリングとコテ目の分かる淡いクリーム色の塗り壁、縦に長い格子の窓は上げ下げして開くみたいだ。カーテンは長い組紐のタッセルで上半分を抱え上げるように弛ませて束ねてあって、これぞ洋館って感じ。
そしてとにかく広い。前に住んでた家にも自分の部屋はあったけど、とりあえず宿題ができて寝れるだけの部屋だった。いや、中高生の部屋なんてその程度が当たり前だろうし、一人部屋をもらえただけでも有難く思わなきゃならない。それは分かっている、分かっているからこそ、この部屋はただ広いだけでもう、私をうっとりさせてしまう。なんだこの気分、姫か。わらわは姫なのか。
広さは畳の枚数で表すのが常だけど、この部屋に限っては別のものの枚数で言った方が伝わる。それは窓。この部屋には四面に窓がある。窓なんて普通、部屋に一個しかない。南側の窓際にはツヤツヤの飴色に塗られた造りつけのカウンターが継ぎ目無くつながっていて、書き物をするもよし、ティーカップ片手に黄昏るもよし、花を飾るのもいいし、電子ピアノなんかも置けちゃいそうだ。弾けないんだけど。窓がある四面は東西南北ではなくて、四十五度に折れて連なる三面の壁が南側にあり、その右の西面の壁それぞれに二つか三つの窓がある。窓の外にはさっきバルコニーから見たのと同じ風景が広がっていて、ここは二階だけど、古城の尖塔のてっぺんの部屋にいるように思えてくる。なんだこの気分、姫か。わらわは囚われの姫か。
姫気分が盛り上がってしまい、私は意味不明な言葉を口走っていた。
「すっごい広い部屋だね、もうここに幽閉されたい!」
ステキ部屋に対して述べる感想じゃないだろう。私の頭の中だけで脈絡がつながった一言だったけど、小花ちゃんがそれに上手に合わせてきた。両手を小さく挙げ、指を全部鉤爪に曲げて襲い掛かるような素振り。
「じゃー私はー、このまま君を、攫ってしまいたい~!」
阿吽の呼吸では? 多分小花ちゃんはその背景にある物語を、つまりは私の妄想を察して、三代目の大泥棒が現れる場面まで進展させてしまった。だとしたら恐るべき妄想力。
「私は荷物を片付けたいよ……」
ごもっとも。奈子さんの嘆きに二人そろって「はーい」と返事した。
「小花は調子乗りだから、御伽ちゃんを抱えて高笑いしながら窓から飛び出しかねない。気を付けるんだよ」
そんなことを奈子さんに真顔で言われると怖い。それに気を付けて生活しなきゃならないのは心が休まらないなあ。先ほどとは違い、神妙に「はい」と返事した。
奈子さんは「いい部屋でしょ」と言いながら、部屋をグルっと一周してクローゼットやら引き出しを何箇所か開けて見せた。
「収納は最低限しかないけど、段ボールの量からしたら足りてるんじゃないかな。どこに何をしまうか先に考えてから荷ほどきすると片付けが速いよ」
促され、部屋の収納を確認する。窓際のカウンターにはところどころ薄い引き出しがついている。カウンター両端の下には大小三段の引き出しがあり、カウンターとはつながってないので自由に動かせるみたいだ。北面の壁はベッドとクローゼットで占められている。西面の窓と窓の間の壁にある本棚は、上二段が踏み台がないと届かなさそう。
「季節で入れ替える服とか、すぐに使わないようなものは屋根裏部屋に仕舞えるから、段ボールは捨てずに置いとくといいよ」
屋根裏! 無性に入りたくなる響きがある。ワクワクが顔に出ちゃったのか、気づいた小花ちゃんがそそと寄ってきて小声で私に耳打ちする。
「そこから屋根の上に出られるんだよ」
屋根の上! これはもう、朝ラッパを吹くしか。
「……危ないよ」
バレてる。奈子さんが半目でこっちを睨む。小花ちゃんは目をそらして口笛を吹く素振りで、絵に描いたようなしらばっくれぶりだ。
奈子さんに言われた通り、収納場所をざっと把握して、片付いた部屋をイメージする。次に段ボールを開いて中身を確認し、箱に収納場所を書いた付箋を貼りつける。付箋に書いたのは「クローゼット」「カウンター」「本棚」そして、「屋根裏」。
三人で手分けして段ボールを所定の収納場所に運び込む。先ずは手当たり次第に中身を出して放り込んでいくことにした。それでも小花ちゃんは見栄えを気に掛けながら飾るように本棚に並べていく。奈子さんは機能的に分類を考えつつカウンターの引き出しに整理してくれている感じだ。私はクローゼット担当、下着とかもあるし。
手分けしたからか段取りがよかったのか、片付けは三十分もかからなかった。ずっと屈んで作業していた奈子さんが立ち上がり、腰に手を当てて伸びをしながら言った。
「粗方終わった感じだね。屋根裏に持っていく箱はいち君に手伝ってもらうといいよ。階段がちょっと急だから、一人で運ぶと危ないからね」
「いちウスに頼まなくっても、私でもいけるよー、ほら」
小花ちゃんは軽々と段ボール箱を持ち上げて、片手で肩の上あたりに掲げてみせた。ウェイターがお盆を指先だけで支えて持つみたいにスタイリッシュに、ついでに左手の甲を腰に当てがい、つま先立ちの足を交差させて。箱の中はそこそこ入っているはずだけど空箱に見える。
「力持ちの小花ならできそうだけど、調子乗りの小花は危なっかしいんだよ。だからダメ」
奈子さんにたしなめられるも、小花ちゃんの引き際は早かった。
「ふーん、ま、いっか」
荷物を持ってなければいいんだよね、という、小花ちゃんが声にしなかったセリフが聞こえた気がした。
「部屋を使っているうちに屋根裏に仕舞いたいものも変わるだろうから、運び込みはまた今度でいいよ」
屋根裏探検は楽しみに取っておこう。でも、多分「下見しよう」とか言って小花ちゃんが誘ってくるだろうから、すぐにでも拝見できそうだ。




