順風満帆な顔合わせ
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日が沈んだ頃、冒険者ギルドのホールは報告に訪れた冒険者たちで賑わう。
「なあ、聞いたか」
集まった冒険者たちは、パーティーという垣根を越えて交流する。街の雰囲気や領主の政策、魔物から他の冒険者について話題が尽きることはない。
「最近、噂になってるシリウスのレオってやつ、リーダーのクリスティーナに媚びを売っているらしいぞ」
「へえ、俺もあんな幼馴染が欲しいもんだよ。草むしりだけして金が貰えるなら儲けモンだな」
「ちげぇねえ!」
こちらをチラリと見ながら大声で笑い合う冒険者たち。パーティー名すら知らないが、コソコソと見られながら話の種にされるのは不愉快な気分になる。
冒険者ギルドでシリウスは『二人だけでCランクに匹敵するほど稼いでいる新進気鋭のパーティー』ということで有名になった。それは喜ばしい事なのだが、何故か『レオが幼馴染であることを盾にしてクリスティーナに負担を強いている』という噂が出回り始めていた。
私の経験上、ここで当事者が否定したとしても、噂は余計に尾鰭がついて拡散される。
レオが支援魔術を獲得するまで沈黙するしかないのは辛い。
声を無視して、カウンターへ向かう。
もうすっかり顔馴染みとなった受付嬢がぱっと顔を明るくして、いそいそと手紙を持ってきた。
「シリウス様でございますね。兼ねてから募集しておりましたメンバーから返答がありました。ご確認ください」
渡された手紙は三通。
いずれも聞き覚えのある名前が封筒に書かれていた。
魔術師の家系に生まれながら、五属性の全てに適性を持たずに生まれた『無の魔術師バジル』。
政変によって爵位を簒奪された貴族令嬢にして光の属性に類い稀な適性を持つ『癒やしの聖女ルチア』。
強さこそ全てと信奉するオーガ一族のなかでも最弱として追放された『鋼鉄の女騎士グレゴリア』。
彼らはクリスティーナに倣ってレオを蔑み、助けることなく追放に賛同する。その後はレオに様々な形で負け、研究成果だったり技を伝授して立ち去るのだ。物語の役目としては、ヘイト役兼踏み台といったところか。
彼らはそれぞれ事情を抱えていて、リーダーであるクリスティーナに逆らえない状況だった。一巻の中盤、ルチアはレオに対して謝罪までしていた。
つまり、クリスティーナこと私がレオを迫害しなければ、追放からのざまあは起きない。
なにせ、今の私は『清廉潔白』『公正公明』。恨まれるような事など何一つとしてしていないからだ。仲間を引き入れたとしても、パーティーの雰囲気に気をつければ問題ない。
「返事は……わお、二つ返事」
それぞれ複雑で恵まれない環境にいたので、『良い条件で雇うよ』と話を持ちかけただけで良い返答が便箋に書かれていた。
グレゴリアからの手紙に至っては、慌てたのだろうか文法的な誤りがいくつか見つかった。文学を好まないオーガのなかで育ったとはいえ、ここまで意味のある文を書けるのは珍しい。
私は思わずクスリとしながら、隣で首を傾げているレオに手紙を見せた。
「前に話していたメンバーたちから返事が来たよ。これで人数が揃ったから、ダンジョンの探検ができる」
「そうか。草原よりもダンジョンの方が素材の質は高いと聞いた。採取や荷物持ちは任せて欲しい」
レオの言葉に私は頷く。
ここ一週間でクインベルにいた頃よりも私たちはより多くの会話をした。
素材の採取の仕方だったり、戦い方だったり、平凡で業務に必要なものばかりだけど、今の私にとってはありがたいものだった。
エランドとユミルは、表面上こそ変わりない態度で接してくれたが、どこか距離を置かれているような瞬間がたびたびあった。
自業自得とはいえ、やっぱり何処かで私も気を遣って精神をすり減らしていたんだと思う。
「それで、メンバーたちは優秀と聞いていたけど、いきなり討伐依頼に向かうの?」
レオの問いかけに私は首を振って否定した。
討伐依頼は数多くの冒険者パーティーが我先にと狙う高額報酬依頼だ。引き受けた場合、討伐するまでパーティーは責任を負う。逃げ帰った場合はペナルティも発生するのだ。
「いやいや、流石にそれは危険すぎるよ。まずは連携の確認も兼ねてDランクのダンジョン探索依頼だ。レオには負担を掛けることになるけど、大丈夫かな?」
「もちろん。僕に出来ることがあるなら任せて」
誇らしげに胸を張るレオを見て、ついつい笑みが溢れる。
最近は打ち解けてきたのか、こうして和やかな空気になることがある。
レオとの関係は思っていたよりも悪くなく、むしろ『幼ブラ』よりも遥かに良い状態。
そんな状況にある私は、一つの目標を立てた。
シリウスの異例の昇格に繋がるオークの討伐、これの前に起こる悲劇を食い止めること。
予算のある街と違い、開拓村は結界の効力が弱く強い魔物が侵入してしまう。オーク出現の発覚が遅れたのも、見張りを兼ねた開拓村が壊滅したからだ。
この悲劇を阻止するには、レオの支援魔術とメンバーの育成、さらには自分自身も鍛える必要がある。
「うずうずしてきた。早くみんな揃わないかなあ〜!」
『シリウス』のメンバーには賛否両論ある。
リーダーのパワハラを見過ごした事とか、レオを追放した事とか、その後でも足掻こうとして失敗した挙句にレオに縋ったところとか、数えたらキリはないけど、私は彼らが嫌いじゃなかった。
