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魔道のマナー  作者: 青梨
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クラリス姉様

 父と和解した二日後。また父は仕事のため暫く家を空けることになり、今日がその出立の日だ。なんでもここから東にある国で革命が起き、王政が打倒されたそうだ。

 その一報がこの家に届いたのは昨日であり、今日の朝刊では国中にその事実が知られることとなった。革命自体の発生は父は王都に行った際に知ったようで、周辺諸国との会合のために今日からまた忙しく動き回るそうだ。

 そんな父の見送りに、屋敷中の人間が玄関前に集まっており、私と母もその場にいた。


「ではリディ、私はそろそろ出発する。私が留守の間家のことは任せた。何かあればギルやイザベルと相談して解決してくれ」

「はい、あなたも大変でしょうけどお仕事頑張ってくださいね」

「ああ。クラリス、お前に対して改めて私から言いたいことは特にないが、リディが困っていたら支えてやってくれ。家族のことをよろしく頼んだぞ。それとダミアン、いつまでもそうやって姉のクラリスに甘えてばっかりいないで、私が帰ってきたときには少しは成長した姿を見せてくれよ」

「はい、お父様。家と家族のことはお任せ下さい。お父様もお勤めに御励み下さい」


 父の言葉にしっかりとした返答を返すクラリスに対し、その弟のダミアンは姉の後ろに縮こまって「……うん」と聞こえるか聞こえないかくらいの声で頷くだけだった。


「駄目でしょうダミアン。ちゃんとお父様に顔を見せてお見送りしないと」


 そう言い強引に前に出されるダミアンを見て頬を緩めた父は、一頻りその頭を乱暴に撫でると最後に私と母の方に顔を向けた。

 そこに言葉は無く、父は笑みを浮かべて静かに頷き、私と母も軽く頭を下げた。


「行ってくる」


 それだけを言い残すと、父は魔道車に乗り込み護衛と共に出発した。






 父が乗る車とその護衛が家の敷地を出てその姿が見えなくなるのを確認すると、その場に居合わせた人物は各々に解散していった。

 私と母もその場を離れ一度部屋に戻ろうとしたのだが、背中から唐突に声を掛けられた。


「待ってくださいミーナ」


 そう私に声を掛けてきたのは、歳が3つほど私の上になる姉のクラリスだった。


「アナベル様、少しミーナと話をさせて頂いても構いませんか?」


 その言葉に母は頷いて「ミーナちゃんをよろしくね」と返すと、一人先に部屋に戻って行った。


「前々から気になっていたのですが、私の母様はクラリス姉様に対して些か以上に気安いように感じます。これには何か理由があったりするのですか?」

「ミーナは知りませんでしたか? ……そういえばミーナは昔から書庫に通ってばかりで、あまり身体を動かすといったことに興味がありませんでしたね。ええ、私は以前アナベル様から武術に関してご教示願ったことがあるのですよ。今ではそのような機会を持つことは無くなりましたが、私としては今でもアナベル様を師として尊敬していますの」


 先日母が国有数の強者であることを知ったばかりだったが、こんな身近にもそれを知るためのヒントがあったことに、私はそんなにも母に興味が無かったのかと、またなんとも言えない気持ちになった。


「それは初耳でした。……というより、その機会が無くなったのは私が原因ですよね?」

「いいえ、ミーナ。それは違います。確かにそれも原因の一つであったことは否定しません。ですが、元々貴族の子女である私が平民であったアナベル様に教えを乞うこと自体、よく思わない人たちがいたのです。どうせ学ぶのならば、正式な騎士の位を戴いた方からこの国伝統の武術を学べと、遠回しによくそう言われたものです。現状はあなたの事情も含めそれらが積み重なっただけの結果に過ぎず、遅かれ早かれ今の形に落ち着いたことでしょう。ですからこの事についてあなたが自分を責める必要は何もありません」


