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明口橋

作者: ああるかいと

 俺の家の近くに、明口橋めいこうばしって橋がある。

小川の上にかかる小さなコンクリート製の橋で、交通量はまったくと言えるほどない橋で、昔は木造の違う字の橋だったらしい。

その橋には言い伝えがあって、それは、もう二度と会えない人と、一度だけ合わせてくれる、というものだ。

なんでも死ぬほど会いたい人ならば、夜に再び会えるらしい。

だが、それをできた人の話はどこにもない。

それはそうだろう、だってそんな話は嘘八丁、死人と会うなんてできっこないのだから。

そんなことを考えながら俺は明口橋の手すりから、下を流れる奥裏川おくりがわを見下ろしていた。

川面が秋の分厚い雲の色を反射して、白く光っている。

橋の上に涼しい風が吹いて、正午過ぎにバイトが終わった俺を労ってくれている気がした。

特段ここからの景色がいいわけではない、だが、6年前に彼女が事故で死んでから、俺は不思議とこの場所に足を運んでいた。


 6年前、俺がまだ高校2年だった時、当時付き合っていた彼女のエミが死んだ。

可愛くて、優しくて、ちょっぴり束縛気味だったけど、大好きで、結婚してもいいと思っていた彼女だった。

死因は信号無視したダンプに粉々にされたことだった。

葬儀には棺がなく、段には既に焼かれたエミの遺骨が入った壺が置かれていた。

あまりにも突然すぎたエミの死に、俺は葬式で別れの言葉を言えず、数日間泣き腫らした。

彼女のことを少し思うだけで泣き崩れた俺を、周りの人たちは熱心に助けてくれた。

お陰であの頃のような不安定さは無くなったが、心にぽっかりと空いた穴は埋まらず、虚しさばかりを感じていた。


 大学はギリギリ卒業できたものの就活は失敗、新しい彼女はできず、今は大学入学と共に借りたアパートでフリーターとして生活している。

明口橋の噂を聞いたのは卒業間近の時だった。

死んだ人間と会える、なんて噂を信じるわけもなく、でも何となく、暇さえあればこの橋で酒を飲んだり、川面を眺めたりと時間を過ごしていた。

ふと腕時計を見ると時刻は13:30、明日は夜勤があるためバイトの制服を洗わなければならず、渋々家に帰った。


 夜、洗濯も終わり制服を干した後に、適当に棚の整理をしていると、最近届いた近所の寺の坊さんからの手紙があった。

引っ越してきてから挨拶をして、その時に仲良くなった坊さんだ、多忙な今でもたまに手紙をくれる。

何となしに封筒から手紙を出して、読んでみる。

内容は近況報告と、俺への心配事、俺の過去も知っているから気にかけてくれる、本当にいい人だ。

手紙の最後には「明口橋に気をつけろ」という旨の言葉が書かれており、あの噂話のことも含めて、俺に気を遣ってくれているようだった。

手紙を畳んで封筒にしまい、再び棚に戻すと、次はエミとの思い出の品が出てきた。

エミがくれたピアスで、青い箱に入ったそれはエミのピアスと対になっていて、色違いになっている。

エミは赤、俺は青、デートの時は2人でつけて街を歩いたものだ。

懐かしくなった俺はエミの思い出を漁りはじめた。

携帯の楽しそうな写真、高校の頃に使っていたスマホのラブラブなトーク履歴、彼女にプレゼントされた品々、次第に俺の部屋にはエミの思い出が並んでいった。

そんな品々を前にして、俺は彼女に会いたいと思った。

一度だけでいい、別れも言えなかった彼女に、再び会いたいと思った。

でも、会えるわけがない。

彼女はとうに亡くなっていて、もういないのだ。

そんな事実に涙を流しながら、俺はある噂を思い出す。

明口橋で死んだ人間と会えると。

いや、そんなはずはないのだ。

今までもそう思って、あの橋に行った。

丑三つ時にあの橋に寝袋を敷いて寝たことだってある。

わかりきっているのだ、会えないことなど。

でも、俺は我慢できずに青いジュエルの付いたピアスを耳に付けて家を出た。


 夜、小さな橋の上には街灯が一つ灯っており、人通りのない道を明るく照らしていた。

奥裏川は暗くて見えないものの、じゃばじゃばといつもより音を立てて流れている。

灯りの下で、俺は橋の上を見回した。

当然夜に人がいるわけがなく、動くものはない。

涙を拭いたあと、諦めて帰ろうとしたとき、女の声に呼び止められた。

「帰るの?」

聞いたことがある声で、後ろから、そう言われた。

「エミ?」

振り返る。

そこに立っていたのはエミだった。

6年前から変わらない姿で、立っていた。

「なんで…」

近づいて、彼女の手を取る。

「ありがとう、会いに来てくれて」

「そんな、本当に、エミなのか」

手を伸ばして頬を撫でる。

粉々になったはずの、火葬で灰になったはずの彼女の柔らかい頬に手を当てる。

「本物だよ、きいたことなかった?この橋の上では死んだ人と会えるって話」

「あったよ、でも俺信じてなくて」

涙でぼやける世界の中で、俺はエミをなんとか目に焼き付けようとする。

「会えるんだ、会えたんだ」

俺は彼女を思いっきり抱きしめた。

6年前より小さく感じられる体、少し冷たい彼女の体をしっかり抱きしめる。

「別れを言えなくてごめん、しっかりと送ってやらなくてごめん」

思いの丈を口に出す。

「ありがとう、会いに来てくれただけで私は嬉しいよ」

俺は抱きしめながら、あることを思い出した。

会えるのは一度だけ、ということだ。

「もう、会えないんだ」

そう言った時、彼女の手が俺の腰に回された。

「ううん、ずっと一緒だよ、ずっと一緒にいよう、そのために私も会いに来たんだから」

えっ、俺がそう言う前に、体が水に浸かる感覚がした。

気づくと橋のあかりは遥か上で、俺はエミと抱き合ったまま川の中にいた。

「ずっと、一緒だよ」


 朝、寺で地域新聞を見ていると見慣れた顔があった。

奥裏川で水死体として発見された、とのことだった。

状況からして明口橋で川に転落した後に溺れ死んだとのことだった。

「その子、前に言ってた彼女さんを亡くされた人じゃない?」

朝ごはんの準備をしていた妻がそう言った。

「そうだよ、だからあの橋には気をつけろと言ったんだが」

私はそう言って一つ、ため息をついた。

あの橋がコンクリートに改築される頃、役所の連中が勝手に名前を変えた。

元の名前は「冥口橋」文字通りあの世に繋がる橋で、下流れる川の名前も「送川」だった。

つまり、あちら側の住人がこちら側の人間を連れ去りに来る場所だったのだ。

彼は会えたのだろう、最愛の彼女に。

その代償が、命であることも知らずに。

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