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紗央莉さんシリーズ

ある夜の出来事

紗央莉さんは女神さま

「...ただいま」


 職場から戻り、自宅のドアをそっと開ける。

 時刻は午後10時50分、帰宅するのは2日振り。

 昨日は三時間しか仮眠室で寝てないから疲れがピーク状態だ。


 まだまだ会社は繁忙期が続く。

 本当は今日も帰らないつもりだったが、なぜか妙な胸騒ぎを感じ帰って来た訳だが。


「...見慣れない靴だな」


 静かに玄関で靴を脱ぎ中に入ると、汚く食い散らかしたままのテーブルが目に入った。

 ビールの空き缶数本、その中にはタバコの吸殻まで突っ込んである。

 部屋に漂うタバコの臭い、換気扇くらい回せば良いものを。


「...壁にヤニがつくだろ」


 2年前にタバコはやめた。

 会社は分煙で、喫煙室がオフィスの外に設置されていた。

 わざわざ足を運んでまで吸いに行くのが面倒になったのだ。


『ありがとうございます、私タバコの臭いって苦手で...』

 なにを勘違いしたのか、隣席の後輩は喜んでいた。


 そして自宅の部屋全部の壁紙を張り替えた。

 決して後輩の笑顔につられたからでは無い。


「...さて」


 寝室の前で1つ深呼吸をする。

 中から聞こえる男女の寝息。

 普通に寝ているだけか、それとも...


「...ふむ」


 目に飛び込んで来たのは裸のままベッドで眠る二人。

 泥酔状態でセックスをしたのか、汗とアルコール臭が凄い。


 おそらく、仰向けで眠る男の体臭がメインだろう。

 歳を重ねた加齢臭が凄い。

 コイツは見覚えがある、家族も知ってるし。


「...佐百合(さゆり)


 次に女の名前を呟いてみる。

 どうした事か何の感情も沸いて来ない。

 ベッドに突っ伏し、眠る尻付近から汚ならしい物が光っている。

 妊娠したらどうするんだ?産めないぞ?


 携帯のカメラで眠る二人の姿を収める。

 部屋に響くシャッター音にも気づかない二人を置き、俺は再び会社へと戻る事にした。


 何が不満だったのかな?

 会社へ引き返す電車の車内でそんな事を考えていた。

 大学二年から付き合いだし、直ぐに同棲を始めた。

 以来8年、彼女とはずっと上手くやって来たつもりだったが。


 いや、2年位前から怪しいと思っていた。

 無断で泊まったり、セックスも最近は全くしてない。

 会話は上の空で、いつもスマホを触っていた。


「結局俺は佐百合から目をそむけていた」


 会社の入っているビルに入り、ふらつく足取りで扉のセンサーにIDカードをタッチさせる。

 今夜も仮眠室で寝て、明日彼女に別れを告げよう。


「ん?」


 誰も居ない筈のオフィスに灯る照明。

 消し忘れでは無い、デスクで1人の人間が頻りにパソコンのキーボードを叩いていた。


「...芽上さん」


 後輩の芽上(めがみ)紗央莉。

 今日は先に帰っ筈だったが。


「ふう...」


 椅子にもたれ掛かり、背伸びをする芽上さんは俺の視線に気づか無い。


「もうひと頑張り、斉藤さんにばかり押し付けられないし...」


 そう言って芽上さんは俺のデスクを見た後、再びパソコンへと向かった。

 その光景に言葉を失う。


「なんで俺の椅子を使ってるんだ?」


 彼女が今使っている椅子は俺の物だ。

 見間違える筈が無い。

 俺の身長は194センチ、芽上さんは152センチ。

 だから椅子の規格が違うのだ。


 芽上さんは俺の椅子に毛布やブランケット、そしてクッションまで重ねて座っていた。


『私って寒がりだから』

 芽上さんはそう言っていたが...


