離脱宣言
「レオ、支援魔術を頼む!」
「了解です!」
レオの支援魔術〈加速〉がグレゴリアの身体を包む。風を纏ったオーガの女騎士は、キャラバンを襲おうとしていたゴブリンの前に立ちはだかった。
構えたアダマンタイトの大盾にゴブリンたちの放った矢が弾かれる。
「『身体強化』」
ゴブリンたちが怯んだ隙を突いて、私はスキルを使って魔物たちに肉薄。カッツバルケルで一匹ずつ確実に仕留める。
「ふう、こんなものかな。みなさん、怪我はありませんか?」
私はゴブリンの身体から剣を引き抜き、唖然とした様子のキャラバン商人たちに声をかけた。
「あ、ありがとう。まさか冒険者のパーティーに助けてもらえるとは。これも神の采配か」
「まずは冒険者ギルドに戻りましょう。ゴブリンに襲われていた状況を詳しくお聞きします。それから報酬について話しましょう」
私の言葉に商隊の指導者と思しき壮年の男は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
『騒めく洞窟』から帰還している最中のこと、ゴブリンの群れに襲われるキャラバン商隊を見かけた私たちは救助することに決めた。
本来なら、魔物に襲われた商人の救助はそれほど旨味がない。そもそも金があるなら自前の護衛を雇う。もし魔物相手に死亡するような護衛を雇った時点で、商人として致命的な欠陥を抱えているからだ。
しかし、今回の私は救助を決意した。何故なら、『幼ブラ』の一巻で大問題となる魔物の大群集が発生する予兆がキャラバン商隊の壊滅なのだ。
この件についてパーティーの中でもグレゴリアだけが強く反対していた。
「こんな奴らを襲うような小さな魔物風情を撃退して何になる……」
不満そうに盾を背負いながら商人たちを睨みつけるグレゴリア。強き者こそ全てを牛耳る権利を持つという価値観から成り立つ社会に生きてきた彼女にとって、商人は鍛治職人と違って『他人を騙して金を取る悪どい連中』という認識なのだ。
この辺りでは見かけないオーガの姿に商人たちも気になるのかチラチラと視線を送っていた。
怪我人の簡単な手当だけをして、私たちは商隊を連れて冒険者ギルドへ帰還した。
受付嬢リリスに話を通して商隊がこの辺りでは見かけない魔物であるゴブリンに襲われたこと、その数が生態から考えても狩りに赴くようなものではなかったことを冒険者ギルドの保管する調書として作成。
冒険者ギルドは、各地の被害状況から討伐する魔物の種類や数を決める。裏をかえせば、誰も殺さないような魔物は毛皮に価値でもない限り冒険者に狙われない。人が死んで初めて腰を上げる側面がある。
「シリウスのクリスティーナ様、今回はお陰様で積荷のほとんどを失わずに済みました。少ない謝礼ですが、どうぞ受け取ってください」
商隊を率いていた指導者から少なくない額のお金を渡される。目を丸くする私に彼ははにかみながらそっと小声で告げた。
「お恥ずかしい話ながら、私たちはご覧のとおり外国から来た流れ者でして、戦乱の続く国から亡命したはいいのですが誰も頼れず……ゴブリンに襲われた時は壊滅を覚悟しました」
そう言われて、私はこの時やっと気づいた。
商人たちは『幼ブラ』のヒロインである天才皇女アケミのいる帝国では一般的な絹で作られた服を着ていた。
だから、私はそれほど深く考えず、前世で読んだ『幼ブラ』の知識を口にした。
「それは大変でしたね。ああ、そうだ。これから護衛を探す時は三番通りにある『グリフォンの牙』を使うといいですよ。あそこの店主は誠実な人ですから、信頼できる護衛を適正価格で紹介してくれるはずです」
「おお、そんなところがあったんですか!」
商人はえらく感動した様子で深く頭を下げる。
「支度を整えましたら訪ねてみます。重ね重ねありがとうございました。もし拠点を変更する際は、ルビー商隊をご利用ください。日用品を販売いたします」
なんか感謝されっぱなしで背中がムズムズしたが、商人たちと無事に別れてその日は解散とし、先にダンジョン攻略完了の報告を済ませる。
次の日、シリウスは報酬を受け取るために冒険者ギルドを再訪していた。
冒険者たちの間でシリウスの名前が聞こえるたびになんだか恥ずかしくなってくる。噂の種になるのも目立つのも慣れない。
「まあ、あのダンジョンを初日で攻略したシリウスの方々ではありませんか!」
受付嬢リリスは昨日の淡々とした態度から一変、両手を叩いてはしゃぐ。その視線がチラリとレオの方を向いた。
それを見て私はピンときた。
レオは女性ウケのいい童顔だ。おまけに物腰低く丁寧なので、恋に飢えている女冒険者から狙われている。恐らく受付嬢もその一人だろう。『幼ブラ』でも匂わせるような描写があったなあ。
甘酸っぱい恋模様にホッコリしていると、なにやらレオの様子がおかしいことに気づいた。俯いてプルプルと肩を震わせている。