 落ち着いているが力強く威厳を感じさせる口調。僅か8歳ながら感じさせるこのカリスマ性に、私なんかとは違う本物の才能を感じた。


「そう言っていただけると気持ちが軽くなります。ありがとうございますクラリス姉様」

「お礼を言うことはありませんよミーナ。私たちは家族ではないですか」


 その微笑みに思わず見惚れそうになるのをどうにか堪え、本題を切り出す。


「それでクラリス姉様、今回呼び止めたのどのような用件があったからなのでしょうか?」

「あら、なにか用がなければ話し掛けてはいけませんでしたか? ふふっ冗談です。もちろんあなたと少し話がしたかったというのもありますけれども、聞きたかったのはお父様とのことについてです。先日アナベル様と共にお父様と話をしたそうですが、何かありましたか? 先ほども、はたから見ていてなんだか良い雰囲気を感じましたよ」

「はい。その、父様と仲直り? したんです。父様は私と母様のことをずっと考えてくれていて、今すぐは無理だけど!いずれ私と母様がこの家の一員に戻れるようにしてくれるって、そう言ってくれたんです」

「まあ……! それはおめでとうございます。私としてはいずれでは遅すぎると思うのですが、それは私が子供だからなのでしょうね。お父様は侯爵としての立場と父親としての立場で難しい決断を迫られたのでしょうから。とにかくこれでお父様を軽蔑しないで済みます。教えてくれてありがとうございますミーナ」


 嬉しそうにそう口にする姉様に、私も思わず顔がほころぶ。

 姉様はいつでも私に対して優しかったが、こうして口に出して伝えて貰えるとやっぱり嬉しい。

 しかしこの姉様が父を内心軽蔑していたとは。もちろん冗談も含まれているだろうが、なんとなく本気っぽさを感じさせる。きっとこういう所も姉様の魅力なのだろう。


「はい、クラリス姉様。私も姉様に気にして頂いて嬉しく思います」

「ふふっ、ミーナは本当にできた妹ですね、姉は嬉しく思いますよ」


 冗談めかして言う姉様の言葉に、私も笑みで返すと!姉様が突然「あら」と声を上げた。


「ダミアン、言いたいことがあるならそうやって服を引っ張らずにちゃんと声に出して言いなさい。お父様も仰っていましたが、そろそろ姉離れを出来るようにならないと。再来年には私もこの家を出るのですからね」


 呆れたような言い方の姉様に、ダミアンはただ姉の服を掴んだまま俯くだけだ。


「……仕方のない子ですね。ではミーナ、私とダミアンはもう行きますね。もう少しお話したかったのだけれど、またの機会にしましょうか。また今度一緒にお勉強でもしましょうね」


 そう言い残して去る姉様ともう一人の兄を見送った後、私も部屋に戻った。






 クラリス・リシャール。

 リシャール家の長女として生まれ、侯爵家の歴史でも過去に例を見ないほどの才能に恵まれた、私のような紛い物とは違う本物の天才である。

 魔力の基本四属性全てに適性を持ち、僅か8歳にして上級魔法を扱い、融合魔法をも成功させたその事実は、侯爵家内外に大きな衝撃を与えた。


 融合魔法とは、複数の属性の魔力を魔法として形にする前に文字通り融け合わせ、人が生来持つことのない属性を生み出すという、魔力操作の極致とも言われる超高等技術である。

 本来魔力は属性それぞれが粒子として独立して存在しており、ただ混ぜ合わせたとしてもその性質が変化することはない。しかし、それぞれの魔力粒子の接触面積を最大かつ均一に合わせることで粒子の形状融解が起こり、元々融合させた魔力の両方の性質を持った魔力が誕生する。

 その魔力を魔法という形にしたものを融合魔法と呼ぶ。単に複数の魔力を混ぜ合わせ発動するだけの技術を複合魔法と呼び、これもそこそこの難度ではあるが、融合魔法はその比ではない。

