002
俺とハンスは幼馴染だった。
ありがちな英雄譚に憧れたハンスは、ある日こう言った。
『僕、魔王を倒したい! エメリヒも協力してくれるよね?』
彼の熱意に胸打たれた俺は、ハンスと共に冒険者を目指すことを決めた。
俺とハンスは幼い頃から切磋琢磨し、技を磨いていった。そして歳が十六になると村を飛び出し、大きな街で冒険者になった。
だが、俺はこの頃から小さな劣等感を抱いていた。
ハンスとの才能の差だ。
剣も魔法も才能に満ちあふれ、彼はあっという間に頭角を現していった。十二歳の時に、村一番の怪力男に模擬戦で勝利を掴み取っていたのは、つい最近のことのように思い出せる。
十年に一度の神童。
それが周りからのハンスへの評価だったし、俺も同じことを思っていた。
一方の俺の才能は、なんというか……偏っていた。
剣の腕は平凡。攻撃魔法は、なんなら周りより劣るくらい。自分で言うのもなんだが、頭の出来も平均的で目立つところはなかった。
だが、俺が唯一ハンスに勝っている部分があった。
それが『補助魔法』という一点だ。
補助魔法は味方に強化をかけ、パーティーを勝利に導く役割だ。目立たないポジションであり、昔は冷遇されていたそうだが、最近では補助魔法の重要性が見直されている。とはいえ、いわばパーティーの裏方であることには変わりなく、他の役割の人たちに比べたら地味な印象を拭いきれない。
俺は何故だか、補助魔法だけは人より優れていた。
その才能は神童と言われたハンスを凌駕しており、彼から何度も褒められていた。
しかし、こうも思うのだ。
どうして補助魔法なのか……と。
自分に補助魔法をかけることも出来る。しかし俺の剣や攻撃魔法はごくごく平凡。自分にMPを削くより、もっと強い……そう、ハンスのような人間を強化する方が何倍も効率がよかった。
だからいつしか俺は自分で戦うことをやめ、ハンスに補助魔法をかけ、いかに戦いを勝利に導くかについて考えていた。
最初のうちは、自分の劣等感に気付かないふりをしていた。
実際、冒険者になった俺とハンスはパーティーを組み、新人にしてはいくつもの困難な依頼を達成してきた。
瞬く間に、俺たちはギルドの有望株だと評価され、俺たちは大きな期待もかけられた。
徐々に歯車が噛み合わなくなっていたのは、パーティーに他の人員を加えからだ。
順風満帆に冒険者生活を続けていた俺たちではあったが、同時に壁も感じていた。
二人でやれることには限界がある。大型魔物を討伐するためには、三十人以上の大規模パーティーが組まれることが常識だった。依頼の難易度が上がるにつれて、どうしても二人だと手数に悩まされることもしばしばだ。
そこでまず、パーティーに加入したのがブライアンだ。
ブライアンは剣士である。
豪快で酒好きな性格で、それが戦闘スタイルにもよく現れている。大雑把なブライアンは、チームの輪を乱すとされて、別のパーティーをクビになったところだったのだ。
それに目を付けたのがハンスである。
まず、ハンスはブライアンの心を開かせるために何度も彼の前に顔を出した。ハンスは下戸なのに、ブライアンの酒に付き合った。これにはさすがのブライアンも根を上げ、パーティーに加入してくれることになった。
最初のうちは苦労した。
自分勝手に戦うブライアンであったが、俺とハンスは彼の戦闘スタイルを否定しなかった。俺はいかにブライアンが上手く立ち回れるかを計算して、彼をサポートしていった。
ブライアンの攻撃力は随一のものであったが、いかんせん敏捷が足りない。そこで俺は補助魔法でブライアンの動きを素早くし、彼の攻撃力が最大限活かせるように立ち回った。
初めて三人でオーガを倒した時、ブライアンに言われた言葉は今でも覚えている。
『こんなに上手くいったのは初めてだ。今まで自分しか信じていなかったが……仲間ってのもいいもんだな』
それ以来、ブライアンは自分の持ち味を殺さない塩梅で、パーティーのために立ち回ってくれるようになった。
今では立派な前衛だ。
ブライアンも上手く機能することになって、俺たちはA級パーティーにまで昇り詰めていた。
たった三人のパーティーでA級に昇格するのは前代未聞だそうで、俺たちはさらに周りから注目されることになった。
