その男いちウス(3)
ひとしきり怒った小花ちゃんはまたグスグスと泣き出している。いちウスは落ち着いた様子で私を見ながら、多分何かを言わんと口を少し開く。そのタイミングに先んじて、居住まいを正したすみれさんが私に頭を下げた。
「小花ちゃんの言う通りだわ。ごめんなさい」
「すまねえ。返す言葉が無え。思い返せば俺たちは失礼千万だ」
すみれさんは申し訳なさそうにうなだれ、蘭はテーブルに両手をついて深々と頭を下げている。
「いちウスよお、お前が始めたサークルだからルールはお前が決めりゃいい。けどよ、ルールの前にお前にゃ目指すところがあんだろ。そのためには御伽は必要だと思うぜ……」
伏したままの姿勢で話す蘭。それを遮り、いちウスが言葉をかぶせた。
「みんなちょっと待ってくれ、誤解があるよ。まず、僕も蘭と同じように思っている。そして悪かった。思えば確かに、御伽にとっては仲間外れにされたとしか受け取れないやり取りだった」
謝意を示すように胸元に手を当てるいちウス。さらに正しておきたいことがあるのか、首を横に振って話す。
「その点で僕は至らなかったが、誘わないとは言っていない」
そうだっけ?と言いたげに蘭が黙ったまますみれさんに振り向く。すみれさんもそう記憶にあるのか、蘭に目線を向けたままコクリと頷いた。確かに誘わないとは言ってなかった。
「御伽にはサークル勧誘の基準を適用するつもりはない。そりゃ、心に物語があるに越したことはないから確認はしたけど、あってもなくても御伽のことは最初から勧誘するつもりでいたんだ」
「なんだよーんじゃー最初っからそう言えよなー」
いちウスを責めるように言いつつも、間延びした声からは蘭の安堵が伝わってきた。
「僕は言ったつもりなのだが。ちなみに確認を促したのは蘭だったよ」
「うっ……そうだっけ」
再び蘭がすみれさんに振り向く。すみれさんも目を閉じて思い返している様子だが、記憶が定かでないのか口元を歪めて目を閉じたままだ。
私は「視る」という言葉が引っ掛かったからそうだったと覚えているけれど、私からは言いにくいし、もう蒸し返さずにうやむやになってもいい。誘ってもらえることも分かったし。
「僕も聞いていたけど、確かに蘭タロが『視てみろよ』って言ったねえ」
以外にも蒸し返したのは直吉伯父さんだった。蘭は止めを刺されたみたいに顔から力が抜けてしまっている。容赦なく伯父さんが続ける。
「そのあとイッチが『最初からそのつもりだ』と応じた。だから蘭タロを含めて皆は『視てみろよ』に対して『そのつもりだ』と応えたと受け取った。資格なるものを確認するつもりだと思ったわけだね。でもそのとき蘭タロは『サークルに入れようぜ』とも言っていた。イッチとしてはこれに対して『そのつもりだ』と言ったのだろう。だからさっきイッチは言ったつもりだと主張した」
そうそう、そんな会話だった。皆も一同にうなずいている。一言一句を正確に噛みしめると、そこで食い違いが起こっていたと分かる。伯父さんが口を挟まなかったのは注意深く会話に耳を傾けていたからなのか。人の話はよく聞きなさいと学校の先生は言っていたけど、今更ながら教訓として身に染みた思いがする。
「なるほど。『その』という指示語の解釈が人により異なることで、思い違いが生じたということか。物語の叙述でも思い違いという状況はしばしば見受けられるが、この身で体験できたのは感慨深い。いやー言語とは奥深いなあ」
いちウスは感じ入るポイントがちょっとズレている気がする。でも、伯父さんが分析してくれなかったら後味の悪い幕切れになっていたかもしれない。なにより誰にも悪気がないことが明らかになってよかった。
「とはいえ、早とちりの先陣を切ったのは俺だ。御伽には来て早々嫌な思いをさせちまったな。すまなかった」
蘭も調子が戻っているようでよかった。
「ううん。先陣も何もみんな揃って早とちりしただけだよ。気にしなくていいよ」
「そうか? ま、ケンカの先陣を切るときは俺に任せてくれ! そっちの方が得意だからよ」
やっぱり蘭はバトル漫画の世界に生きてるのか。私はほのぼの日常系の世界に生きます。
「蘭、物騒なこと言わないで。小花ちゃんも鼻かんで、最後にすることがあるでしょう。あなたといちさんで始めたサークルなんだから、きちんと締めなさい」
世話焼きに徹するすみれさんが小花ちゃん促したのはアレでしょうか。いよいよお誘いいただけるのでしょうか。まあ、誘ってもらえることはもう分かっちゃってるし、今更な感じもするんだけど。物語としては、これはなかなかの大団円じゃないか。
豪快に鼻をかみ、いつの間にか笑顔に戻った小花ちゃんがパンと手を叩いで仕切りなおす。
「それじゃあ、いちウス。ここは改めて」
「うん。そうだね」
いちウスが私に振り向き、小花ちゃんが椅子から立ち上がる。蘭とすみれさんも、うんうんとうなずいている。
お誘いを受けたら、大きな声で、笑顔で「はい」と返事しよう。ちょっと緊張しちゃう。
二人が声をそろえる。
「お蕎麦、いただきますかー!」
「この流れでそれかよ?!」
蘭のツッコミが冴える。今後ともツッコミの先陣はお任せしようと思った。