癖はあるが、悪意はなく、非が自分にあると分かれば正直に謝罪した。根は良い人たちなのだ。クリスティーナは最期まで自分の非を認めなかったので、より対比が際立っていたと思う。
『幼ブラ』を読んだ時は、クリスティーナがもうちょっと他人と歩み寄る努力をしていたら絶対に結末は変わってたと憤慨したものだ。
もしかしたら、それが関係して彼女に転生したのかもと今なら思える。真実は神のみぞ知るというやつなんだけどね。
次の日、私とレオは招集したメンバーと顔を合わせる為に混雑した時間帯を避けて冒険者ギルドにいた。
今日は休息日。肉体労働が割合を占める冒険者にとって、休日はしっかりと休む必要がある。一日目は肉体を、二日目は精神を、という風に余裕を待って休息を取る事で生存率を高めるのだ。
ついでなので、自己紹介も兼ねて擦り合わせをする場を設けることにした。
約束の時間より少し早く、私たちの座るテーブルを訪れた人物たちがいた。
「もし、そこのお嬢さん。『シリウス』という冒険者パーティーのいるテーブルはここで合っているか?」
魔術師らしく杖を片手に持った青年バジルが話しかけてきた。
ターコイズブルーの瞳にエメラルドグリーンの髪はぎっちりと編み込んでいる。真面目さが髪型から伝わってきた。
私は椅子から立ち上がって、バジルを含めこちらを見ているグレゴリアとルチアに笑みを見せた。
「やあやあ、遠路はるばる王都へようこそ。さあ、座って自己紹介をしようじゃないか」
第一印象は何よりも大事。
面接、クラス替え、通りすがり。
とにかく、人というのは見た目と第一声の雰囲気から人となりというものを判断する。
この日の為に、私は前もって王都に到着した彼らに会って軽く指導をしておいた。
例えば……
見た目に無頓着だったバジルに金を握らせて床屋に行かせ、無精髭を剃らせた上に女性用ではあるが髪型のカタログを与えて適切な手入れの仕方を教えたり、
貴族令嬢の自覚を捨てきれないルチアの為に市民の娯楽を教えて庶民感覚を学ばせ、庶民のファッションに目覚めさせたり、
追放されたばかりで落ち込んでいるグレゴリアにピカピカの鎧と盾を与えて励ましつつ、勉強の楽しさを教えたり、
レオのパーティーにおける役割を事前に教えたり……等々。
前もって出来ることは全てやった。
これ以上の事など考えつかないほどに万全を期した。
円滑な人間関係は円滑な自己紹介から始まる。無難であればあるほど、それは良い。
前世の担任が転校初日で緊張していた私に教えてくれた鉄則だ。
破滅フラグ回避と悲劇阻止のためにも、この初めての顔合わせは何が何でも成功させる。
和やかに始まる自己紹介の流れに意識を研ぎ澄ませながら、私は会話をシミュレートした。
冒険者ギルドの一画に設けられたテーブルは、主に簡単な打ち合わせや荷物置き場として使用されている。
占有する場合は、一定の金額を収める必要があるけれど、『あると助かる』として冒険者たちに大人気だ。
「では、改めて自己紹介をしていこう。私の名前はクリスティーナ、隣に座るレオと一緒に『シリウス』というパーティーを結成し、ダンジョンに挑む為に君たちに声をかけた」
腰に下げた剣をベルトから取り外して、みんなに見えるように胸元まで持ち上げる。
カッツバルゲルというショートソードの一種だ。
『幼ブラ』と同様、私は片手剣に適性があるらしい。一番しっくり来たのがこれだった。
「リーダーではあるけれど、役割は前衛。襲って来る魔物の警戒と戦闘を担当している」
自己紹介は簡単かつ簡潔に。
名前、役割が最重要なので、分かりやすい言葉を選んで伝えた。
「じゃあ、時計回りに自己紹介していこうか。レオ、お願いしていいかな?」
「あ、ああ、うん。分かった」
吃驚した様子でレオが目を丸くした。
『幼ブラ』の過去エピソードで自己紹介に失敗して、赤っ恥をかいたとレオがヒロインに語っていた。
人というのは不思議なもので、模範を示されるとその通りに従ってしまう。咄嗟の行動に現れるのは、日頃から投げかけられた言葉なのだ。
「えっと、僕の名前はレオです。役割は荷物持ちなので、後衛になるのかな……?」
レオがチラリと私を見る。
この時にグレゴリアがレオのことを役立たずと表現してしまい(文化的な相違からくる悪意なき発言)、レオは深く傷つきながらも曖昧に笑って誤魔化すのだが……事前準備のおかげでそんな悲劇は起きなかった。念の為に『荷物持ち』について補足説明も入れておく。
「レオはパーティーの共有資産の管理や保管を担当している縁の下の力持ちなんだ。じゃあ次どうぞ」
「む、俺か。俺の名前はバジル。妨害系の魔術を得意にしている魔術師だ。役割は後衛になる」
レオという最大の峠は越えた自己紹介は粛々と進んでいく。
「私はルチアと申します。聖属性の魔法を勉強中ではありますが、みなさんの役に立つような初歩的なものはいくつか実践で使えます。役割は後衛になるでしょうか」
「グレゴリアだ。敵の陽動? や護衛ならば問題なく出来る。役割は前衛……だと思われる?」
素晴らしい自己紹介だ。文句のつけようがないほどに完璧で隙のない自己紹介がここに実現したことを私は誇りに思う。
「まずはお互いの連携の確認も込めてDランクのダンジョン探索を引き受けてみるつもり。みんなもそれでいいかな?」
メンバーたちはお互いの顔を見合わせて、それから頷く。
異論がないことを確認した私はほっと胸を撫で下ろした。