魔物の大暴走
前話の終わりが中途半端みがあったので、追記しました。後半ぐらいから足しただけです。
時間がない人向け→村長と話して先発の冒険者が行方不明と知る。魔神かもな、いやいやいるはずないでしょ、とりあえず調査しましょ(極大フラグ)
時刻は昼過ぎ。
太陽が真上にあったとしても尚も森の中は薄暗い。
開拓村の周辺をグルリと取り囲むのは、鬱蒼と茂る深い森だ。
そこに生えている木々は幹が太く、かなり高いところに枝が生える為、『斥候殺し』の異名を持っている。木々のしなりを使った罠や、頭上からの攻撃ができるような位置に枝が生えていないのだ。
「ゴブリンとオークの足跡……」
そんな森で地面に這いつくばりながら足跡を調べる者が一人。もちろん私である。
「種類の違う魔物は群れて行動しない。魔神がいる場合を除いて……やっぱり魔神じゃないか」
前世の記憶を取り戻したのが五歳の頃。それからもう十年ほど経過しているので、『幼ブラ』の話の細かい所は覚えていないが、この件が影響して後々に百を越えるゴブリンの群れが出現することだけははっきりしている。
クリスティーナのスペックでは、魔神に勝つことはできない。レオとアケミ皇女が力を合わせてやっと勝利できるほどに強いのだ。
それにしても、依頼の話を聞いた時から奇妙な違和感がずっと付き纏っていた。その正体にやっと気づく。
「前世の記憶よりなんだか前倒しなような……?」
開拓村の背景に魔神の影響があったのは間違いないが、その発覚はレオが追放されてからだいたい一ヶ月後。
私が変に破滅を回避しようとしたからややこしいことになっているが、魔神が動き出すにはまだ早すぎる。
物思いに耽る暇もなく、騒がしい集団が接近してきたことに気づく。
「また見回りか」
遠くに見える魔物たちの群れを見つけ、その場で跳躍して上空にあった頑丈そうな木の枝に掴まる。
〈飛翔〉の符呪がなされたブーツは、着用者の脚力を大幅に上昇させる。燃費の悪さによる回数制限を差し引いても、この森ではかなり大活躍だ。
なにせ、頭上に隠れるのは困難という共通認識があるので、上を気にかける魔物はいないのだ。
「プギーゴフッゴフッ!」
「グレギャギャ!」
遥か足元をゴブリン三体とオーク一体が隊列を組んで哨戒している。豚のような鼻をした巨大な二足歩行の魔物オークを緑色の肌をした醜悪で小柄な体型をした魔物ゴブリンが先導。連帯して背後を警戒している。
組織だった動き方は自然に身につくものじゃない。やはり魔神が絡んでいると見て間違いはない。
「ふう、行ったか」
魔物が去ったことを確認して、なるべく音を立てないように地面へ降りる。
羽織っているローブは〈隠密〉の効果があり、体臭や音を消す効果を持つ。過信は禁物だが、ゴブリンやオーク相手ならば十分に効果を発揮する。
これで魔物と遭遇するのは、森に入ってから十回目。
見回りと遭遇する頻度が増えたということは、それだけ魔物たちの拠点に近いということ。魔神がいる証拠を掴めば、討伐隊を派遣する理由になる。
多少の危険を侵す必要はあるけれど、村一つどころか国を救えるのだから安いものだ。
見つからないように気をつけながら進むこと半日。
開拓村の住民ですら知らないような洞窟の前に巨大なテントを見つけた。
「……ここが、拠点か」
想像の三倍ほど大きな魔物の群れがそこにあった。
風下にいるので、魔物の群れが生み出した排泄物や血の匂いが鼻腔を殴りつけている。食べ散らかした動物や哀れな犠牲者の骨がそこかしこに散らばっていて、それを踏み締めた魔物が他の魔物に威嚇されていた。
百を超える数の魔物は、夢で見たことがある。それでもこれは、かなり想定外だ。ざっと数えても二百はいる。その中心にいるのは肥大した角の生えた小柄な二足歩行の生き物。
一目見た瞬間に理解した。
「ふむ、魔物の数は順調に増えているな。明日の襲撃の前に予定していた数が揃ってなによりだ」
魔神だ。額に禍々しい角、背中には一対の蝙蝠の翼、四肢の末端には鋭い爪が生えている。
まるで生き物の優れた部分を継ぎ接ぎしたかのような歪さがそこにあった。
しかも襲撃は明日だという。これは村に戻って討伐隊を編成しても間に合うかどうか。
「…………」
『依頼失敗にして逃亡する』という最悪の一手が脳裏を過ぎった。二百の魔物の群れに勝てるはずがない。多少の悪評は付き纏うだろうが、死ぬよりは遥かにマシだ。
冷や汗が頬を伝い落ちる。それを拭って、私は弱い心の囁きを却下した。
これからどうする?
