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魔道のマナー  作者: 青梨
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居続ける理由

 私と母が寝泊まりする部屋があるのは、本館の西側に位置する客人用の別館である。東側は屋敷で働く人間が寝起きをし、侯爵とその家族に加え一部の使用人は本館で暮らしている。


 その別館の一室で目を覚ました私は、同じ部屋で寝起きしている母に挨拶した。


「おはようございます母様。早く起きませんとまた遅刻してしまいますよ」


 そう声を掛けながら母を揺すると、「う、うーん……」といった呻き声を上げて、もぞもぞしながら布団の下に潜って行ってしまった。

 これは駄目だと思った私は、強引に布団を引き剥がし無理矢理にでも母を起こすことを実行する。


「あ、あぁ〜、ミーナちゃん酷い……。お母さんまだ寝足りないから寝かせて欲しいのに……」


 そんなアホな事を宣いながらも、渋々と体を起こし始める人物こそ私の母であるアナベル・エマールである。


「うぅ……ミーナちゃんはもう少しお母さんに優しくするべきだと思うの。例えばお母さんの二度寝を許すとか。二度寝を許すとか」

「どうして二回も言うんですか……。そう言って前にそのまま寝かせたら、遅刻して怒られたって文句言ったじゃないですか」

「ゔっ! で、でもその後ちゃんと謝ったし……あっ! そういえばミーナちゃん来週は例の試験があるでしょう? 最近勉強の調子はどう?」


 露骨に話を逸らされたが、試験の結果は母にも無関係ではないため素直に答えることにする。


「はぁ……まあ、前回の試験の難易度から大幅に難化するようなことでもなければ問題ないと思うけど」

「お母さんも問題を見たけど、とても5歳の子供に出すような難易度でなかったわ。にもかかわらずその余裕。さすがはミーナちゃんね。それとやっと他人行儀な口調を崩してくれてお母さん嬉しいわ」


 これまでのアホっぽい言動はそれが狙いかと一瞬感心しかけたが、この母は大体いつもこんな感じだったと思い直す。


「だけど仮にミーナちゃんの試験が駄目だったとしてもお母さんも稼ぎ口はあるし、実家を手伝えば問題ないからあんまり無理しなくてもいいからね?」


 母の実家は国でもそれなりに大きな商会であり、母はその会頭の一人娘でもある。

 侯爵の第三夫人の立場であった母であるが、リシャール性を名乗ることを許されなくなってからは元々の性であるエマールを名乗るようになった。そして性をエマールに戻してから母は実家の仕事を手伝うことになった。

 本人の言い分としては、既に自分は侯爵家の人間でないからということと、私が今の暮らしが嫌になったらいつでもこの家を出て行けるように、ということである。

 だけど私としては自分からこの家を出たいとは思わない。単純に侯爵家の庇護下にいることは大きな利点であるし、国内有数の貴族として多くの蔵書を有するこの家で学べることも多いからだ。この家を出てもそれなりの環境で学べることに変わりないなら、私たちの面倒を見てもらっている侯爵の面子を潰す様な真似を積極的にすべきでないという理由もある。

 そしてこれが個人的に一番の理由であるが、私が暗殺を警戒しているからだ。使用人からの噂で聞いただけの話ではあるが、私はこれが十分にあり得る話だと考えている。

 今でこそ侯爵家の名と威光に守られその兆しを感じられないものの、その庇護から外れても問題ないと思うほど楽観視はできない。私だけならともかく母まで巻き添えとなる可能性が高いのだ。

 本来なら母には侯爵家の敷地から出ることすら控えてほしいが、本人に伝えてもそんなに心配しなくても大丈夫だとかそんなことしか言わない。せめてここ領都からは出ないでほしいとは思うが、数日帰らない日があったりと、忠告を聞き入れてくれた試しがない。

 暗殺する側からすれば狙いは私であるため、母をわざわざ狙うならば警戒度を引き上げさせないためにも、娘である私と同時に始末しなければならない筈であるから、確かに心配しすぎかもしれないとは思うが、絶対とは言えないのだ。

 だから私はそんな能天気な母を守るためにも、早く力を付けこの国と侯爵家の利益になることを証明しなければならない。


 その後母の寝癖を直したり朝食を口にしたりしながら時間を過ごし、母を見送ってから今日も書庫に向かった。




 


 その日の深夜。リシャール侯爵家本館のとある一室、派手に飾らず機能性を重視ながらも、見栄えの良い家具の配置がなされた室内に、二人の男の姿が存在した。


「今回の王都での諸侯会議、お疲れ様でした旦那様」

「あぁ……今回の会議は今までの中でも特に疲れさせられた。おかげで会議を終えてからすぐに車を走らせてここに戻ることになったよ」

「それはそれは。しかしながら一つ言わせてもらうと、こんな時間にお帰りになられるならば事前に御一報入れて下さらないと。我々も満足に出迎えもできません。家主である旦那様への対応がなおざりになると我々使用人の質が疑われ、ひいては旦那様の名声に傷が付きかねません」


 先代から仕えている家宰にそう苦言を呈され、申し訳なさそうな顔をする主人であるエドモン。彼は棚にあるワインを手に取るとソファーに深く座り、家宰の用意したグラスに紅色の液体をを注ぐ。


