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慢心を叩きのめす死亡フラグ

 前世の記憶を思い出したからといって、クリスティーナとして過ごしてきた十年間の記憶が消えたわけじゃない。


「お父さん、お母さん、ただいま〜!」


 作中ではかつてグリフォンを討伐した剣士として名を馳せた父と、宿屋を経営していた看板娘を母に持つとしか告げられていなかった。

 父エランドから討伐譚を聞き、母ユミルから冒険者の活躍を聞いて育ったクリスティーナは、未知と魔物に挑む冒険者に強い憧れを抱くようになるのだ。


「おかえり、クリスティーナ」

「やんちゃはほどほどにしておけよ、クリスティーナ」


 けらけらと笑うワイルドな父に綺麗な金髪を揺らして微笑む母。二人ともかなりの美人だ。

 クリスティーナが街一番の美少女と噂されるのも納得だ。


「お父さん、剣術おしえて!」


 夕食前に寛ぐ父に教えを乞う。

 街の外に出れば、そこは魔物が蔓延る領域。結界が張られているとはいえ、常に万全というわけでもない。

 身を守る術はあるに越したことはないのだ。


「お父さんはお仕事終わりでヘロヘロなんだが」

「素振りの型が合ってるか見て!」

「え……? まあ、それぐらいなら」


 渋る父を説得し、木剣を片手に意気揚々と中庭へ出る。

 Sランクにまで昇り詰めたクリスティーナのスペックが如何ほどのものなのか確認する必要もある。


「見ててね!」

「おう、ほどほどにな」


 前世では剣術どころか剣すら握ったことがないんだけど、クリスティーナの十年分の記憶があれば素振りぐらいならなんとかなるはず。

 素振りの方法なら、何度も父に習った。基本の型こそがもっとも大切で、全ての剣術に通じる。

 肘は閉じて正面に構え、体が温まるまでゆっくりと上から下へ振り上げる。単純な動作の反復だ。

 そう思って、握った木剣を持ち上げて振り下ろす。


「……クリスティーナ。素振りをするという話だったのに、庭の木を切り飛ばすとは聞いていないぞ」

「あれ〜?」


 そう、素振り。

 私の記憶が正しければ、素振りをしただけで斬撃は出ない。


 でも、目の前にある木(しかも父が日頃から特訓として使っていた頑丈な黒檀の木だ)が真ん中から折れていた。

 試しに何回か素振りをしてみる。

 小気味のいい音を立てながら大木は細かく砕けていく。

 一際大きな音が響いて、私が握っていた木剣が砕け散った。


 素振りの風圧だけで大木を切ってしまった。

 全力を出したわけでも、なにかスキルを使ったわけでもない。





「クリスティーナ、スキルを授かった君はもう他の人とは根本から違うんだ。その力を正しいことに使うんだよ」

「は、はい……」

「素振りの型も完璧だ。これまでどれほど口で言っても嫌がって素振りをしなかったからガタガタになっていると思ったけど、杞憂だったな」


 ポンと私の頭を撫でる父。

 家を壊さないでくれよ、とだけ言い残して家に引っ込んでしまった。

 取り残された私は手に持っていた折れた木剣を見つめる。



 全力を出したわけではなかったのに、素振りの風圧だけで木を切った。

 一巻の悪役かつ百年に一人の逸材と言われているクリスティーナのスペックは、私が想像していたより遥かに優れていたのだ。


 ……これ、ゴブリン相手に負けないんじゃね?


 そんな疑問が浮かんで来る。


 クリスティーナが死んだのは、作者の都合とかそういうのなんじゃないか。

 優れたスペックを持っていた悪役が、己の慢心から準備を怠った最悪な状況のなかで主人公とは無関係なところで惨めに死ぬ。

 追放モノによくある比較的良心の痛まないタイプの『ざまぁ』展開だ。


 うん、相当に馬鹿なことをしない限り、私が死ぬことはないはずだ。


「クリスティーナ、ご飯よ!」

「はぁい!」


 はー、安心したらお腹空いてきちゃった!