時刻は夕暮れまであと三時間ほど。ここで村に戻って避難を呼びかけたとしても、近くの要塞まで一日はかかる。
この膨れ上がった魔物の食い扶持を維持する為に、魔神は追撃の手を放つだろう。そうなれば確実に村は壊滅する。
せめて、この調査依頼がもっと早ければ……。
「おい、ゴブリン。まだ追加の冒険者は見つからないのか?」
「グギャア……」
「チッ、無能め」
魔神が四肢を振るうと、首を垂れていたゴブリンの頭部が血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。
「ああああ〜捕まえた冒険者に村が滅びるところを見せるのが俺は何よりも好きなんだよお……特に正義感の強い女の冒険者がよお、燃える村を見ながら怒りに震える姿が何よりも“大好物”なんだよお……!」
身長よりも遥かに長い舌がにょろにょろと魔神の周りを舐め回すかのように動く。ぴちゃぴちゃと魔物の血を舐めとる姿は不気味だった。
「にしても変だよなあ……単独で活動している冒険者が魔物の警戒網をすり抜けられるはずがない。さては魔道具でも購入したか〜?」
ぐひぐひと笑う魔神の声に魔物たちは肩を震わせて怯えていた。気配を消してその場で粛々と武器を作っている。
証拠集めの為に拠点を目指したが、密度が高すぎて近づくことすらままならない。困り果てていると、松明が設置された場所の近くに巨大な檻があるのを見つけた。
「クソッ、武器さえあればこんな奴……!」
冒険者と思しき人物が檻に閉じ込められていた。右頬が腫れているが、叫んで暴れては身を捩っているので元気が有り余っている様子だ。
物的証拠には乏しいが、囚われていた人物の証言ならば十分に信用される。
まずはあの冒険者の救出を大前提として、どう救出するかを考えて作戦を立てる。
失敗が許されない状況。絶望的な戦力差。そんな場面を前にして口からこぼれ出したのは、弱音だった。
「……この場にシリウスのみんながいてくれたらなあ」
どこを探してもあの日のシリウスはいない。レオが離脱し、メンバーたちがそれに同調した。シリウスとして活動ができない以上、他のメンバーを募ることもできない。問題児扱いのパーティーに入る奇特な冒険者などそもそもいない。
破滅フラグを回避するはずが、回り回って自分の首を絞めている状況だ。それでも、この依頼を引き受けたのは────
「見捨てるわけには、いかんよなあ……」
開拓村で見かけた不安な面持ちをした子連れの夫婦。手を組んで祈りを捧げる老婆の背中を摩る老人。村の異様な雰囲気を察してぐずる子どもをあやす姉らしき人。
彼らを見捨てて逃げる事は簡単だ。クリスティーナならそれを選んだかもしれない。それでも、私はそれだけは選べなかった。選びたくなかった。
脳裏を過ぎるのは、父エランドと母ユミルの姿。私は彼らの娘を奪ってしまった。レオの離脱宣言も、メンバーたちの追従も、破滅から逃れる為に色んな物を犠牲にしてきた私への報いなんだ。
だから、きっとこれは前世の記憶に対する自分なりのケジメだ。
この依頼で命を落としてでも、あの村を救う。
そうしてやっと私は悪役の呪縛から解放されて前を向ける。
「生きて帰れたら、みんなに謝らないとな……」
夕焼けに照らされる魔物の拠点を見つめながら、淡々と少しでも可能性の高い救出作戦と万が一について考え続けた。