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004

「ねえ、ハンス! どうしてエメリヒの脱退を認めたのよ!?」

「そうだぜ。お前らしくない!」


 エメリヒがその場からいなくなった後、変わらずブライアンとアーダは僕──ハンスを責め続けていた。

 だけど彼らの気持ちも分かる。それほど、エメリヒの存在はパーティーにとって欠かせないものになっていたからだ。 


「本人が脱退したいって言っているんだ。止めることなんて出来ないだろう?」

「そりゃ、本人が言ってることだし、戦う意思がない人がパーティーに必要ないっていうのも事実。だけどそうも言ってられないくらい、エメリヒの存在はパーティーにとって大きくなっていたわ」

「それともお前、もしかしてエメリヒが必要ないって思っていたのかよ? だからあんなにあっさりと……」

「必要ない? そんなこと思っていないさ」


 と僕は肩をすくめた。


「そうだね……君たちにも説明しておく必要がある。僕が抱いている感情をね」

「感情?」


 ブライアンが訳の分からなそうな顔をしている。

 当然だ。僕が今からなにを言い出すのか予想出来ないんだろう。

 体が震える。さっきのエメリヒも、今の僕と同じような感情を抱いていたのか? だったら、やっぱり彼はすごい。これは自分の弱さと向き合い、仲間にさらけ出すような行為だからだ。


 僕は深呼吸を一つしてから、ゆっくりと語り始める。


「彼は間違いなく、最強の補助魔法使いだった」


-----


 僕は天才じゃなかった。


 村の人たちは僕のことを天才だと持て囃していたけど……反面、僕はずっと焦りを感じていた。

 きっかけは、たまたま会った王都の騎士。村の近辺に現れた危険な魔物を狩るために村を訪れたのだが、僕はそこで彼の戦いっぷりを見る機会があった。

 その時に分かってしまったのだ。

 所詮、僕は井の中の蛙。このままでは魔王を倒すどころか、B級冒険者に上がることも困難だろう。もちろん、B級冒険者になれば生活に困ることはなくなる。しかしちょっと優れた冒険者のまま、誰からも注目されることなく人生を終える。

 絶望した。自分の限界が分かってしまったからだ。


 しかし僕には希望があった。

 幼馴染のエメリヒの存在だ。

 エメリヒは補助魔法以外、特筆すべき能力がなかった。剣でも魔法でも、エメリヒと戦えば僕は百回中百回勝てるだろう。


 だが、エメリヒには規格外の補助魔法があった。

 自分や他人の力を、何十倍にも底上げする魔法。長時間継続しても、息切れしない魔力量。どれを取っても超一流。補助魔法という一点では、僕は生涯エメリヒには勝てない。いや……もしかしたらこの世界の誰も、彼には到底及ばないかもしれない。

 エメリヒが「十六歳で村を出よう」と言った時、僕は怖かった。大きな街に行けば、自ずと周囲の魔物も強くなる。それなのに僕みたいな平凡な男が冒険者になったところで、すぐに魔物に殺されてしまうんじゃないか……って。

 それでも最終的にエメリヒの意見に乗ったのは、彼がいてくれたからだ。


 エメリヒがいたら、大丈夫かもしれない。


 そして僕の予想は当たった。

 エメリヒの補助魔法のおかげで、僕たち二人のパーティーは驚異的な速度でランクを上げていった。

 誰もが僕のことを持て囃す。そのせいでエメリヒに注目がいかない。その度に僕は「本当にすごいのはエメリヒだ」と言っていたが、謙虚だと捉えられて本気にされなかった。昔に比べたら補助魔法も見直されてきたが、まだまだ侮られる傾向にあったからだ。

 いつしか僕は周りを説き伏せることを諦めた。分かってくれる人なら分かってくれると思ったからだ。エメリヒのすごさを……。


 パーティーに新人員を加えることを決めたのもエメリヒだ。

 僕は当時の現状に満足していた。エメリヒと戦っていたら楽しかったし、誰にも負ける気はしなかった。

 しかし彼はさらに先を見ていたのだ。魔王を倒すためには二人じゃ無理だ……って。僕は冒険者稼業に必死で、いつか魔王を倒すという夢を忘れていた。だが、エメリヒはずっと夢を抱き続けていたのだ。この時にも自分の器の小ささに辟易としたものだ。


 人員が増えることによって、エメリヒの負担が大きくなるのではないか?

 そう思っていたこともあったが、杞憂だった。


 剣士のブライアンと魔法使いのアーダが入っても、彼の補助魔法の腕が鈍ることはなかった。それどころか、さらに冴え渡っていったと言っても過言ではないだろう。

 補助魔法をかけるだけではなく、彼は常に周りを見ていた。今、誰に補助魔法をかけるのが効果的か。どうすれば、楽に敵を倒すことが出来るか。エメリヒには全て見えているようだった。

 ブライアンとアーダも癖が強い人物で、自分が最強だと思っていた。しかし僕の戦い方を見ても眉一つ動かさなかった二人が、エメリヒを知ったら目の色を変えたのだ。


『こいつは天才だ』


 ……って。

 二人にそこまで言わせるエメリヒに、僕はさらなる尊敬の念を抱いた。


 四人パーティーになってから、さらに僕たちの勢いは増した。

 それから、たった二年でS級パーティーに昇格することが出来た。周囲の注目がさらに集まっていく。僕のファンクラブなんて出来た時は、ちょっと焦ったけどね。


 だけど相変わらず、エメリヒに焦点が当てられることはなかった。

 彼はすごすぎるのだ。

 ブライアンやアーダのように戦い方を熟知している者ならいざ知らず、ろくに剣を持ったこともない一般人が、補助魔法の有効性を知るのは難しい。


 今思えば、僕はずっとそのことに視線を逸らしていた。

 いつかみんなも分かってくれる。

 決まっていない未来に思いを馳せながら──。


-----


「僕は彼のことを、ずっと近くで見てきた」


 語り終えて、僕は二人にこう続ける。


「だが、同時に罪悪感もあった。どうしてこうなるまで、問題を棚上げしてきたんだ……ってね。いわば、今まで僕たちはエメリヒの善良さに甘えていただけに過ぎない」

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