そしていきなり叫び出した。
「もういい、こんなパーティーにいつまでも所属していられるか! 僕は離脱させてもらう!」
「レオ、いきなりどうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。僕だって戦えるのに、いつまでも荷物持ちをさせられて蔑まれるようなパーティーに所属している理由はない!」
その言葉を聞いて、私はここ最近のレオの不審な行動の数々の動機に気づいた。
どうやらレオは劣等感に苛まれているらしい。役に立ちたい、見返したい一心で番人戦の時に弓を使ったのだろう。
その気持ちは分かる。分かるけれど、今の彼は視野が狭くなり過ぎている。
「レオ、何度も言うようだけどあなたの支援魔術は────」
残念ながら、私の忠告は遮られた。
他ならぬ冒険者ギルド側の人間である受付嬢リリスの手によって。
「レオ様の仰る通りです! クリスティーナ様……いや、クリスティーナ。パーティーメンバーへの不当な扱いなど、あなたの悪行の数々は既に本部に報告済みです!」
「は?」
空いた口が塞がらないとはこの事か。
レオは腕を組み、目を釣り上げて私を睨んでいる。
「レオ様の優秀な能力に目をつけ、無能と周囲に言いふらして囲うなんて人として最低の行為です! 恥を知りなさい!」
唖然とする私に受付嬢リリスはビシッと人差し指を突きつけてきた。困惑する私をよそに、メンバーたちが続々とレオの背後に立つ。
一人ぼっちの私と、レオを筆頭としたシリウスたち。まるで対立があったかのような構図だ。
「もうお前の言いなりはうんざりだ。お前に従うメリットがない以上、リーダーは相応しい人物に交代するべきだと判断する」
昨日、妨害魔術の致命的な欠点である発動の遅さを指摘した以外に嫌われる心当たりはない。その指摘も危険を未然に防ぐためのものだったから、てっきりバジルも了承しているのかと思っていた。
どうやら私がそう信じたいだけだったみたいだ。
「ゴブリン如きに怯える弱者など反吐が出る。今すぐ私の前から失せろ、屑が」
ルビー商隊を助けたこと、ゴブリンを相手に警戒したことを、グレゴリアは気に食わなかったらしい。これから起こる惨事と私の事情を知らないとはいえ、ちょっと視野が狭窄すぎやしないか。
「申し訳ありません、クリスティーナ。私は友情よりも恋を選びます」
ルチアに至ってはもう訳がわからない。恋と友情を天秤にかけないという選択肢はなかったのか。なかったんだろうなあ、生真面目で責任感が強いから……。
「な、なんで……?」
上手く破滅フラグを回避していたじゃんか。
仲良く冒険者活動してたじゃんか。
そんな私の釈然としない思いなどつゆ知らず、受付嬢リリスは確信を抱いた顔で宣言する。
「クリスティーナ、あなたに下る処分は重いものとなるでしょう。これまでレオ様を虐げた日々を思い、恐怖に震えなさい」
虐げたことなどありませんが?
そもそも冒険者ギルドはパーティーの人事に法律違反以外では不介入が原則では?
想定していた未来とかけ離れていく現実に思考が追いついていなかったが、それもバジルの何気ない一言ですぐに解決した。
「新しいパーティー名は何にする?」
レオは晴れやかな顔で言い放った。
「そうだな、シリウスなんてしみったれた名前は今日で捨ててしまおう。そうだな、『プロメテウス』なんてどうだ?」
ああ、そうか。『幼ブラ』だとクリスティーナがレオを追放するけど、今はクリスティーナがシリウスの名前ごと捨てられるんだ。
「……そっか」
ほんの少し寂しい気持ちもしたけれど、メンバーたちの和気藹々とした雰囲気を見て感情を押し殺すことに決めた。
グレゴリアは『ドラゴン討伐』という目標を掲げて目を輝かせているし、バジルは自信に満ち溢れているし、ルチアは頬を染めて幸せそうにしているし、レオは明るい顔でリーダーとして頑張ることを宣言している。
みんなが決めたことなら、それを応援するのがリーダーじゃないか。想像していた破滅フラグの回避とは少し違ったけれど、これもこれでいいじゃないか。
「ハッ、見ろよ負け犬の女剣士が何も言えずに尻尾巻いて逃げていくぜ!」
「やーい、やーい、臆病者! ゴブリンにでも嫁いで養ってもらえ!」
何も知らない第三者が喚き立てるのを無視して、私はその場を立ち去った。プロメテウスの活躍と順調な滑り出しを祈りながら……
こうしてシリウスの名は嘲笑の的になり、新しく結成されたプロメテウスは期待のホープとして注目を浴びた。
そんな私の面子に泥を塗るような事件が一ヶ月後に起きるとは、この時の私は知る由もなかった。
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