005
場には重々しい空気が流れていた。
ブライアンとアーダも、思い当たるところがあったんだろう。
「確かに……ヤツはすごかった」
ブライアンは悔しさを堪えるように拳をぎゅっと握り、震えた声でこう続けた。
「最初にエメリヒを見た時、度肝を抜かれたよ。こんな補助魔法使いが世の中にはいるのか……って。今まで、俺は自分が最強だと思っていた。だが、エメリヒを見て、全てが変わった。仲間と戦うって、こんなに良いもんなのかよ……って」
あの時、エメリヒが二人だけのパーティーに限界を感じていたように、ブライアンも壁にぶち当たっていた。
ブライアンは優秀な剣士だ。しかしそれは他と比べればというだけで、王都の優れた剣士相手では、凡百な男の一人に成り下がるだろう。つまり彼も井の中の蛙だったのだ。
「わたしもそうだったわ。エメリヒに衝撃を覚えた。彼一人いるだけで、今までの戦い方がガラリと変わっていたわ。いつの間にか、わたしはエメリヒをカバーするように動き、彼がいかに補助魔法を使えるかを考えていた」
アーダも一緒だ。
彼女の超威力の魔法を活かすためには、詠唱速度の短縮は必須だ。エメリヒの補助魔法によって、彼女の詠唱速度は十分の一に短くなった。本来、補助魔法をかけたとしても、せいぜい十%程度の短縮にしかならない。どれだけ優れた補助魔法使いでも、半分が限界だろう。エメリヒは、全ての補助魔法使いを過去のものにした。
「そういや、今日のベヒモス戦最後の方、体が重くなかったか?」
「あっ、わたしも思ってたわ。まるで水の中を泳いでいるかのようだった。まさか……エメリヒの補助魔法が切れたのかしら?」
「はあ? そんなことは今まで一度もなかっただろう。エメリヒが戦うのをやめない限りは、有り得ない」
「そうね。なんにせよ、あとはベヒモスにトドメを刺すだけだったから、戦いには支障はなかったけど……」
ブライアンとアーダが言っていることは、僕も感じていた。
普通、補助魔法は十秒程度しか持たない。
しかしエメリヒの補助魔法の継続時間は尋常ではなく、一時間でも二時間でも平気で保っていたのだ。
もしかしたらエメリヒは戦いの途中、わざと補助魔法をかけずにいた。それでも僕たちは変わらず戦っているのを眺めて、自分が不必要だと勘違いしたのかもしれない。
バカな話だ。
エメリヒの補助魔法がすごすぎたせいで、最後の最後まで魔法が切れなかっただけなのに……。
「とにかく、エメリヒを連れ戻さないっと。きっとちゃんと説明すれば、彼だって分かってくれるはずよ」
「そう簡単に意見を曲げると思うか……? ハンスも言ってた通り、エメリヒは頑固だぞ」
「だ、だけど……!」
「アーダはエメリヒのことが好きだったもんね。告白しないうちに、僕らの前から姿を消すってのは耐えられないんだろう」
「わ、わわわわたしが、エメリヒのことが好き!?」
僕が指摘すると、アーダは顔を真っ赤にして見る見るうちに慌て出した。
「な、なに言ってんのよ! わたしが男嫌いってのは、分かってるでしょ!? わたしにこ、こここ恋なんてのは無縁で……」
「なんだ。お前、バレてないと思ってたのか? 俺とハンスはとっくに気付いてたぞ。ほんと、お前はうぶだな」
「うっさいわね!」
アーダがブライアンの肩をポコポコと叩く。それを眺めて、僕は苦笑した。
彼女のエメリヒを見る視線が、別種のものであることには気付いていた。彼女は不器用でエメリヒに辛い態度を取っていたが……あれも好きの裏返しなんだろう。さっきだって、エメリヒに突き放されて泣きそうになっていた。鈍感な二人はいずれ結婚するんだろうなあ、と僕とブライアンは暖かく見守っていた。
「まあ、アーダの失恋はこの際置いておいて……」
「し、失恋ってなによ!?」
「やっぱり、納得出来ないな。ハンスはそれだけ、エメリヒのことを評価していたんだ。それなのに、どうしてさっきはあっさりと脱退を認めた?」
そうだ。
そのことについて、まだ説明していない。
今まで二人に語ったのは、いわばエメリヒのすごさを讃えていただけ。僕の恥部には、まだ踏み込んでいない。
「それはね。僕も彼に劣等感を抱いていたからだよ」