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ステータスの儀と前世

 パチクリと音が聞こえてきそうなほど、水鏡に映ったもう一人の自分は目を瞬かせた。

 ハニーブロンドの金髪は肩で切り揃え、涼しげな翡翠の瞳を長い睫毛が彩っている。誰が見ても美少女と形容する姿に私は仰天しながら、周囲を見回した。


「わ、わあ……」


 まさしく鈴を転がしたような可愛らしい声が口から飛び出た。


 前世の記憶を思い出した私は、心の中で慌てふためきながらも目の前に立つ人を見上げる。

 正装に身を包んだ成人男性の神官は、厳かな面持ちで水晶を私の前に差し出した。


「クリスティーナ、この水晶に触れてごらんなさい。さすればあなたのスキルとステータスが分かるでしょう」

「は、はいっ!」


 そうだった。

 私の名前はクリスティーナで、ここは神殿。

 さらにいえば、今は【ステータスの儀】の真っ最中だった。


 この世界では、儀式の結果によって人生が決まる。

 生産系のスキルが判明すれば職人ギルドへ、戦闘系のスキルが判明すれば王宮からの招集もありえる。

 その結果を一目見ようと街では大騒ぎになるのだ。


 水晶に触れる手が思わず震えた。


 ────ゴウッ!


 透明な水晶の中に小さな火が生まれたかと思えば、髪が暴れるほどの強い熱風が吹き荒ぶ。

 目を丸くして驚く神官の姿が妙に見覚えがある。


「あれ? どこかで見たような気が……」


 既視感に首を傾げる。

 すぐに答えは出ず、ふるふると肩を震わせる神官の方がむしろ気になった。


「お、おお……齢十にして『豪炎招来』のスキルだけでなく『身体強化』を有している……これは紛れもなく百年に一人の逸材です!」


 神官の言葉に会場がどよめく。

 私と同じく【ステータスの儀】を受けにきた子供たちは拍手し、見守りにきた保護者たちが感心した様子で歓声をあげる。

 そのなかに、見覚えのある人を見つけた。

 黒髪黒目で猫背気味の、温厚そうな外観をした少年。

 これまでの既視感が一つの結論を導き出す。


「もしかして、レオ……?」


 その少年の正体は、私が前世で愛読していた追放モノの主人公でした。




◇ ◆ ◇ ◆




 キラキラとした目で少年レオは拳を握る。


「クリスのスキル、かっこいいなあ! 僕も強いスキルで悪い魔物をやっつけるんだ!」

「大事なのはスキルをどう使うかだよ」

「それはそうだけどさあ、やっぱ強いスキルの方がいいに決まってるじゃん!」


 にこにこしながら、私は無難な言葉をチョイスしてレオに釘をさしておく。


「そろそろ僕の番だ。並んでくるね」

「行ってらっしゃい」


 張り切るレオを見送りながら、私はダラダラと冷や汗を垂らしていた。

 どうやら私はラノベの世界に転生してしまったらしい。そういうジャンルのラノベも読んだことはあったが、まさか我が身に似たようなことが起こるとは思わなかったぞ。

 ここは「史上最強の鑑定士〜幼馴染の経営するブラックなパーティーから追放されましたが、天才皇女様に拾われました。溺愛されながら最強になった僕を連れ戻そうとしてももう遅い。僕を捨てた幼馴染に未練は欠片もありません〜」の世界なのだ。(縮めて幼ブラ)


 クリスティーナ・ベーグル。

 平民の家に二番目の娘として生まれる。類い稀なスキルが発覚して以降は目覚ましい活躍を続け、『シリウス』のパーティーリーダーとなる。

 主人公のレオとは幼馴染の関係であり、彼の初恋を奪った。

 性格はパワハラ気質の傲慢さが根っこにある。優れたスキルを持つが故に弱者を徹底的に見下す。

 その結果、彼女はレオの支援を失い、落ちぶれていく。


「……まあ、あくまで未来で仮定の話だから」


 周囲に聞こえないようにぶつぶつ呟く。

 不審者な行動なのは重々承知しているが、こうでもしないと不安のあまり叫び出してしまいそうだ。


 私の記憶が正しければ、クリスティーナは第一巻における悪役だ。

 戦闘スキルのないレオを追放するところから物語は動き出し、成り上がっていくレオと対照的に落ちぶれていく。彼の周囲をハイエナの如く嗅ぎ回っては、上から目線でパーティーへ戻るように威圧する。

 沢山のヘイトを稼いだクリスティーナ。最後は最弱の魔物に寄ってたかって蹂躙されて退場するのだ。


 前世は心臓発作、今世は魔物に殺されるなんて冗談じゃない。

 こんな見え透いた破滅フラグなど回避するに決まっている!


「でも、まずは本当にここが『幼ブラ』の世界なのか確認する必要があるよね」


 ほぼ確定ではあるが、念の為に確認を取ることにした。クリスティーナのスキルは記憶にあるものと同じだが、レオも同じとは限らない。

 記憶によれば、レオは物の名前が分かるだけの最弱スキル『鑑定』持ちであることが発覚するのだ。

 その場にいた者はレオを嘲笑し、クリスティーナを持ち上げるのだ。


 レオの名前が呼ばれると、シンと静まる。

 クリスティーナの幼馴染ということで、レオに注がれる視線には期待という名の重圧が込められていた。

 神官の声が響く。


「ふむ……これは平均的ですな。スキルも『鑑定』のみ。家業を継ぐのが良いでしょう」


 レオが俯く。

 誰も何も言わず、それどころかむしろわざとらしいほどに次の順番を待つ人の噂で盛り上がる。


 場の雰囲気としては、レオの評価は可もなく不可もなくという様子。


「あれ?」


 レオが嘲笑されなかったことに安心しつつも、違和感にまた首を捻る。


 記憶違いだったかな?

 いやいや、たしかレオは『クリスティーナは劣っていた僕より遥かにすごい』とか言っていたはずだから、【ステータスの儀】で嘲笑されたはず。


 落ち込んだ様子のレオがとぼとぼ歩きながら私の所へ向かってくるのが見えたので、思考は一時中断。


「あはは、僕『鑑定』しかないんだって」


 誰がどう見ても空元気の乾いた笑いだった。

 励ましの言葉をかけるべきか悩んだ私は、素直に前々から考えていた言葉を口にした。


「……それってキャベツとレタスの違いが分かるんでしょ? すごいじゃん」


 作中、冒頭部分でレオは己のスキルを似た野菜を見分けることぐらいしかできないと卑下していた。

 過去に初めてのお使いでキャベツとレタスを間違えたことのある私からすれば垂涎もののスキルだ。


「なにそれ」

「キャベツとレタス。似てるのに食感が違うなんて、もう初見殺しのトラップといっても過言ではないね」

「ええ……?」


 へにょりと眉が八の字になっていくレオ。

 落ち込み顔から困惑顔にシフトしていくに連れて、段々と私も困ってきた。


「な、なんか変なこと言ったかな、私」


 レオは頷いた。

 そして、真顔で正論をぶつけてきた。


「普通、レタスとキャベツは間違えないよ」


 前世の母さんとまったく同じことを言ってきたので、私はがっくりと項垂れた。

 そういえばこの話を聞いた級友にも笑われたことがあった。言い分もほとんど同じだった。


「そっか……レオは頭がいいんだね……」

「ええ……?」


 なんとも言えない空気に包まれながら、私たちはそれぞれの家へと帰っていった。

 こんな気まずい思いをしたのは久しぶりだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] レオが嘲笑されなかったこととクリスティーナが感じた違和感が気になりますね。
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