「それについてはすまない。こちらの落ち度だ。だがそうせざるを得ない程に厄介な問題が発生したんだ」

「厄介な問題ですか……? それは三ヶ月後に控えた西部地域会合についてですか?」

「いや、それもあったが違う。たぶんそこでも議題に上げられるだろう事柄だ」


 そこで一度言葉を切り、グラスに注がれたワインを舐めるように口に含むと、表情を引き締め告げた。


「東のドルトワルトで革命が発生した」


 その言葉を聞いた家宰の息を呑む音が室内に静かに響く。


「それは事実……いえ、それはいつ頃発生したのですか?」

「私がそれを知ったのは登城してからだが、その情報が王城に届いたのは革命発生から既に十日以上経過してかららしい。なんでもドルトワルト中の主要な都市や国境に、人の出入り制限が課されていたという話だ。情報を届けた者は国境の監視を抜けるため、強引に魔物領域を突破したという。無茶をするものだ」


 主人の言葉を疑う様な発言を言い直した家宰の質問に、自身が耳にしたことを伝えるエドモン。

 家宰の問いは更に続く。


「……それで、革命の成否はどうだったのですか?」

「それについては未だ不明なままだ。だが諜報員が国を出るのに困難を要した動きの早さや人材の用意にその配置の周到さから考えるに、革命の背後には東側諸国が存在するのは間違いないだろう。だとすると失敗などはあり得ないだろうよ。会議でも軍の出兵が議題に上がったが、ドルトワルトから正式に要請された訳ではないし見送られた。その後は東部への対応策を考えるのがほとんどだったよ」

 

 ドルトワルト王国はラークシャル王国と同様大戦時の英雄を祖先に持つ由緒ある国である。しかし近年では政治的な腐敗も酷く、エドモンとしては来るべき時が来たかという考えであった。


「まだドルトワルト一国だけですが、この流れが大陸中に広まるとなれば、我が国も他人事だとは言っていられませんな……」

「あぁ……そうだな。今こそ我々貴族は王家の元一つに纏まらんといかんというのに……あの爺! 関係ないことをネチネチと言いやがって! 会議の場で言うことじゃないだろうが!!」


 酒が入ったせいか徐々にヒートアップしていき、最後には怒鳴り始めたエドモンを家宰が嗜める。


「落ち着いてください旦那様。あの爺とはロッフバルト公爵のことですね?」

「ああ、そうだよ。あの爺、『リシャール家は子供の才能に大変恵まれている様ですが、忌み子が生まれたことや東部との折衝を担当しているにも関わらず、今回の革命を予測できなかったことを考えると、貴家には彼の国同様凋落の兆しが見え始めましたかな』などと陛下の御前で宣いやがった。今回の革命は想定よりも早く起きたせいで進言できなかっただけだ。現に他国だって明確に軍事行動を起こしたという話は聞こえて来ない。……それにあの子は忌み子ではない。そんな錆び付いた価値観をいつまでも更新できないから、今回みたいに東部の連中に出しぬかれる様な結果になったんだ」


 家宰の言葉に幾らか頭を冷やしつつも興奮が冷めやらぬのか、エドモンはグラスに残ったワインを一気に呷る。そんな主人の様子に苦笑を浮かべる家宰を見て、そういえばと切り出すエドモン。


「子供たちの様子はどうだ? ミーナは例の試験がもうすぐじゃなかったか? それにベルトランも王都の学園への入学を来年に控えているし、勉強の調子はどんな感じだ?」

「はい。まずミーナ様ですが、特にお変わりはありません。試験については来週ですが、毎日の様に書庫に通っていることですし問題はないでしょう。勉学同様魔力訓練も欠かさず行っている様です。先日遠目に拝見した際には、魔力の扱いにとても練達しているご様子でした。単純な魔力操作ならば既に長女のクラリス様に匹敵するかと思われます」


 そんな家宰の高評価に思わず口元を緩めるエドモンであったが、すぐに表情を元に戻し、「続けてくれ」と他の子供たちについても語るよう促した。


「次にベルトラン様ですが……母親であるイザベル様の影響が強いせいか、相変わらず自身よりも下の立場に対する者への当たりが強いです。使用人からも決して好意的な印象を受けていないことが察せられます。座学や魔法は優秀ですから、王都の学園へはこのままならば上位の成績で入学できることでしょう。そして妹のメアリー様ですが、ベルトラン様同様才能に恵まれていますし……それに以前と違って笑顔も増え、日々伸び伸びと魔法の訓練を行っておられます」

「ベルトランか……あいつは常にクラリスと比較され続けたからな。自分が厳しく育った所為か、他人へ求めるレベルも高いんだよな。その点メアリーは……あー、ミーナに魔法の才能がなかったのを決して喜ぶわけではないが、悪いことばかりでもなかったかもな……。いや、二人の教育をイザベルに任せきりにせず、少しは口を出すべきだったか?」

「今からでも遅くありません旦那様。ベルトラン様が王都の学園へ入学するまでに、親子水入らずで話すと良いでしょう」

「……そうだな。二人とも今はイザベラの実家のカールストン家に帰省中だったか? 東部への対応や地域会合でまた暫く家を空けることになるが、入学までになんとか時間を作るか。よしっ……」


 そう少し吹っ切れた様子の主人に温かい視線を送り、話を続ける家宰であった。


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