 ご飯食べたら魔術の練習だけして、早く寝よっと。




◇ ◆ ◇ ◆




「うがっ、あがっ、や゛、や゛め゛ッ゛……」


 鬱蒼とした森の奥地で、私はボタボタと鼻血を垂らしながら地面に這いつくばっていた。

 周囲には沢山の緑の肌をした最弱の魔物、ゴブリンどもが棍棒や石の剣を片手にわらわらと集まってきている。

 対して、私は身体じゅうが打撲痕まみれ。肋骨は折れているし、魔力は尽きてしまった。


「いやだ……こんなところで、ゴブリンに殺されるなんて……!」


 死の間際、私は十四年間の人生を振り返る。


 母譲りの整った容姿と剣術、優れたスキルとステータスから、私は『剣聖』と持て囃されてきた。

 己こそがもっとも優れていると信じて、疑うことすらしなかった。

 事実、私は無敵だった。

 誰もが私を尊敬の眼差しで見つめていたのだ。史上最強の鑑定士と謳われている、あのレオでさえ。

 その栄華も、今は見る影もない。


 全ての歯車が狂い出したのは、幼馴染のレオを追放したあの時からだった。

 これまで勝てる魔物にも負けるようになり、失敗を取り返そうと足掻けば足掻くほど空回りばかりするようになった。そんな私をメンバーは鼻で笑い、時には罵倒し、そしてあっさりと引き抜かれていった。


 転がり落ちるようにランクの降格処分を受け、辺境の激戦区送りにされ、手柄は揉み消される毎日。

 碌な装備も与えられず、ひたすら過酷なノルマを課され続ける。達成してもなかったことにされる。


『レオの才能に嫉妬し、目を背け続けた罰を受けなさい』


 冷酷な天才皇女は、レオのいない場所で淡々と私への罰を告げた。

 この過酷な環境は、なるほど確かに私がこれまでレオにしてきたことによく似ていた。


「ぎゃっ!」


 頭部を庇った腕に容赦なく棍棒が振り下ろされる。


 死は剣を握った時から覚悟していた。

 冒険者になったその日から魔物に負けて死ぬ日が来るだろうとは思っていた。

 ああ、それでも、ゴブリン風情に負けることがこんなにも悔しいとは思わなかった。

 どれほど優秀なスキルを持っていても、劣悪な環境に身を置いていれば弱体化は逃れられない。スキルは所詮、元の身体能力を強化するための略式簡易魔術でしかないのだから。

 この私ですら、こんなザマなのだ。この量のゴブリンが村に流れ込んだら、たちまちのうちに蹂躙されてしまう。

 もしそうなれば、子供が、女が、戦う術を持たない者たちが、酷い目に遭う。



 

 もっとマシな装備があれば、

 もっと回復手段があれば、


 この場に、



「ぁ…………れ、お……」



 彼が、いてくれたら────





◇ ◆ ◇ ◆




「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああ、あああ……」


 ドキドキを通り越して、むしろ痛い心臓を押さえながら何度も呼吸を繰り返す。

 見慣れた寝室を見回して、ようやく私は瞬きをした。


「ゆ、夢……?」


 どこにも緑色の肌をした、鷲鼻の魔物はいない。

 そもそも、見張りと結界で守られた街のなかに魔物はそう簡単には入り込めない。


 殴られた痛みはなく、身体のどこにも不調はない。

 それでも、胸の奥に蟠る悔恨と死の気配はこびりついて離れなかった。

 死にたくない。

 ただ、このままぼんやりとしていれば、あの夢が現実になる気がした。



「そうだ、もっと鍛えよう」


 クリスティーナは成人するまでの間、ひたすらに剣術を突き詰めていた。

 強くなるために、夢を叶えるために。

 そして、慢心して足を掬われた。


 ならば私は、生きる為に強くなろう。

 強いからといって、決して慢心せずにこの過酷な世界を生き延びてやる!


 覚悟を決めた私は夜が明けるまで魔術の練習にひたすら勤しんだ。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 原作のクリスティーナは、レオを認め、対等な関係を構築していれば一緒にいられたんですね。
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