プロローグ
多少の失敗やミスはあったが、概ね順調に破滅フラグを回避出来ている。
『シリウス』という冒険者パーティーを率いているクリスティーナこと私は、ダンジョン攻略の報酬を分けながら達成感に包まれていた……幼馴染のレオから爆弾発言が飛び出すまでは。
「もういい、こんなパーティーにいつまでも所属していられるか! 僕は離脱させてもらう!」
黒髪黒目の少年レオは机を両手で叩くと、冒険者ギルドのホール全てに響き渡るような声量で叫んだ。
他の冒険者たちが何事かと好奇の視線をこちらに向ける。ただでさえ注目の的になりがちなシリウスの醜聞ともなれば、彼らは喜んで噂を広めるだろう。
「レオ、いきなりどうしたの?」
私は努めて冷静な対応を心がけて彼に声を掛けた。
なにせ、レオはクリスティーナの破滅フラグの象徴である。彼の機嫌一つで私は惨めに死ぬ可能性だってあるのだ。
「どうしたもこうしたもあるか。僕だって戦えるのに、いつまでも荷物持ちをさせられて蔑まれるようなパーティーに所属している理由はない!」
その言葉に私は衝撃を覚えた。同時に『何を言っているんだこいつは』と頭を抱えたくなってしまうのを堪える。
レオの適性は後衛だ。支援魔術を己に付与して戦うこともできるが、その反動はかなり強い。ここぞというタイミングで使用して魔物を討伐したからといって、それで終わりなわけがないのだ。
「レオ、何度も言うようだけどあなたの支援魔術は────」
もう何度目になるのかも忘れるほどに口にした説教は、最後まで言葉にすることはできなかった。
何故なら、冒険者ギルドの受付嬢リリスが私の発言を遮ったからだ。
「レオ様の仰る通りです! クリスティーナ様……いや、クリスティーナ。パーティーメンバーへの不当な扱いなど、あなたの悪行の数々は既に本部に報告済みです!」
「は?」
思わず間抜けな声が口から出た。
悪行? 不当な扱い? 一体なんの話をしている?
「レオ様の優秀な能力に目をつけ、無能と周囲に言いふらして囲うなんて人として最低の行為です! 恥を知りなさい!」
ビシッと受付嬢が私の顔に人差し指を向けた。反論しようとした私は更に絶句することになる。
メンバーたちが続々と立ち上がり、レオの背後に立ったのだ。その表情は険しく、まるで悪行を重ねた冒険者に向ける冷たい視線で私を見下ろしていた。
「もうお前の言いなりはうんざりだ。お前に従うメリットがない以上、リーダーは相応しい人物に交代するべきだと判断する」
淡々と私を否定したのは、魔術師のバジルだった。
緻密な術式とこの世界で未だ研究の進んでいない無属性による妨害魔術は、数々の強力な魔物を屠ってきた。
「ゴブリン如きに怯える弱者など反吐が出る。今すぐ私の前から失せろ、屑が」
私を屑と罵ったのはオーガ族の女騎士グレゴリア。
攻撃力に乏しいながらも、類い稀な防御力向上のスキルによりパーティーの盾として魔物の一撃に耐えてきた。
「申し訳ありません、クリスティーナ。私は友情よりも恋を選びます」
ポロリと涙を零しながら頭を下げたのは聖女ルチア。
生傷の耐えない冒険者活動において、回復に特化した彼女の世話にならなかった日はないといっても過言ではない。
「な、なんで……?」
シリウスは良きパーティーだった。みんなで助け合い、困った時はなんでも頼れるような間柄だった。
そう思っていたのは、私だけだった。
「クリスティーナ、あなたに下る処分は重いものとなるでしょう。これまでレオ様を虐げた日々を思い、恐怖に震えなさい」
私は無言で頭を抱えた。受付嬢リリスの言葉さえ聞こえない。
何もかもこれからだった。ようやく私は破滅に怯えることなく、仲間たちと仕事に励めると思っていたのに。
「新しいパーティー名は何にする?」
「そうだな、シリウスなんてしみったれた名前は今日で捨ててしまおう」
和気藹々と新しいパーティーを結成する彼らを見て、私は唐突に悟った。
ああ、そうか。悪役が我が身可愛さに善行したところで、本筋は変わらない。レオは頭角を現し、クリスティーナはその踏み台となる。そして、最後は惨めに死ぬ。それが運命なのだ。
「ハッ、見ろよ負け犬の女剣士が何も言えずに尻尾巻いて逃げていくぜ!」
「やーい、やーい、臆病者! ゴブリンにでも嫁いで養ってもらえ!」
冒険者ギルドを立ち去ろうとする私の背中に向けて野次馬の冒険者たちが心無い言葉を投げかける。
私は唇を噛み締めて、早足で冒険者ギルドの扉を潜った。街中を走る間、シリウスとして過ごした日々が蘇る。その輝かしい日々と出来事を私は思い出していた。