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王都へ行こう

 ロックウルフの討伐から半年。

 私を取り巻く環境は大きく変わった。


 まずエランドとユミルとの関係。

 少し他人行儀となったが、夫婦仲は相変わらず良好なようで新しく家族が増えることになった。

 まだ男の子か女の子か分からないけれど、お金がたくさん必要になる。つわりが重くてしんどそうな母の面倒を見ながら、ゴブリンの生態について調べる毎日だ。


 レオとは会話すらしていない。

 何度か訪ねたり、話しかけようとしたが用事があると言って避けられている。破滅フラグの足音がちゃくちゃくと近づいているようで、段々と不安になってきた。

 なお、『幼ブラ』の主人公レオとヒロインの皇女アケミはまだ出会っていない。彼らが出会うのは物語が始まる場面────すなわち、追放されたレオが悲嘆に暮れている時にお忍びで王都を訪れていたアケミが声を掛けるのだ。


 上手くいかない人間関係とは真逆に、訓練は想定していたよりも順調だった。

 エランドの口添えもあって、街の外に出て魔物を討伐する許可を貰った。街の人からは羨望と憧れを向けられてなんだか恥ずかしい。褒められはするが、年頃の少年に告白されることはなかった。

 無難な断りフレーズを考えていたのが無駄になってしまったとは欠片も思ってない。


「そろそろ、王都に行こうかな」


 そんなことを思い至ったのはつい最近。

 街にある図書館の本を全て読み、司書から王都にでも行かない限りこれ以上の情報はないと告げられた。

 エランドとユミルに気を遣わせ続けるのも悪いし、冒険者になればもっと金が手に入る。


 剣の手入れをしていたエランドが顔をあげた。


「君もあと二ヶ月で成人か。王都に行くなら、この街を立ち寄った冒険者とコンタクトを取っておくといい……というのは、もう知ってるか」


 ふっと悲しそうな顔をして、また剣に視線を戻す。

 エランドとユミルはもう私のことをクリスティーナと呼ぶことはしなかった。



 それからトントン拍子に話は進んだ。

 たまたまクインベルを立ち寄った冒険者は王都へ向かう途中であり、私が同行することを許可してくれた。

 そして、出発当日の早朝。

 まだ太陽すら昇っていない時刻。私は最低限の荷物を背負い、街の正門を目指して歩いていた。


「どこに行くんだい、クリスティーナ」


 険しい表情をした少年が、街の正門に立って私を出迎えた。

 黒髪黒目のありふれた外見的特徴と私より頭ひとつ分ほど小さい背丈。背中には大きなリュック。

 『幼ブラ』の表紙を飾っていた少年レオだ。


 これまで避けていたのに、今回は珍しく私に話しかけてきたのだ。

 思わずどもりながら答える。


「あ、レオ……その、王都に行こうと思ってね」

「ふぅん」


 レオは相変わらず考えが読めない。

 気まずさに口をつぐむ。

 彼に嫌われないようにしようと頭を悩ませた結果、私が導き出した最適解は『嫌われるようなことはしない』

 つまり、なるべく接触しない。

 そんなことをしていたら普通の会話をするタイミングすら逃してしまって、近況すら掴めずにいた。


 だから、どうして彼がここにいるのか理解できなかった。

 接点がなかったのだから、私が王都へ行くと知らなかったはず。ましてや向かおうと気にかける理由はないはずだ。

 混乱する私を他所に、レオが口を開く。


「僕も王都に行くんだ」

「あ、そうなんだ〜」


 どうして王都に?

