003
「……というわけだ」
俺の中で燻っていた劣等感。
ハンスたちは途中で話を遮ったりせず、耳を傾けてくれていた。そして俺が語り終わると、またしても先に口を開いたのがブライアン。
「そんなこと考えていやがったのか! なにを言ってやがる。お前の補助魔法は……」
「笑えばいいさ。だが、お前だって思っているんだろう? 『エメリヒがいなくてもパーティーは機能する』……って。だったら、いいじゃないか。無駄飯食らいが一人減るんだからな」
「て、てめえ……!」
ブライアンの顔が怒りで真っ赤になる。
彼は感情を表に出しやすい。せめて戦いの最中には、感情をコントロール出来るようにならないと、敵につけ込まれるぞ……と教えていたが、やっぱり治らなかったな。
「あんたが劣等感を抱いている? 笑わせないで。あんまりこういうこと、言いたくないけど……あ、あんたの補助魔法もまあまあ役に立っているわよ。わたしの華やかな魔法をぶっ放せるのも、あんたのおかげ」
「それが嫌なんだ。こんなこと言うのが間違っているってのは理解している。アーダが上級魔法を放つたびに、俺の劣等感が膨らんでいくんだ」
「だから! そんなの感じる必要ないのよ! あんたがいなかったら、このパーティーは……」
「お前に俺の気持ちは分からないよ。地味な補助魔法しかまともに使えず、日の目を見ることがない無能の気持ちは……な」
言い過ぎだと思った。
しかしこうでも言わないと、ずっと引き止められそうだ。だから俺は心を鬼にして、彼女を突き放す。
「あ、あんた……っ」
アーダも口元に手を押さえて、言葉を失っている。
情けない俺を軽蔑しているんだろう。そうでなくても、アーダは俺のことを嫌っているふしがあった。体裁上、こうして引き止めてくれてはいるが、彼女も俺がいなくなってせいせいするに違いない。
「とにかく……だ! エメリヒのパーティー離脱は認めねえ! ハンスだって、そう思っているよな?」
俺を説き伏せることは無理だと思ったのか、ブライアンがハンスに救いを求めた。
いくら意思決定があるハンスだからといって、俺自身がパーティーを脱退したいと言っているんだ。引き止められても、ハンスの言うことを聞く必要はない。
だが、断るのは面倒だ。優しいハンスのことだから、きっと俺のことを引き止めて……。
「……分かった。エメリヒの脱退を認めよう」
しかし結果は違った。
ハンスは重々しい口調で、そう告げた。
「ハ、ハンス!? 正気かよ? なに言ってやがんだ!」
「そうよ! あっ、これってドッキリよね? ハンスまでそんなことを言い出すなんて、有り得ないんだもん!」
ブライアンとアーダはハンスに詰め寄るが、彼は首を左右に振る。
「戦う意思のない者がパーティーにいたとしても、足を引っ張るだけさ。それに……止めたところで考えを変えるつもりはないんだろう?」
「そうだな」
とゆっくり首を縦に振る。
「君は昔から頑固なところがあった。一度決めたことは必ずやり通す。そういえば、冒険者になる時もそうだったね。僕は成人になる二十歳まで村を出るつもりはなかったけど、君は違った。冒険者として活躍出来るのは短い。少しでも早く、大きな街に行って冒険者になるべきだ……って」
「そんなこともあったな。だから俺たちは十六で村を出た」
ハンスは一度溜め息を吐いて、こう口を動かす。
「君の荷物は宿屋だったね。荷物をまとめるのに、二・三日は必要になるだろう?」
「いや、脱退は前々から考えていたんだ。だからお前らにバレないように、密かに荷物をまとめていた。荷物を持って、すぐにお前らから離れるよ」
「そうか。だったら、今日でお別れだね」
ハンスの声は淡々として、事務的な印象すら受けた。
「ハンス、正気かよ!?」
「わたしはエメリヒの脱退なんて認めないんだから!」
ブライアンとアーダは未だにハンスを攻めている。
それにハンスは言い返したりもせず、ただ黙って俺の顔を見ていた。
「……じゃあな。世話になった」
「またなにかったら、僕たちに声をかけてくれたらいいから」
「いや……それはないな」
「そうかい。だったら、最後に言わせてもらうよ。君はさっき、アーダに『お前に俺の気持ちは分からない』と言っていたよね?」
「……? そうだが」
「だったら、そのままお返しするよ。君には僕たちの気持ちは分からない」
君には僕たちの気持ちは分からない
……どういう意味だ?
いや、言葉の意味としては理解出来るが。
それにハンスにしては珍しく、皮肉のような感情が込められていた。彼のこんな声を聞くのは初めてかもしれない。
脱退を止めて欲しかったわけでもない。
だが、ここまであっさりだと案外、ハンスも俺のことを疎んでいたかもしれない。
なら、なんの後腐れもなくパーティーを抜けることが出来るな。
ブライアンとアーダの制止を振り切って、俺はその場を後にするのであった。