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絶望的な耐久戦

 暗闇に紛れて松明を持つゴブリンを狙って茂みや木の影からひたすら攻撃すること一時間。

 かつての仲間グレゴリアが見れば眉をひそめるであろう戦法で、どうにか私は囲まれる事を阻止していた。


「グギャッギャ」

「グギャギャ」


 目にするのはゴブリンとオークの群ればかり。この森に住んでいた動物たちのほとんどは鳥を除いて食い潰された可能性が高い。

 魔神は結界を張ってからは見物を決め込んでいるようで、声も姿もないが気配だけはする。


 孤立したゴブリンだけを狙って攻撃してきたこともあって、周囲は血の匂いに満ちている。標的にされたゴブリンたちは緊張しているし、食欲旺盛なオークは真夜中の軍事行動に腹を空かせている。

 そして、ついに均衡が崩れた。


「グギャア!」


 ゴブリンの悲鳴が結界に閉ざされた森の中に木霊する。荒い鼻息と血飛沫に混じって、骨と肉が砕ける音が響いた。


「始まったか、同士喰い」


 自然界において動物の個体数が大事だと言われているように、魔物も個体数によって均衡を保っている。

 ここにいるオークとゴブリンたちもその例に漏れず、体格と筋力に劣るゴブリンは個体数の多さでオークの襲撃を未然に防いでいた。

 食欲を刺激してやれば、たちまちのうちに理性を本能が上回る。悲しきかな、オークの脳の構造は動物とそれほど変わらない。場を整えてやるだけで、あとは同士討ちが勝手に始まる。


「自分で引き起こした事とはいえ、えぐいなあ……」


 あちらこちらでオークに襲われるゴブリンの断末魔が聞こえる。もちろんゴブリンもただでやられるほど軟弱ではない。武器を手に同族を食らうオークの急所を狙って攻撃している。

 騒ぎを聞きつけて他の地区を捜索していた魔物の群れが駆けつけ、より騒ぎは大きくなっていく。


「グギャアッ!?」


 同士喰いをさらに加速させるため、合流したばかりの冷静なオークの顔面にゴブリンの死肉を投擲。血と肉を浴びたオークはたちまち目の色を変えて身の毛もよだつ咆哮をあげる。

 そそくさと木の影に隠れ、血を木の葉で拭い落としてその場を離れる。


 結界がある以上、逃げ場はない。それは魔物たちも同じこと。

 内部から始まった崩壊は今や全般へと伝播している。混乱を治めるべき魔神は沈黙を保っているので、もはや全滅も時間の問題だろう。

 これならなんとかなるかもしれないと思った矢先の出来事だった。


「み〜つけたっ!」


 耳障りな声が聞こえると同時に、空から物凄い勢いで何かが落下してきた。

 周辺の木々を薙ぎ倒し、膨大な魔力を迸らせながら、魔神はケラケラと笑う。まるでおもちゃを見つけた子どものように口角を歪めているが、その目はどこまでも残忍な色を帯びていた。


「いいねえ、いいねえ、その反射神経! 捕まえて闘技場で戦わせるのもアリだ。きっと良い見せものになるぞ!」


 反吐が出るような下品なセリフを吐きながら、気取った様子で両手を上げる魔神。その足元には手下にしていたはずの魔物たちが肉塊と変わり果てていた。


「そう、それは光栄ね。どうやって私を見つけたの?」


 なんとか反応できたので寸前で回避できたが、威力がこれまで戦ってきた魔物たちとは桁違いだ。戦闘になれば確実に私が負ける。それだけはヒシヒシと直感が告げていた。

 魔神は目を細めて笑う。楽しくて仕方がないというように、手品の種明かしをしていく。


「魔神にはなあ、第三の目があるんだ。物質的なものじゃなく、あくまで概念的なものなんだけどなあ。魔力の色や形を見ることができるんだ」


 たしかに冒険者ドミニクを救出するために魔術を行使した。この魔神は魔力の残滓を追って私を見つけたのだろう。逆を返せば、もし冒険者ドミニクの言葉に従って私が逃げていた場合は余計に被害が広がった可能性があるということだ。