「...何か飲み物でも」


 すっかり眠気は消えていた。

 見てはいけない物を、立て続けに見てしまうとは。


 一旦オフィスから出て、廊下に置かれている飲み物の自販機でコーヒーを購入する。

 次いでに芽上さんがいつも飲んでいるミルク紅茶も一緒に買った。


「お疲れ様」


「あ?え?斉藤さんこれは...」


 オフィスの入り口で声を掛ける。

 芽上さんは俺の椅子から自分の椅子に座り直していた。

 自販機で購入した際に結構な音がしたから、誰か来たと気づいたのだろう。


「良いから、はい」


「あ...ありがとうございます」


 紅茶の缶を手渡す。

 慌てていたのか、俺の椅子はデスクから斜めに飛び出していた。


「あの...帰ったんじゃ」


「それを言ったら君もだろ?」


「そうですね」


 自分の椅子に座り、芽上さんを見る。

 いつもより彼女の視線が高い。

 彼女の尻に敷いている毛布やブランケットのせいだろう。


「さあ、何をしよう?」


「いえ、あの」


 パソコンの電源を立ち上げ、腕まくりをする。

 芽上さんは困惑顔だけど、今は仕事に集中したかった。


「分かりました、この計算をお願いします」


「よっしゃ、早く済ませて飯でも行くか」


「はい!」


 ようやく彼女の顔に笑顔が浮かぶ。

 頑張れば二時間程の量だ。

 二人、集中しながら仕事に打ち込んだ。


「終わった?」


「はい、斉藤さんは?」


「もう少し...よし終わりと」


 作業が終わり、パソコンの電源を落とす。

 なんとか終わらす事が出来た。


「どこに行く?」


 鞄を手に立ち上がる。

 食欲は無いが、芽上さんは腹ペコだろう。


「どこでも...斉藤さんと一緒なら」


「え?」


「いや...そんな意味じゃ」


 両手をブンブン振りながら、顔を赤らめる姿に心が癒される。

 俺も深夜テンションなのだろう、あんな嫌な事があった筈なのに。


「ダイニングバーで良いかな」


「え?」


「大学時代から行きつけの店が近くにあるんだ」


 あそこなら深夜4時まで営業している。

 料理も旨いし、酒も豊富だ。


「いや...あの」


「酒はまだ飲めなかったかな?」


「私は23歳です!」


「そうだったっけ?」


「もう!」


 表情がコロコロと変わる。

 俺より5つも下なんだよな。


 タクシーを捕まえ、店に向かう。

 時計は深夜1時を少し回っているが、大丈夫だ。


 飯を食ったら、彼女を会社の仮眠室に届けて、俺はカプセルにでも泊まろう。

 しばらくはホテル暮らしになりそうだし。


「美味しい!」


「だろ?」


 店に着き、注文したピザを旨そうに頬張る芽上さんはリスみたいだ。

 更に珍しく、カクテルを飲んでいる。

 会社の飲み会ではいつもソフトドリンクなのに。


「ほら斉藤さんも」


「食べてるよ」


「嘘!お酒ばっかり」


「よく見てるな」


 これは酔ってるのかな?

 明るい酒だから良い、1人だったら辛くて悲しい酒になっていただろう。


「...何かあったんですか?」


「ん?」


「政志さん、何かあったんですね」


「おい...酔ってるのか?」


 絡み酒はまずい、今は俺も弱っているんだ。

 後輩に、ましてや紗央莉...いや芽上さんの前で。

 いかん、俺も酔ってるな。


「私は全部分かりますよ、だって政志さんが好きですから」


「...な...なに?」


 何を言ってるんだ。


「本当です、酒の力は借りてますが」


 その自覚はあるんだ。


「...ごめんなさい、斉藤さんには彼女が居るのに」


 芽上さんは俯いて、落ち込む。

 なるほど、酒を人前で飲まない理由がこれか...


「浮気された」


「え?」


「さっき帰ったらな、アイツ...浮気してたんだ」


「...まさか」


「本当だよ」


 自然と口が動く。

 そうか、俺は聞いて欲しかったんだ。


「笑うよな、相手の男は40後半の既婚者だぜ?」


「...斉藤さん」


「ごめん、こんな話聞きたくないよな」


 おしぼりで目を押さえる。

 彼女の顔を見られない。


「良いですよ」


「...芽上さん」


「紗央莉です」


 紗央莉は俺の手に自分の手を重ねる。

 小さい手、俺の握り拳くらいしかない。


「受け止めますから。

 安心して下さい、それで交際を迫ったりしません」


「ありがとう...」


 もう我慢の限界だった。

 気づけば、全てぶちまけていた。


 結婚を考えていた事。

 婚約指輪を買おうとしていた事。

 佐百合の香水が変わり、下着が派手になった事...


「あの男...仲人の予定だったんだ」


「まさか...」


「本当さ。

 アイツの実家サイドの知り合いで、会社を幾つか経営してる実業家だよ。

 まあ婿養子らしけど」


 以前男の家族と向こうの家で顔合わせをした。

 気の強そうな奥さんだった。


「その男、バレたら家を追い出されるんじゃないですか?」


「そりゃ身ぐるみ剥がされて、放り出されるだろ。

 会社だって、実質は男の妻が仕切ってるらしいし」


 男の子供も既に成人している。

 親としての役目も終わったから、間違い無い。


「じゃあ政志さんが、向こうの家に教えたら...」


「もう教えたよ」


「嘘!?」


「現場の写真を添付して男の奥さんにな。

 携帯の連絡先は以前に交換してたから」


「...天罰」


「いや、人として当然の報いだ」


 会社に来る途中、写真と浮気の事実を送信してから携帯の電源は消している。

[俺のマンションで浮気してる]と一文も添えたから、今頃は大変だろう。


「...やりますね」


「見損なったか?」


「いえ、見直しました」


 手にしたグラスを合わせる。

 悲しい筈なのに、沸き上がる笑いを堪えきれない。

 涙を流し腹を抱えて笑う俺の背中を紗央莉は優しく抱き締めてくれた。


 店を出た俺達は酔いを醒ます為、歩いて会社に戻った。

 



 長い夜はこうして終わった。

半年後、政志は紗央莉と交際を始め、一年後に結婚を決めた。

佐百合と男は、男の妻によって徹底的な制裁を受けた。

二人の姿はそれからぷっつり途絶え、誰も知らないそうだ。

何故か政志は男の妻から感謝されたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 相互に読み返して見ると、この夜の自宅で見た佐百合が、彼にとって最後の別れだったんですね。 なにせ、その晩に奥様にアホ2人連れられですし。 まあ浮気側から見たら、その何日か前に帰宅した際に有…
[一言] 実は今読みました。 身から出た錆の前日談今更ですが。
[一言] ほんと間男の亮二はどうしようもないですね…何度やればこりるんだか。。。 あれ?名前違います?w
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