そして次に俺たちが頭を悩ませていたのが、魔法職の存在だ。
ハンスも魔法は使える。しかしA級までくると、さすがに火力が足りなくなってくる。それに魔法の神経を割いていると、他のことにまで手が追いつかない。魔法は空を飛ぶ魔物や、属性攻撃しか受け付けない魔物と戦う時に必須の技術である。俺たちは冒険者として最高の頂であるS級になるために、魔法を専門としている人間を雇うことにした。
そこでパーティーに加入したのがアーダだ。
このパーティーで唯一の女性である。
彼女も一癖ある人物だった。本人が絶世の美少女であるからなのか、今までろくな男が近寄ってこなかったという理由で、最初は俺たちのパーティーに入ることに難色を示していた。
しかし「ものは試しだからだ」と詐欺師顔負けのハンスの話術で、一度だけアーダと魔物の討伐に出かけることになった。
アーダの魔法は目を見張るものがあったが、いかんせん詠唱が遅すぎる。前衛や盾役の存在は必須で、ハンスとブライアンがいても、なかなか魔法をぶっ放すことが出来なかった。
だが、こういう時こそ補助魔法使いである俺の出番だ。
俺はアーダに詠唱速度上昇の補助魔法をかけ続けた。そのおかげもあってなのか、魔物の討伐は無事に成功した。
そして街に帰った後、彼女は言った。
『……ま、まあ、あんたたちのパーティーに加入してやってもいいかもしれないわね。なんか今日、戦いやすかったし。あっ、でも勘違いしないでね。男が嫌いなのは今まで通りなんだから!』
……巷でよく言われるツンデレだろうか?
しかし文句を言いつつも、アーダもパーティーに入ってくれたことには感謝している。俺とハンスの二人で始めたパーティーは四人となり、ここから怒涛の勢いを見せることになる。
そして二年後、とうとう俺たちはS級パーティーに昇格を果たした。誰もが俺たちの名前を知っており、憧れの的となった。魔王を倒すのは俺たちだ、と言う者も多く、王都に行って国王陛下と謁見したこともある。
だが、俺はパーティーが有名になっていくにつれ、悩みが大きくなっていった。
補助魔法使いとしての自分の役割だ。
最初のうちはよかった。ブライアンとアーダも補助魔法がなければ、二流の冒険者止まりだ。補助魔法使いとしてパーティーに役に立っている自覚があった。
しかし困難な依頼を何度もこなしていくうちにつれ、ブライアンとアーダの二人も成長した。今では俺の補助魔法がなくても、超一流の剣士と魔法使いだろう。
極め付けはハンスの存在だ。
剣技と魔法が高いレベルで安定しているハンスは、みんなの憧れだった。街ではハンスのファンクラブが出来ていたし、王都の冒険者ですら彼の名前を知っていた。
一方の俺は目立たないものだ。
正面きってバカにしてくる者もいなかったが、だからといって俺の名前をわざわざ上げるものもいない。
華やかな三人を見ていると、俺の中の劣等感がだんだん大きくなっていった。
このパーティーに俺は必要ないんじゃないか?
俺がいなくても、このパーティーはもう機能する。
それに……有名になっていく三人を近くで眺めることは、苦痛でしかなかった。
ハンスたちの隣で歩くことすら、申し訳ない気分になってくる。誰も俺のことを見ていない。
どうして補助魔法なんだ。
どうせなら俺も、彼らみたいに剣技や攻撃魔法の才能があったら──。
そんなことを考える自分にも嫌悪した。
そして今日、その考えは確信に至った。
今日の討伐対象はベヒモスだった。強い魔物ではあったが、俺たちはもっと強い魔物と戦ってきていた。侮るつもりはなかったが、万が一にでも負けるはずがなかった。
もしこの時、ちょっとでも苦戦していれば考えが変わったのだろうか。
しかし戦いに絶対はないとはいえ、予定通りに進んだ。
ブライアンは豪快な剣技でベヒモスにダメージを与えていたし、アーダの弩級の魔法は派手でキレイだ。
風のように立ち回るハンスの戦い方は、何度も見惚れてしまうし、みんなの憧れの的になるのも頷ける。
彼らの華のある戦い方を見て、俺は悟るのだ。
もう俺はこのパーティーに必要ない。
これ以上、劣等感を膨らませるのは嫌だ。
俺は補助魔法をかける手を止める。だが、三人は補助魔法が切れているのも気付かず、変わらず戦い続けていた。