チェックメイトが言いたくて
「チェックメイト!」
高らかに宣言された声が部室内に谺する。
俺は項垂れ、唸ってから「参りました……」と小さな声で呟いた。その目の前で、部員で後輩の女子生徒が諸手を挙げて喜ぶ。
隣にいた部長が眼鏡を人差し指で押し上げて、労うように俺の肩を叩いた。
春――新入生の彼女が、このボードゲーム部に入部した。三年生が卒業してしまって、俺と同級生の部長と二人きりだった部は廃部寸前だったが、彼女のお陰で首の皮一枚繋がった。
そう喜んでいたのも束の間、彼女が入部してからというものの、俺も部長も一切ゲームに勝てなくなった。二人はお互いに五分五分の実力で拮抗していたのだが、第三勢力の登場に戦意が消えそうだ。待望の新入部員を迎えたのに、これでは先輩としての立つ瀬がない。
殊に彼女はチェスに強く、勝てそうだという希望すら見出せない。半ば、彼女の「チェックメイト」の声がトラウマになりかけている。
そこで、俺達は考えた。彼女に内緒で、チェスの特訓を行うことにしたのである。
夏休みの間、殆どの時間をチェスに割いた。先生に頼み込んで鍵を開けてもらった部室に入り浸り、時には夜を徹し、食事すらも忘れるほど、ひたすらチェス盤に向かい合った。チェスに明け暮れた一ヶ月は、それはもう地獄のような日々だった。
そして訪れた秋。グラウンドに建てられた文化祭の特設ステージの上で、俺達は彼女と対峙する。
夏休みを潰してまで得た力を、今ここで発揮するのだ。年長者としての威厳を、見せつけてやる。
俺は得意げな表情で、彼女が座るチェス盤の正面に腰かけた。
数分後。そこには、いつもの部室と同じ光景があった。
俯く俺達。
両手を天に掲げる後輩。
手にするはずだった勝利の栄誉は幻に消えた。
後に残ったのは人前で勝負に出たことへの後悔と羞恥、提出できていない山のような宿題、そして遅れに遅れた受験勉強……。
夏休みの一ヶ月など比にならないほど、地獄のような毎日が幕を開けた。