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魔道のマナー  作者: 青梨
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魔力訓練

 魔法をまともに使えない私ではあったが、魔法に関する知識の収集をやめたわけではない。なぜならこの世には、自身の魔力を消費せずとも魔法を使う方法が存在するからだ。

 それが魔術である。

 魔術は魔法を人為的に再現しようとしたものであり、広義の意味では魔法に分類されるが、魔法とはその体系が異なる。魔法が自身の魔力と生来の適正属性によって発動するのに対して、魔術は外部に必要な魔力や属性を用意することで魔法を再現するものだからだ。今や世の中に当たり前に存在する魔道具は魔術の発展による産物である。

 そして魔術を使えば、適正属性を一つしか持たない私でも、他属性の魔法を使用できるようになるのだ。

 そういうわけで魔術に活路を見出した私であったが、今のところ経過は芳しいとは言えない。いくら魔術が自身以外の魔力を使用するからといって、発動に必要な魔力の全てを負担させるなんて使い方は、本来あり得ないものだからだ。

 火属性に適正を持たない人が発動に必要な魔力量100、威力100の火属性魔法を魔術として使うとする。このとき魔法発動に必要な魔力を外部に用意した魔術触媒に通すと、その触媒が予め刻まれた術式によりその魔力属性を変換し、設定された魔法を自動で発動するようになる。それが大まかな魔術の仕組みだ。これの最も優れている点は、魔力さえ流せば誰でも決められた魔法を行使できるという点だ。

 しかし、この仕組みも万能という訳ではない。

 火属性に適正を持つ者ならば、本来の必要魔力量100で行使することが可能であっても、適正を持たない者が魔術によって同様の魔法を行使する場合、魔道具による魔力の変換効率の問題があるため、必要な魔力量が倍の200になったりと本来よりも多い魔力を必要とするのだ。

 更に触媒に関しても魔法の発動媒体と競合することにより、同じ魔法を発動する場合でも前者が発動媒体により威力が上昇し200になるのに対し、後者は本来の威力通りの100にしかならない。つまりは魔術による魔法の行使は、通常の魔法と比べ数分の一に効果が減衰するに等しいのである。

 それでも適正を持たない魔法を使用できるのは大きな利点であるし、術式さえ完成させれば理論上どのような魔法も再現できること、加えて触媒の魔力変換効率は日々向上していることなども踏まえれば、大抵の場合は問題らしい問題とは見なされていない。

 ただしそれも、元々の魔力量が多ければの話である。

 魔力量が常人よりも遥かに少ない私では、自分の魔力を変換したところで初級魔法すら再現できないのである。魔石を湯水のように使えればその限りではないが、現実問題、私の財力ではそんなことは到底不可能な話であるのだ。


 そんな悲しい現実について考えながら場所を書庫から裏庭に移し、日課の魔力量を増やす訓練を開始する。

 魔力測定の結果は、あくまで5歳時点の魔力量から潜在的な魔力量を予測したものでしかない。成長すると同時に測定結果以上の魔力量を有する事になったという例や、逆に測定結果よりもかなり低くなる例も確認されている。

 これらの事例に関係していることこそが魔力訓練である。

 身体に宿る魔力は使わずにただ過ごしているだけの場合よりも、体外へ意識的に放出するなど実際に魔力を使用した場合の方が、効果的に増やすことができるとされているのだ。この事実は広く人々に知られており、魔力測定を終えた子供にこの訓練をさせる家庭は珍しくない。

 しかし、街中での攻撃能力のある魔法の使用は、私有地や指定された敷地、特別な許可を持つ者を除いて禁止されている。仮にこれに違反し、更には悪質だと判断された場合においては極刑もあり得る。それが例え魔力訓練中の魔法暴発であっても刑罰の対象となり得、その対象はその者が成人していれば本人が、未成年の場合は保護者か監督者となり、これが複数回繰り返されれば本人に対して魔力封印の措置が取られることになる。

 そのため、まだ魔力の扱いに不慣れな子供のために魔力訓練をする際、保護者が街の外に付き添うのは当たり前に行われていることであり、そこそこ大きな街なら毎年の風物詩となっている。それと同時に、この訓練により魔法が暴発するという事故が街の内外問わず発生するのは、毎年のことであったりする。


 そういう訳で、私も例に漏れず魔力訓練を行っているのだ。

 父が侯爵であるため、敷地内であれば魔法の使用も許されているので、例え訓練中に魔法が暴発しても私や母が罪に問われることはない。もっとも、私の場合は魔法が暴発しても一瞬周囲を照らす程度で、これが街中であっても実害が出る可能性は無いに等しいため、全く関係なかったりするのだが。


 私の貧弱な魔力量と魔力回復量では、普通に魔力訓練をやっても、ただ体外へ放出するだけですぐに終わってしまう。ほとんど訓練にはならない。これでは例え増えても、コップ一杯の水に一滴の雫を継ぎ足す程度に過ぎないだろう。

 だから訓練方法を工夫する。

 やることは単純だ。一度体外に放出した魔力との接続を切らずに維持するのである。これは魔力精密操作の訓練として行われるのだが、魔力訓練にも活用できると本に書いてあったことだ。

 だからといって、まだ魔力訓練をするような子供が実際に行えるものではない。魔力の精密操作訓練は、本来魔力の扱いと理解を深めた中級者から上級者向けの訓練内容であり、魔力の扱いが初心者である者が行って効果を出すのは不可能に近い。無理に行ってもただの魔力訓練にしかならない。