 一流の魔法使いの条件とは、魔力量や上級魔法の上の特級魔法を扱えることではなく、融合魔法を自在に使い熟すことだと言う者も少なくなかったりするくらいである。

 姉様はまだ自在にというわけではなく!二属性の融合に成功しただけに過ぎないため、まだ一流の魔法使いを名乗るには早いかもれしれないが、それも時間の問題でしかない。

 そんな姉様は国中や国外からも注目されており、本人の容姿の可憐さも合わさって、婚約の話が引っ切り無しにやってきているらしい。


 私から見た姉様の評価は優しく穏やかだが、意外と押しが強いというものだ。父から見放され家族はもう母しかいないと思い込んでいた私に声を掛け、優しく気遣ってくれたことを覚えている。どうして優しくするのか聞いたが、あなたが妹だからの一点張りだった。強引に関係を保たれたせいか姉様の持つカリスマのせいか、私はいつも姉様に対して頭が上がらない。そしてそれを悪くないと感じている。


 因みに融合魔法の使い手で最も有名なのは、聖女と呼ばれる勇魔大戦の英雄の一人である。

 基本四属性による融合魔法である回復魔法は、大戦の際多くの戦士や人命を救い、それを為した聖女の存在は伝説となり、その名を歴史に刻むこととなった。

 現在では魔術による再現で回復魔法は唯一無二のものでこそなくなったが、属性融合の難しさは広く知られることであり、聖女の代名詞でもある回復魔法は未だ特別視されている。そのためその使い手は大陸中から尊敬を集め、大きな影響力を持つ。

 姉様もそうなることを期待されており、それはきっと疑うことのない未来だろう。



 そしてそんな姉様と同じ両親を持ち、私の一つ上の兄でもあるダミアン・リシャール。素晴らしい姉を持ったせいか、幼い頃からその姉に甘え内向的な性格に育っている。私が初めてダミアンを見たときには、既に姉のクラリスに引っ付いていた気がする。

 そんなダミアンであったためか、それほど周囲からは期待されておらず、魔力測定の結果もベルトランやクラリス姉様に及ばない上に、彼の一つ下に私がいたため、一時期落ちこぼれのような扱いを受けてその性格がますます内気になってしまった。というようなことを、以前母から聞いたことがある。母はきっと父か姉様から聞いたのだろう。

 結局私がそれ以上に無才であったため、落ちこぼれの肩書きは私に移ることになった。だからダミアンにとって、私は自分よりも落ちこぼれてくれた恩人なのか、自分以上の落ちこぼれとして軽蔑すべき対象なのか、それとも姉に関して自分の立ち位置を脅かす敵なのか、そもそも姉以外の人間には興味がなく眼中の外なのか。

 正直まともに会話した記憶すらないからか、私にとって彼の印象は非常に薄い。きっと彼も同じようなものだろう。



 二人の母親であるリディアーヌ・リシャールについては、バロテル伯爵家出身であることと母を敵視しているということ以外は特に知らない。

 母を敵視している理由についてだが、父が母を口説いて結婚したから。ただそれだけであるらしい。詳しい事は知らないが、なんでも彼女は父に一目惚れしてそのまま結ばれたらしい。だから政略結婚のイザベルと違い、私の母は彼女にとって明確な恋敵であり、母が結婚して数年経つのに未だに隔意を持ち続けているらしい。

 対して私の母はリディアーヌを特に嫌っておらず、寧ろ好意的に思っているようである。本人曰く恋する乙女は憎めないらしい。

 私についての対応は、私の魔力測定の前後で特に変わっていない。敵視する女の娘であるが子供に当たらない分別はあるらしく、本人から直接何か嫌味を言われた記憶はない。

 そういう理由で、私にとってリディアーヌは悪感情は無いが、特に好感を抱いている訳でもないという、まるで赤の他人のような距離感にいる女性である。

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