トキワ寮の人々(2)
小花ちゃんは駆け寄ってどうぞと目の前の椅子を引いてくれた。私の手のカバンを奪うように取り上げ、「こっちに置いとくね!」とすぐ横の壁際にそれを置く。私が椅子にかけると、小花ちゃんは隣に座り、テーブルを囲むみんなにえへへと笑った。それを見て俺っ娘が茶化すように言う。
「小花、やけにテンションたけーな。そんなに同級生のハウスメイトがうれしーか」
「うん!だって、蘭ちゃんたちってご飯一緒に食べること少ないじゃん。晩御飯一緒に食べたの2回しか記憶にないよ」
「まあ、その点でいえば御伽は常駐だからな。騒がしい晩飯のひとコマが目に浮かぶぜ」
常駐?寮の晩ご飯ってみんなで揃って食べるものだと思ってたけど違うのかな。ハリーポッターの寮ではみんな揃って食べていた。でもクラブ活動とか塾とかでひとり遅くに食べることもあるのかもしれない。私はホカホカのご飯をみんなで一緒に食べたいなあ。
「ではでは改めまして、私は柚原小花。春から御伽ちゃんとおんなじ高校に通いまっす。みんなからはユズコハって呼ばれたりはしません!」
うん、呼ばん。めっちゃ呼びにくいし。ちょっと天然かな?それにしてもこの天然のかわゆさ、同い年には見えない。おめめがキラキラしてる満面の笑みで紹介してくれた。
「そうなんだ。私も改めまして、周防御伽です。じゃあ、一緒に登校しようね」
「うん。起きれたらね!」
起きれないんだ・・・力のない笑いが漏れた。
「次は俺だ。茜蘭ってんだ、よろしくな。こんなだけど男じゃねえぞ。俺のことは蘭でいいぜ。ここには週3くらいで通ってる」
「うん、よろしく・・・って、寮には住んでないの?」
「ああ、ここに来んのは部活みてえなもんだ。詳しい話はこっちの優等生が説明してくれるだろうよ」
蘭が指さしたのは、黒髪ロングのいかにもお嬢様然としたセーラー服美少女。私の通う高校とは違う制服だ。休日なのに制服なのは今日も学校に行ったのかな。生徒会とかやってそう。蘭の指名で彼女に注目が集まる。
「もう、蘭は面倒になったらすぐ私に振るんだから。御伽さん、初めまして、蔵会すみれです。歳は一つ上だけど仲良くしてほしいわ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ですわ調で話すのかと思いきや、お姉さまな物腰のすみれさんに思わず背筋が伸びて丁寧な口調になった。
「あ、俺も2年だけど、ガッコも違うしここではタメ口で頼むぜ。堅苦しいの苦手なんだよな」
なー小花、と言わんばかりに蘭と小花ちゃんが目線を合わせてニッと笑い合った。この二人は仲良さげなので同い年かと思ったけど、蘭は年上だったのか。でもご要望でもあるので蘭と呼ばせてもらおう。すみれさんは・・・すみれさんだね。
すみれさんがゆっくりと話を続ける。
「私も部屋はもらってるけどここに住んではいないの。週2回くらいでお邪魔しているわ」
「私は週7で住んでるんだよ!」
問題が解けた小学生のように、小花ちゃんが身を乗り出し手を挙げて主張する。
「ということは、蘭とすみれさんはここに通っているんですね」
「ええ、ここは寮だけどサークル活動のための部室でもあるの。漫画家が集まってそうな名前だけど、小説を書くサークルよ。サークルメンバーに選ばれると書斎として寮の一室が与えられるの。住み込みで生活してもいいし、集中したいときだけ来て籠ってもいいし、ほっこりするためだけに来てもいいのよ。通いっていうのはそういうこと」
小説というワードが出た瞬間、背もたれから体を引きはがすように前のめりになっていた。
「しょ、小説を書くサークルなんですか?」
そう言われたはずなのに、わざわざ確認している。そしてわざわざ言うつもりもなかったはずの、私の望みが口をついて溢れてきた。
「あの、私も書きたいと思ってるんです、小説」
「まあ、だったらこの寮はぴったりね」
すみれさんは合掌した手を小さくかしげて微笑んでいた。
霧の中をとぼとぼと歩んでいるように思えた家出娘の心は、ほんの一陣の風によって晴れ渡って、気が付けば新天地の陽光を浴びているような気分になっていた。求めていたものがここにあるかもしれない。望んだ未来にここでなら届くかもしれない。そう思えた。
お父さんが教えてくれた、日常ではまず使いことがないムツカシイ言葉がある。せっかくだから今使っておこう。
僥倖。正に僥倖。
「つーわけで、俺たちはここに通ってんだ。ふつーに実家住まいだ」
僥倖気分で忘れそうになった。なんで通いなのか訊いてたんだった。要は小説を書いたり、小花ちゃんとじゃれ合うためにここに来るんだ。でもさっきの話からは別の疑問が新たに湧いてくる。
「メンバーに選ばれると部屋がもらえる?・・・んですか」
すみれさんが私の疑問を受け取って答える。
「サークルには主宰者がいて、その方のご厚意です」
まさかと思いつつ、伯父さんに目を遣る。
「違うよ。すーちゃんと蘭タロには別にスポンサーがいる」
蘭タロて・・・忍者かな。おじさんの愛称センス独特だ。
「これでも俺たちはそいつに才能を見込まれてサークルに誘われたんだぜ。小花はもともとここに住んでたから部屋をもらったわけじゃねえが、小花も才能を認められたメンバーだ」
小花ちゃんが頭を搔くような仕草で照れ笑いしている。失礼ながらすみれさん以外は文学少女には見えないけど、3人はエリートなのか。
「すごいね・・・3人ともパトロンがいるんだ」
「お相撲でいうところのタニマチってやつだね!」
小花ちゃんから私の知らないワードが出てきた。さすが文学少女。
「なんでえ、タニマチって?小花はちょいちょい昭和ネタかましてくるから付いて行けねえときがあんだよな」
蘭も知らないのか。少し安心したけど、支援者がいるくらいの人たちに比べたら、私なんて趣味で小説を書いているレベルの人。いや、実際のところまだ書いてすらいない低レベル。こんなハイレベル環境の中で、よくも堂々と小説書きたいですなんて言ったものだ。今になって縮こまってしまう。
「その主宰者って誰なんですか」
一番ちゃんと答えてくれそうな、すみれさんの目を見て訊いた。
「いちウスって人よ。でも今は出かけているみたいでいないのよね。直吉さん、聞かれてます?」
変わった名前。外人さんかな。
「ああ、御伽ちゃんが来ることは伝えてあるし、お昼も食べるって言ってたからそろそろ帰ってくると思うよ」
「どこほっつき歩いてやがんだ。ヤツが帰ってこないとトキワ寮住人の自己紹介が終わらねえ」
「御伽ちゃん、覚悟した方がいいよお、ものすっごいイケメンだよ!」
小花ちゃんはサラッと言った。が、
「え。ここ女子寮だったんじゃ・・・」
すごく大事なことを訊いたはずだけど、かき消すように「ただいまー」と、玄関から声が響いた。どんなイケメンか知らないが、どこか気の抜けたような声でイケボとは少し違うと思う。




