007
ハンスたちのパーティーを脱退した俺は、何日か休養をもらってから、冒険者ギルドを訪れていた。
いくらか貯金はあるとはいえ、死ぬまで生活していくには心細い。補助魔法しか取り柄のない俺は、冒険者として稼ぐしかなかったからだ。
「あっ、エメリヒさん。やっと来ましたね」
受付テーブルまで行くと、受付嬢のリリーさんが対応してくれた。
彼女は俺が駆け出しの頃から、なにかと世話を焼いてくれる女性だ。美人だし、冒険者からの人気も高い。
俺たちがS級に昇格した時は、自分のことのように喜んでくれたな。もっとも、今の俺はパーティーに所属していないので、俺たちというのはおかしいが。
「久しぶりだな。とはいえ、一週間くらいしか経っていないが」
「今までエメリヒさんたちは、遠征に行ったりでもしなかったら、毎日ギルドに来てくれましたからね。一週間も顔を見せなかったら、なんだか違和感がありますよ」
おかしそうに笑うリリーさん。
「まあ、そうかもしれないな。あと、報告が遅れたが、俺はハンスたちのパーティーを脱退した」
「知っていますよ。ハンスさんから聞いていましたから」
ああ……そういや、パーティーから誰かが抜けたら、そのリーダーがギルドに申請する必要があったんだったな。
これはダンジョン内で足手まといを殺し、報酬金を独り占めする悪い冒険者が多発したからだ。
ハンスに面倒な手続きをやらせちまったな。会えば謝りたいが、しばらく彼には会いたくない。
「で……だ。依頼を受けたいと思っている。これなんか良いと思うが……」
と俺は一枚の依頼票を差し出す。
しかしリリーさんは首を横に振って。
「受け付けられません」
「なんでだ? 確かに、今の俺は一人だ。補助魔法しか取り柄のない俺が、単身で魔物と戦うのは無謀かもしれない。しかし俺の補助魔法は自分にもかけられる。この程度の魔物だったら、問題なくやれるはずだが……?」
「そういうことじゃないんです。ハンスさんから頼まれているんです。エメリヒさんが来ても軽率に依頼を発注しないように……って」
「はあ?」
ますます意味が分からない。
まさかハンスからの嫌がらせだろうか? 俺はもう仲間じゃない。だから妨害して、俺が冒険者としてやっていけないようにしよう……と。
しかし違和感が残る話だ。先日の一件では冷たい態度は見せたものの、ハンスはそういう陰湿なヤツではない。というより、出来ないと言っても過言ではない。幼馴染で付き合いも長いんだし、彼のことは分かっているつもりだ。
「だったら、どうすればいい。このままじゃ、生活出来なくなる。なにせ、補助魔法しかまともに使えないんだ。そう、俺に合った依頼が見つかるとは思えない」
「はあ……そういう認識なんですね。ハンスさんが予想していた通りです」
「ハンスが予想? なにがだ」
「こっちの話です」
そう言って、リリーさんはキリッと真面目な顔をする。
「代わりに……エメリヒさんには受けて欲しい依頼があるんです。ある新人冒険者の教育です」
「俺が……他人になにかを教える?」
「はい。エメリヒさんはハンスさんのパーティーを抜けましたが、冒険者としての腕は確かです。今まで、難しい依頼もたくさんこなしてきました。その経験を活かして、新人冒険者を導いて欲しい……って」
なるほど。
俺が他人になにかを教えられるものとも思えないが、リリーさんの意見は的を射ている。補助魔法以外に、俺が経験豊富というのはあながち間違いじゃないからだ。
「まあ……それしか依頼を受けられないっていうなら、やってもいい。新人冒険者ってのは、どういうヤツだ?」
「最近、田舎からやってきた女の子です。才能はあるものの、いまいち能力を活かしきれていません。どこかのパーティーに入る前に、まずはエメリヒさんから大切なことを学んで欲しいと思いまして」
どこかで聞いたことのある話だ。
田舎から俺と共に街に出てきたハンス。才能に満ちあふれながらも、活かし切ることが出来なかったブライアンとアーダ。三人の顔が思い浮かんだ。
「……分かった。まあ、新人冒険者くらいなら俺でも教えられるさ。それでその子はどこに……」
「エメリヒさん!」
俺が問いを紡ごうとするよりも早く、ギルドの入り口から女の子の声が聞こえた。
俺はそちらを振り向く。
彼女は赤髪の元気そうな子だった。少し緊張しているような感じはあるが、瞳には希望を宿している。幼い頃のハンスの姿と重ね合わせた。
そして彼女は、昔の彼と同じことを言った。
「私、魔王を倒したいんです! 協力してくれますか?」
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