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第六話 来訪者は失恋相手

「アネッタさん。あなたに人が訪ねて来ているのだけれど」

「私にですか?」


 下級使用人の作業場に無表情で立つメイド長エマの姿が見えた事でアネッタは、「エマさん!」と忠犬よろしくしっぽをブンブン振っていそうな勢いで突進していった。

 伸ばした片手でそんなアネッタのおでこを鷲掴むことで受け止めたエマは相変わらずの淡々とした抑揚で来訪者を告げる。

 顔面をアイアンクローされた(辛うじて足は地についている)状態のまま、アネッタはキョトンと首を傾げた。

 思ったことが口をついて出てしまう。


「一介のメイドに会いに公爵家へ来た人がいるんですか?」

「そのようね。連絡がつかないとかで」

「家族……は先週末に手紙を送ったばかりですし、心当たりが無いのですが」

「この屋敷にいるアネッタ・クワイエットはあなただけよ」


 いかにも不可解、と腕組みまで始めるアネッタにエマは呆れるように小さな息を吐き、さして力も込めていなかった手をアネッタの顔面から外す。

 エマもアネッタが公爵家の屋敷にメイド見習いとしてやって来るに至った経緯は知っていた。

 だからこそ本当に誰だろうかと思い当たらないらしいアネッタを目の前に、そろそろいいだろうかとその名を告げた。


「訪ねてきた“フロンレイン子爵家のフリード”に、本当に心当たりは無いかしら」

「フリッ! フリード!? 私で、出ます!」


 ビクッと体を揺らしたアネッタは、縦に振動するように動くとガタガタと足元の用具を引っ掛けながら慌てて行こうとする。

 エマは疲れたように軽く息を吐く。

 アネッタに向かって「落ち着きなさい」と声を掛け、今度は背を向け駆け出そうとしている彼女の肩を掴んで止めるとメイド服についた汚れをパッパと落としてやる。


「走らないように。通用口でお待ちいただいているわ」


 駆け出してしまった落ち着きの無い子に掛けた言葉は、「行ってきます!」と大きな声で返された。





 * * *




「手紙」

「え?」


 突然の来訪者、その第一声はムスッとした一言だった。

 仕事を抜けてきているので屋敷からそれほど離れるわけにもいかず、使用人通用口から少し出た路地でアネッタはフリードと対峙していた。


 対面ではない、精神的には確実に対峙が正しかった。

 ガーデンパーティーで幼馴染であり片思い相手であったフリードの言葉を盗み聞きして以来、アネッタはフリードの事をなるべく考えないようにしていた。

 アネッタをドキドキさせていたフリードは今では、心をチクチクさせる存在になってしまっているのだから。


「手紙読んだか」

「読んだけど……」


 時間が無い、という思いと、話を進めたくない、という思いがアネッタの中で交差する。

 もらった手紙の返事を書かない事に罪悪感は抱いていた。

 フリードの言葉は責めるというよりは単純に確認のためのものだが、アネッタは後ろめたさもあってタジタジになってしまう。


 フリードは、アネッタの家族や他の者がいる場では外面よく紳士のような振る舞いをするくせに、二人きりの時に限っては横柄というか横着というか、ようは手抜きをする。

 外面魔人なのだ。

 いつも笑顔だね、などと誰かがフリードに声を掛ける度にアネッタはどこがだと思っていた。

 フリードから送られてくる手紙にはかしこまった言葉遣いで思いやりと慈愛が溢れた文章が並んでいたので、きっと明後日の方向に心配した父あたりがフリードに何か書いてくれと頼んだのだろうというのがアネッタの見立てだった。


「あんな丁寧なお手紙いただいても、お返事のしようがないわ」

「いつも通りに書けって?」


 ここまで表情を作る事すら面倒そうに自然体だったフリードが、初めて笑みを浮かべる。

 嘲笑のようだがそうではなく、これがアネッタの前で見せる彼の笑顔の通常運転だ。

 外面は外面で取り繕えるが、気を遣わなくていい相手の前で見せる素の表情は相変わらず性格が悪く見えるなとアネッタは思う。

 要は、彼は言いたいのだ、アネッタの父も目にする手紙に不遜で用件だけの文章が書けるわけないだろうと。

 まあ、確かに。


「話がしたいって書いてあったけど、私お仕事の途中で抜けさせてもらってるの。ここですぐ済むお話かしら」

「いつ帰ってくる」


 素直になれずツンとした態度になって言ったアネッタに、口頭であってもフリードは用件だけで返す。

 アネッタはうっと言葉に詰まり、それから答える。

 先の事は今はまだ考えたくなかった。


「成人の前くらい」

「いつ」


 言葉を濁したアネッタに、けれどフリードはそれを許さなかった。

 詰問するわけではないが、具体的に言えと言いたいらしい。


「一年勤めるなら、来年の誕生日くらい」


 言った途端、フリードが珍しく目を見開いて驚きをあらわにした。

 

「来年成人だろ」

「だけど……」


 来年の誕生日、アネッタは成人である十六になる。

 一般的な貴族の行儀見習いは一年ほどであるため、アネッタが何も決めなければ公爵家で雇われてちょうど一年間となる来年の誕生日の前日までお世話になることになるだろう。

 フリードの懸念ももっともだ。

 きっとなんだかんだで幼馴染の面倒を見慣れている彼はアネッタが婚約者も決めず成人までの時間を無為にすることを心配してくれているようだった。

 けれどアネッタはフリード以外との婚約など今まで考えた事もなく、家に帰れば父に誰かを宛がわれるだろうと思うと逃げでしかなくとも今の状況をもうしばらく維持したかった。


 もう少し、後がなくなるまでは、どうかこのまま。


「と、とにかく。もう仕事に戻らないといけないのよ」

「……次仕事の休みは」

「金の日と水の日だけど」

「昼にハヤシ屋でどうだ」

「え」

「何だよ」

「だって」

「何」


 次の約束だけを一方的に告げられ、アネッタは処理が追い付かない。

 『待ち合わせなんて今までしたことなかったの』とか『デートみたい』とか『こないだ酷いこと言ってたくせに』とか『働き始めてから外出なんてしてないんだけど』とか、フリード相手にまだ萎んでいない好意から来る高揚と、振られたことによる反発心と、それから最近流されるままに毎日を送るだけで自発的に動かなかったことによる思考停止と。


 それから思ったのは、『何だ嫌なのか』とでも言いたげにじっとこちらを窺うフリードの顔が良いという事だった。


(顔がいいな……)


 そもそもアネッタはフリードが好きなのだ。

 なんなら思い出せるだけ一番幼い時の記憶でも既に彼のことが大好きだった気がする。

 そもそも彼の大人びた知的な顔立ちも好きだし、振られたとはいえこうして親身になって接されると特別扱いされてるようでドキドキしてしまうし、顔が良いし、自分の前だけ素の顔をするのもずるいし、顔が良いし、力の抜けた話し方も落ち着くし声が好きだし顔が良いし顔が良いし顔が良いし……。


「……時間いいのか」

「っ! 良くないわ!」

「じゃ、ハヤシ屋でな」


 ハッとしたアネッタに、約束は取り付けたという様子でもう踵を返し始めているフリードに「わ、わかった」と辛うじて返して慌てて仕事場へと戻るのだった。

 これは仕方ない。

 幼馴染の顔が良いのが悪いのだ。


 アネッタはそんな彼に振られた、というか眼中になかったのだという事実を改めて反芻しながら、涙目になりながら『勘違いしちゃ駄目よアネッタ』と自身に言い聞かせた。


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