 その一言を聞く勇気は、私にはなかった。

 『幼ブラ』では、レオはクリスティーナを追いかけて王都へ向かう。だが、今のレオはクリスティーナである私に対してあまり良い感情は抱いていないはずだ。

 もしかしたら、彼もエランドやユミルのように何か違和感を覚えて警戒しているのかもしれない。


 真偽を問いただすことはできなかった。

 何故なら、王都へ向かう冒険者の一人が私たちに声をかけてきたからだ。


「お待たせ〜、じゃあ王都へ行こうか」


 冒険者と一緒に街の外へ出る。

 エランドとユミルの見送りはない。彼らは申し出たが、妊婦のユミルを正門まで歩かせるのも忍びなかったので辞退した。


「君たち、王都については詳しいかい?」


 Cランク冒険者が問いかける。

 隣を歩いているレオが首を横に振って否定した。


「いえ、街の外に出たことがあまりなくて知りません」


 結界の外へ出る人は少なく、冒険者か行商人でもない限りはなるべく街の中で生活を完結させようとする。

 刑罰の一つとして『追放刑』があることも、街の外への恐怖を植え付けている一因だろう。


「ははは、そうだろうね。王都はすごいぞ。道の幅は大きくて、色んなお店が所狭しと並んでいる。貴族の大きな馬車が駆けていくところなんて圧巻の一言に尽きるぞ!」


 冒険者はよく喋る人だった。

 レオと私が相槌をうたずとも会話を一人で繰り広げていくほどに話し上手。冒険者ギルドでの登録の流れなども簡単に説明してくれた。


「人間の強みっていうのは、群れでいることだ。なるべくなら信頼のおけるパーティーで依頼に取り組んだ方がいい……まあ、誰彼構わず信頼するのも考えものなんだけどね」


 ほんの少しばかり苦い表情をして、草原を見据える冒険者。

 二の腕の傷を摩っていたが、私の視線に気がつくと気まずそうに顔を逸らした。


「クインベルから王都まで人間の足だと徒歩で一日ほどかかる。きびきび歩いて行こうか」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 レオと全く同じタイミングで同じ言葉を発してしまい、ハモってしまった気まずさに私は俯いた。

 隣を歩くレオは、私のことなど少しも気にしていない様子だった。



 冒険者に連れられて辿り着いた王都。

 城郭都市であることはクインベルと変わりないが、その大きさは月とスッポンぐらい明らかだった。

 なにせ、城壁の内側に家畜を放牧するスペースや畑があるのだ。


「おお、ここが王都か」


 思わずきょろきょろとしながら王都の街並みを歩く。

 レオはそんな私のリュックを掴んで、目的地の冒険者ギルドを目指して歩き出した。


「わわ、わっ!」

「よそ見してると迷子になるよ。観光なら冒険者ギルドの後でもいいだろ」


 やっぱりレオの考えていることはさっぱり分からない。



 冒険者ギルドは、王都の中でも古めかしい建物をしていた。

 冒険者は狩人と根源を同じくする最古の職業、その寄合ともいえる冒険者ギルドの建物には相応の年季があった。

 各都市に支部はあるが、人員と設備が最も整っていて依頼が集中しているのが王都の冒険者ギルド本部なのだ。


「ここが冒険者ギルドか……」


 ホールには依頼を張り出す掲示板があり、数人の冒険者たちがテーブルを囲んで座っている。

 厳つい武器に傷のある防具を着た彼らには、どことなく剣呑な雰囲気があった。


「冒険者ギルドへようこそ。新規ご登録の方ですね」


 水色の制服を着た受付嬢が手際良く書類を用意する。


「こちらの用紙にお名前と得意な武器と流派、出身地と使える魔術をお書きください」


 万年筆と用紙を渡された私はいそいそと記入していく。

 何故かレオも隣で用紙に記入していた。


「お二人とも出身地が同じなんですね。では、パーティーの仕組みについてご説明します」


 受付嬢はにこやかな笑みを浮かべて冒険者ギルドの制度やパーティーを組むメリットについて説明した。


「お互いの短所を補うことで、長所を殺すことなく活動できるという点がパーティーにあります。この為、冒険者ギルドはソロ活動よりもパーティーの結成を推奨しております。推奨人数は五人から十人程度。それ以上は規定により許可できませんことをご了承ください」


 『幼ブラ』にはなかった設定だ。

 言われてみれば、なるほどたしかに五人程度でパーティーを組んでいた気がする。

 シリウスもクリスティーナやレオを含めて五人パーティーだった。


 説明を聞きながら忘れないように頭に刻んでいると、いきなりレオがとんでもないことを言い出した。


「では、僕たちもパーティーを組もうか」

「うえっ?」


 レオは呆れた顔で私を見てきた。


「受付嬢の話を聞いていなかったの? 戦闘は得意で魔術が苦手な君と、戦闘は苦手で魔術が得意な僕が組まない理由なんてないでしょ」

「それは、そうだけど……」


 私がどもっている間にあれよあれよとパーティー結成の話は進み、『幼ブラ』の時のように私がリーダーとなった。

 当然、辞退したのだが、レオが「僕がリーダーになっても流れ弾で死んだんじゃ元も子もないでしょ。その点、クリスなら僕よりも生存する可能性が高い」と強い口調で言われては引き下がるしかない。


「パーティー名はどうしようか。何か縁起のいいものがいいらしいけど、何か案はある?」


 首を傾げるレオを見ながら、私は一つの覚悟を決めた。

 少なくとも、レオは今のクリスティーナを嫌っているわけではないらしい。そうであれば、自らパーティー結成を持ちかけたりはしないはず。

 冷遇さえしなければ、レオに恨まれるようなこともない。つまり、私次第なのだ。


「パーティー名は『シリウス』にしよう。おおいぬ座のなかで最も明るい恒星だ」

「うん、いいね。それにしよう。僕たちのパーティー名は『シリウス』リーダーはクリスティーナだ」


 何故かレオは満足気な表情で頷いていた。

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