ダンジョン攻略
番人の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
これまでの比ではないほどの濃密な殺気と怒り、それに飢餓の混ざった独特な緊張感が肌に伝わる。
シリウスのメンバーは無言で立ち位置を確保した。前衛の私とグレゴリアが前に、後衛のバジルとルチアが中距離に、レオは追加の魔物が来ないように元の道を見張っている。
私たちは頷き合い、作戦の通りに行動を開始した。
「〈鈍化〉〈加重〉」
〈鈍化〉は魔物の体内を流れる魔力に干渉して行動を阻害させ、更に〈加重〉によって大気の魔力を操作して動きづらさを追加させる。無属性の魔力を持つバジルだからこそできる芸当だ。
「グギギ?」
違和感に番人が気づく。ギョロリとした一つ目を動かし、視界に飛び込んだ緑色の獲物を見て涎を垂らす。久しぶりのご馳走でも想像したのか、卑しく舌なめずりをして四肢に力を込めようとした。
「させませんよ、〈聖盾〉!」
澱んでいた洞窟内に満ちていた瘴気をルチアの聖なる魔力が押しのける。神の加護を得た聖女はその場で祈りを捧げるだけで魔物を浄化できるらしいが、駆け出しの神官でも魔物の強化を打ち消すことはできるらしい。
番人が怒りの咆哮をあげるよりも早く。
「『身体強化』」
全身に力がみなぎる。
忍び足で距離を詰めるのはやめて、一気に力強く踏み出す。
「『豪炎招来』」
スキルを発動し、炎を剣に纏わせる。狙うは番人の目。
番人が振り返るや否や、私は渾身の一撃をその巨大な目玉に叩き込んだ。
その瞬間だった。
「!」
視界の端にレオの姿を捉えた。遥か後方にいるはずの彼が、何故か弓に矢をつがえてこちらを狙っている。
考えるよりも早く体が反応した。首を傾けた直後、矢が頬を掠めて番人の体に突き刺さる。番人が苦渋の呻き声を漏らし、隙を見せた。
グレゴリアがメイスを思いっきり振って番人の脛を殴打。
「グギャア!」
痛みに番人が悲鳴をあげる。
なんでレオがこの場にいて弓を持っている?
そんな疑問に対する答えを導き出すよりも、私はまず目下の脅威を排除するべきだと判断。
「は? は? はあ? よく分からないけど、これでトドメだ!」
ズバッと目玉を切り捨てて、番人は沈黙する。ダンジョンの最奥にある扉の方角からカチャンと鍵の開く音が響いた。
ひとまず誰も怪我することなく番人を討伐できたことにほっと胸を撫で下ろす。
「もう、レオ。弓を使うならもっと早く言ってくれてもよかったじゃん!」
良い上司は、怒る前に何故ミスやトラブルが起きたのか明らかにする……と前世で学生をしていた私は信じていた。いい教師というのが親身になって経緯を明らかにしてくれる人だったことも影響している。
なので、どうしてレオが作戦とは違う行動を取ったのか明らかにするべきだと考えた。
「クリスティーナ、僕の矢が番人にダメージを与えた所を見たか!?」
レオは興奮した様子で弓を握りしめていた。
折り畳み式のコンポジットボウを護身用に購入しているのを見かけたが、まさかここで使うとは思いもしなかった。それに、その弓はまだ練習途中のはずだ。
「レオ、今回は私が反応できたから良かったけど、誰かに当たることも考えて弓を使う時は可能な限り教えて欲しいな」
私はあくまでやんわりと事故が起きる可能性があることも伝えながら、再発防止の為の改善案を提示したつもりだった。
「クリスティーナ、手柄を立てようとした仲間に対してその言いがかりはなんだ?」
目を釣り上げたグレゴリアが反論した。
バジルは魔導書を開いて呪文の改良に勤しんでいる。ルチアはおろおろと皆の顔を見るばかりだ。
「まあまあ、グレゴリアさん。“そんなことより”早く財宝を見てみましょう。Dランクのダンジョンでも今日の夕食分ぐらいは稼げるはずです」
まるでリーダーのように場の流れを切り替えたレオの後ろ姿を、私は釈然としない気持ちで眺めていた。
誤射の可能性を指摘したことが言いがかりと言われたことも、“そんなこと”と流されたことも胸にモヤモヤが残る理由だった。
魔導書を片づけたバジルが冷めた目で私を一瞥した。
「クリスティーナ、そこで何をボーッとしている。さっさと行くぞ」
「あ、ああ、うん。そうだね」
もやもやとしたものを抱えたまま、私は真の意味で最奥の部屋である財宝へ仲間たちと向かった。
小さな部屋に杖が一つ台座に設置されている。
『騒めく洞窟』を攻略したものだけが手に入れられる魔法の杖だ。
限定的な効果からすぐに売りに出されるか分解されてしまう代物だが、支援魔術に才能のあるレオならば有効に使えるはずだ。
「ふむ、この杖は支援魔術を高める効果を持つ。俺には不要のものだな。レオ、お前がこれを持っていろ」
「分かった」
杖を受け取ったレオは鞄にしまった。
地面に転がっているその他の金貨や銀貨、ネックレスなどをかき集める。もちろん、番人から取れる素材の回収も忘れない。
「じゃあ、冒険者ギルドに戻って報告しようか」
この日を境に、シリウスは結成当日にダンジョンを攻略した新進気鋭の冒険者パーティーとして名を馳せる。
全てが順調だった。
レオが離脱を宣言するまでは……。
次でプロローグに繋がる、というややこしい話の構成ですがなにとぞ「いいね」だけでも……