表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

006

 劣等感。

 自分の矮小さを確定させる言葉。こんなみじな気持ちを、先ほどの彼も感じていたのだろうか?


「ここまで説明したら分かるだろ? 本当の天才はエメリヒなんだ」


 僕はただの器用貧乏だった。

 剣も魔法も高いレベルで安定しているが、だからといってそこから先には踏み込めない。

 僕一人だけなら、歴史に名を残す冒険者になれなかっただろう。魔王なんて、もってのほかだ。

 なのに僕たちがS級パーティーになれたのは、エメリヒのおかげだ。エメリヒが僕を偽りの天才にしてくれた。周りのみんなも騙されている。


 しかし本物の目は騙せない。S級パーティーになって、国王陛下に謁見する時も、近衛騎士の人たちが注目していたのはエメリヒだ。

 国内でも選りすぐりの実力者である彼らは、すぐに本物を見抜いた。このパーティーの肝はエメリヒだと。

 そんなエメリヒに、いつしか僕は嫉妬していた。ファンクラブなんて出来ようが、本物に認めなければ意味がない。だが、僕一人の力ではどれだけ努力しても、本物の天才には追いつけなかった。


「実はね……王都に行った時、高ランクの冒険者パーティーに言われたんだよ。『エメリヒをうちのパーティーに移籍させてくれ。金ならはずむ』って。当然断ったんだけどね」

「当然ね。エメリヒがいなくなったら、わたしたちのパーティーは終わりだわ」

「だけど今思えば、僕は間違った選択肢をしていた。エメリヒを持っていかれたくないという一心で、彼にはこのことを隠していたんだ。そんなことを言ってしまえば、エメリヒが僕たちを見捨て、別のところに行ってしまうかもしれない。僕はそのことをなによりも恐れた」

「…………」


 ブライアンはなにも言葉を返さない。アーダも同様の反応であった。

 僕はエメリヒに酷いことをした。しかし二人はそれを弾劾しない。二人だって、エメリヒを他のパーティーに持っていかれることが耐えられないからだ。


「僕はエメリヒになりたかった」


 僕は体を椅子の背もたれに預けて、こう続ける。


「エメリヒは劣等感を抱いていたようだが、それは僕も同じだった。彼の隣にいたら、自分の才能のなさに気付いてしまうから」

「だからエメリヒの脱退を認めた……ってわけか?」


 ブライアンの声が怒気を帯びる。僕が独りよがりの判断を下したと思っているからだ。そしてそれは、あながち間違っていない。

 だが、僕は首を横に振る。


「それもある……でもどちらかというと、罪滅ぼしに近いかな」

「罪滅ぼし?」

「ああ。エメリヒは僕たちのような凡人を、天才にまで押し上げてくれた。ならば思うんだ。エメリヒにふさわしい場所は、もっと他にあるんじゃないか……って」


 ハッとした表情になる二人。


 エメリヒの補助魔法は超一流だ。彼のおかげで、僕たちはここまで戦い抜くことが出来た。

 ならばエメリヒが最初から、強いパーティーにいたなら?

 一を十倍にしたら十。それが僕たちだ。だが、補助魔法をかけなくても百の素材に、エメリヒが巡り合ったら? 百の素材は千となり、魔王を討ち倒すための術となるだろう。


「なるほど……な。つまり弱い俺たちは見捨てられたってわけか」

「エメリヒはそんなこと思ってないだろうけどね」


 ここまで話して、ブライアンとアーダも諦めの溜め息を吐く。


「でも……確かに、エメリヒの力をもっと活かせる場所があるかもしれないわね」

「そうだろ? まあエメリヒにそのことを言っても信じてもらえないし、彼の脱退は僕だって思うところがある。これくらいの意地悪は許して欲しい」


 と重苦しい雰囲気を変えるように、笑ってみる。二人は笑わなかった。


「……とはいえ、エメリヒに罪滅ぼしがしたいと思う気持ちは本当だ。いずれ、こうなることもなんとなく予想出来ていた。だから僕はそのために動いていた」

「さすが幼馴染だな。俺とアーダが気付かなかったエメリヒの劣等感も、お前にはお見通しってわけか」

「大したことないさ。実際、エメリヒの心の闇を払うことは出来なかったからね」


 エメリヒにはもっとふさわしい場所がある。

 しかし彼は規格外の補助魔法使いでありながら──いや、世の天才がそうであることが多いのか──いまいち、世渡りが下手なところがある。それもあって、本物以外はエメリヒの才能に気付けなかった。

 だからエメリヒがどれだけ優れていようが、ふさわしい場所を見つけられるとは限らない。なんなら、騙される可能性の方が高い。

 僕は信頼の置ける受付嬢に「この先、もしかしたらエメリヒがパーティーから抜けてしまうかもしれない」と伝えていた。彼女は最初驚いていたが、僕の言っていることを冗談だと思わず、耳を傾けてくれた。


 そして僕は彼女に頼んだ。


『その時、もし彼がまだ冒険者を続けようとしているなら……良い人を紹介してやってほしい。出来れば、才能が開花する前の天才とかだったら、なおさらいいね』


 僕の抽象的な頼みを聞いて、彼女は神妙に頷いていた。


「とはいえ、僕はまだエメリヒのことを諦めていない」


 僕は真剣な声音で、話をこう続ける。


「僕自身の劣等感にけりをつけ、エメリヒと並び立てるような男になったら……彼を勧誘してみるつもりさ。『もう一度、僕たちと一緒にやらないか』……って」

「ふっ、そんなこと言っても断られるだけだと思うがな。今更もう遅い! って」

「だけどハンスらしい顔になったわね。やっぱり、ハンスは常に前向きじゃないとハンスじゃないわ」


 二人の表情も少し柔らかくなった。


 しかし……本当にそんな日が来るだろうか?

 今までエメリヒの補助魔法に甘えず、必死に努力し続けてきたんだ。ブライアンとアーダも同じだ。

 それでも彼の足元にも及ばなかった。魔王を倒すより難易度が高いとすら感じた。


「エメリヒ……君には僕たちの気持ちは分からないだろうね。本物の天才の君には」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