 最悪の可能性を回避できたことに胸を撫で下ろすことはできない。依然として危機的状況の最中にあるのだから。


「魔神の扱う魔法はどれも規格外だとは聞いていたけど、まさか目に魔力を物として捉える機能があったとは知らなかったわ」

「過去、偉大な魔術師として名を馳せた輩は大抵が俺より下級の魔神と契約して魔眼を手に入れているぜ。これは魔神界でも内緒なんだがな」


 舌打ちをしたくなるような気分だった。

 魔神の話が本当なら、魔術師を輩出する貴族の中に魔神と契約を交わしている連中がいるということになる。まだ読んでいなかった二巻の内容を、まさかここでネタバレを食らうとは思わなかった。


「その見返りは」

「お?」

「魔眼を与える代わりに魔神は何を要求したの?」

「なあ、人間。金も女も通じない相手と取引するなら、何を提示する?」


 魔神は笑う。どこまでも歪で、邪悪で、人が苦しむのを見て楽しんでいるのは一目瞭然だった。


「そこで警備の手薄な街の情報を手に入れたのね。下衆が」

「ふぅん、なるほど君が噂の冒険者クリスティーナかあ。実に俺好みの正義感に満ち溢れた女冒険者だ!」


 魔神の一挙手一投足にはらわたが煮え繰り返る。行き場のない怒りをなんとか飲み下して、無理やり頭を冷静にする。

 その様子を見ていた魔神は鼻でせせら笑った。


「いやあ、人間社会には君のような正義感の溢れる性格の持ち主が欠けている。目先の利益に目が眩み、命の尊さを軽んじるなど貴族として如何なものかと常日頃からこの俺『ザングリーズ』は思っていたよ!」


 大袈裟な身振り手振りで饒舌に語る。

 魔神サングリーズは口でこそ関与していないと振る舞っているが、語り方や言葉の選び方から見てやけに人慣れしていることは明らかだった。

 恐らくこの魔神も過去に何人かの魔術師と契約を交わして情報を入手し、それを元に襲撃を計画しては実行してきたのだろう。もしかすれば、今回も関与しているかもしれない。

 そんな私の考えを見透かしたように魔神は何か閃いた様子で手を叩いた。


「ああ、そういえば。つい最近、俺を呼び出した村長は汚職を揉み消すために襲撃してくれと頼んできたなあ!」


 無言で睨みつける私を他所に、魔神は目を細めて過去に思いを馳せていた。

 一見すると、魔神はどこもかしこも隙だらけ。だが、間合いを詰めて剣を突き入れることも魔術を唱えることもできない。息も出来ないほどのプレッシャーが行動を阻む。


「全くもって嘆かわしい。この世界を作った創造主はもっと高潔で誇り高く、清い心の持ち主だったというのに……まあ、魔神のみんなで食っちゃったんだけどね〜ギャハハハハハッ!」


 ひとしきり嘲笑った後、魔神は余裕のある表情で口を開いた。


「さて、結果は分かりきっているけど一つ提案をしよう。その魂を俺に捧げ、絶対的な服従を誓うなら配下に加えてやる。もし断るなら────」


 魔神は長い舌で爪に付着した魔物の血を舐める。

 闇に閉ざされた結界の中で、嗜虐的に光る銀色の目が殺気を伴って私に向けられた。


「その細い手足をバラバラにして、内臓をちゅるちゅる吸ってやるよ。もちろん村を滅ぼした後でな」


 どうやらこれ以上のお喋りによる時間稼ぎは不可能のようだ。覚悟を決め、魔神を真正面から見据える。

 ドミニクの救援が間に合わないとしても、常に最善を選んで尽くす義務が冒険者にある。最悪な状況を嘆くよりも、出来ることを見失わないようにする。それが私の選ぶ最善の選択肢だ。


「たとえこの身に代えてでも、あの村にいる人たちには手出しさせない」

「あは、あはは、あはははっ! サイッコー!!」


 その高笑いを合図に、私たちは同時に地面を蹴った。

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