 ただ私の場合は事情が異なる。この方法でなければ訓練を行っても、ほとんど無意味になると理解しているからだ。

 そういう訳で始めたこの訓練であるが、自分でも意外なほどの適正を発揮した。

 初めたばかりの頃はすぐに魔力との繋がりが消え霧散してしまったが、何度か繰り返していく内に操作できる魔力量が徐々に増え、自分が望んだように魔力を自由自在に動かせるようになった。今では放出した魔力で家具や建物に、本で見た動物や魔物を再現できるまでに成長した。仮に魔力の操作に関する全国大会があれば、優勝し世代代表になれるのではと自画自賛するほどである。

 しかし、肝心の魔力量を増やすことに関しては、全く思うような成果を上げられていない。考えられる理由として最も有力なのが、元々の魔力量が少なすぎるという可能性だ。

 魔力量の増加は基本的に割合増加であるとされている。なので保有する魔力量が少なければ、当然増加する量も相応に少なくなる。

 更に魔力というのは、個々人で保有できる限界に差があると考えられている。

 例えば魔力回復量の多い人が、魔力が回復する度に魔力訓練を行ったとしても、ある地点を超えた時点でほとんど増加しなくなるのだ。それが個人の魔力保有限界量である。魔力測定にある魔力量の算出とはこれを予測したものである。もちろん例外も存在するが、概ねこの考え方が正しいものとして認識されている。

 そのため私のこの訓練も通常より効果的な分、頭打ちになるのが早いだろうし、そもそも魔力量が全然増えていないという問題もあるのだが、私としては自分は例外の側だと期待して続けるしかないのであった。




 日課の訓練を終え、そろそろ自分の部屋へ戻ろうと考え始めた頃、私のいる場所に誰かが近づいてくる気配がした。


「いつもいつも、こんなすみっこで魔力くんれんなんかしてご苦労なことねっ! こんな日かげでかくれた場所でなく、私たちと同じようにくんれん場を使えばいいじゃない。それとも私のすばらしい魔法のとなりで、発光するだけのショボい光魔法をひろうするのがそんなにはずかしいかしら?」


 言いながら姿を現したのは、私と同じ歳であり、一ヶ月程後に生まれた腹違いの妹に当たるメアリー・リシャールだ。母親と同じ水色の髪に勝気に見える吊り上がった青い瞳をした、私から見ても将来美人になるだろうことを思わせる容姿をした少女である。ちなみにあのベルトランと同腹の妹でもある。


「はい、いいえメアリー様。確かに私の魔法など、才能豊かなメアリー様方の足元に及ぶべくもありませんが、私が現在行っているのは魔力の増加のみを目的とした魔力訓練ですので、この場所の様な庭の片隅で事足りるのです。それにわざわざ訓練場に赴いて魔法暴発などを起こして、メアリー様方の訓練の妨げとなるのは私の望むところではありません」


 私は既に公式にはリシャール家の人間ではない。侯爵令嬢であるメアリーに対しては相応の態度で接しなければ、私をよく思わない人間たちに要らぬ攻撃材料を与えることになってしまう。だから貴人に対応するように返答した。


「ふっ、ふん……! そんなむずかしい言い方をしたって、けっきょく私と比べられるのがこわいだけでしょっ! そもそもあなたの魔法がぼうはつしたって、一瞬まぶしくなるだけじゃないっ! た、確かにくんれん中にとなりでまぶしくなられたら、くんれんに集中できなくなるかもしれないけど……でも……」


 そんな風に私の言い分に一理あると思ったのか、最後には言葉尻が萎んでいくメアリー。兄のベルトランと違い、こういう部分は年相応で素直なのが好感が持てる。


「と、とにかく! 今は私の方がすごいんだから、もっとうやまいなさいよねっ!」


 そう言い残して、恥ずかしさからか少し顔を赤らめながら、メアリーは私の前から去っていった。


 私とメアリーは同年代だ。だからこそと言うべきか。彼女は度々私と比べられながら育ったのだろう。

 自分で言うのもなんだが、私はいわゆる神童として周囲から評価されていた。

 そして言うに及ばず、メアリーの母はあのベルトランの母でもある。メアリーと直接顔を会わせることはほとんど無かったが、おそらく厳しく躾けられたというのは想像に難くない。

 だからなのだろう。幼いながら私へのライバル心と劣等感がない交ぜになった状態であった彼女が、私の魔力測定の際に一人だけ安堵の表情を見せていたのは。

 結局その後私は出来損ないとされ、彼女は三属性に適性を持ち魔力量も10段階評価で上から3つ目と、非常に優秀な結果を残したため、私たちの評価は完全に逆転した。

 そんな訳だからなのか、既に凡人以下の私など彼女にとっては取るに足らない存在であるだろうに、度々突っかかってくるのだ。ベルトランと違って、母を侮辱しないだけで好意的に思えているので、私は彼女に対し含むところはないが、彼女としてはそうでは無いようだ。

 思えばメアリーの境遇はベルトランと似ているかもしれない。私が途中で落ちこぼれたたことで、メアリーはそれほど歪まずに済んだのだろう。

 それに対して、ベルトランの場合は比較される相手が悪かった。彼自身はメアリーと同程度の才能を有しているのにも関わらず、あの姉と比べ続けられたのだ。それが物心つく頃からずっと続けば、あんな風に性格がひん曲がってしまうのも無理ないのかもしれない。


 もしも私がそれなりの才能を有していたら、ベルトランが二人に増えていたのだろうか。そんな嬉しくない想像を頭に浮かべながら、私は足早に自分の部屋へ戻った。

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