才能ある少女
それからの私の扱いについてであるが、これはリシャール家内の問題だけに留まらず、影響は第一、第二夫人の実家にまで波及することになった。様々な意見が交わされたそうだ。
その中には、私と母をリシャール家から追放するといったものから、国外追放、果ては私を忌み子として秘密裏に処刑してしまおうといった、過激なものまであったらしい。そのことを後に使用人の会話から知った。
どうしてそこまでの大事となったのかというと、私が生まれたこのラークシャル王国という国の成り立ちと、国の位置関係的に西側諸国と呼ばれる西部地域にラークシャル王国が属することに関係した。
勇者や大戦時に活躍した英雄たちの出身地は大陸中に散らばっているとされている。しかし、英雄たちが死没した地は上記の区分による西部地域であることが多い。なぜなら西部が最終的な人類と魔物による決戦の地であったからだ。
この戦いで傷付いた英雄たちは、魔物との争いにより荒廃した大地の復興を人類の新たな目標として掲げ、終生をその地に費やし永遠の眠りに付いた。中には遂ぞ故郷への帰還を果たせなかった者や、戦死した勇者の意志を継いで魔物と戦い続けた者も多く存在したという。
そしてその子孫こそが、今まさに西部に住まう私たちなのである。
ラークシャル王国には、王族,貴族,平民という明確な身分階級が存在する。
ラークシャル王家の祖先は、大戦で活躍した英雄の一人であり、勇者以上の魔法の使い手として、また勇者の師としても知られている大魔法使い、イクリア・ラークシャルである。
故にラークシャル王国では魔法を神聖視する傾向が強くあり、多文化共生の進む昨今の国際事情に於いても、その特色は色濃く残っている。
あるいは私がただの平民であったならば、魔力に関する事柄とは無縁に生きるという選択肢も取れたかもしれない。だがしかし、私が生まれたリシャール家は上級貴族であり、私の父はラークシャル王国から侯爵位を賜っている。
そんな父の娘である私が、魔法に関して平民以下の才能しか持たないというのは、外聞を過敏に気にする者たちにとっては決して放置できない問題なのだ。私の存在はリシャール家にとって汚点そのものとも言えるため、そこに嫁いだ侯爵夫人の実家にとっても、他人事だと言っていられないのである。
そんなこんなで、私に対する扱いが本人の知らないところで紛糾するなか、侯爵である父は結論を出した。
それは、私と母にリシャール性を名乗ることを認めないが、私が成人するまでの間はリシャール本家で面倒を見て、生活を援助するという内容である。
どのような過程を経てそんな結論に至ったかは分からないが、父はかなり強引に話を進めたようだった。
その主な理由として、年齢に似つかわしくない知性を発揮した私を手放すのが惜しいと考えたのが一つ。もう一つは侯爵である父がラークシャル王国の代表として、東側諸国との折衝を担当しているからである。
中央大陸の東には海を隔てて群島国家が存在し、その更に東には大陸があるそうだ。そこから海を越えて流入してくる新しい文化や価値観に対応するには、多角的な視点と柔軟な思考が求められる。
若くして侯爵家を継いだ父にとって、時代錯誤な思想に対しては否定的な考えであるらしい。かと言って、私の存在が侯爵家の名に瑕を付けかねないのも事実であり、そういったことを考慮した上で下されたのが今回の結論というわけである。
理由がなんであれ、成人までの生活が保障されたという現実に私は素直に安堵した。
とはいえ、生活が保障されたからといって、それで私を取り巻く状況が改善したというわけではない。
特に私を侯爵家に置く理由の一つである、私の学問的な能力に関しては、定期的に試験を行い結果を残し続けなければならなくなった。これがなかなかに厄介で、どう考えても5歳児を想定した難易度ではないのだ。具体的に言えば、王都にある身分問わず有望な若者が通う学園の、中等部の試験に相当している。私を侯爵家から追い出したい腹積りが透けて見えるようだった。
ただ出題者の言い分としては、中等部では魔道学についても教えており、それを試験から除けば常識外れの難易度とも言えないらしい。父である侯爵も承知しているとのことだった。
そう言われたら私としては文句の言いようがなく、黙って受け入れるしかなかった。
そんなわけで、試験勉強をするためにも私は書庫に入り浸っていることが多いのだが、その所為で腹違いの兄から嫌味を言われる機会も少なくない。
だからといってやめるわけにはいかない。私だけの問題ならともかく、母にも関係することだからだ。
私は私の価値を、侯爵家に示し続けなければならない。私ができるのは今日もこうして、兄の罵倒に耐えつつ知識を身につけることだけだ。
椅子に座り直した私は、机の上にある本のページを捲った。
(既に上級の魔道書まで読破したけど、魔力が少ない私でも使えそうなもの全然ないないんだよなぁ……。魔力を増やす方法についてもほとんど同じ様な内容ばっかだし、それも全然効果ないし……)
私が初めて魔法や魔術の存在を知った時、その存在に対してひどく懐疑的な気持ちを抱いた。
なぜなら私にとって、魔法なんてものは非科学的な存在の筆頭であり、理屈の上で決してあり得ないことだったからだ。だから実際にそれを目にした時はひどく興奮し、その夜うまく寝付けなかったのを覚えている。いつか自分もあんな魔法やこんな魔法を使えるようになると、ベッドの中で胸を期待に膨らませたものだ。
しかし現実は非情であり、私の魔力量は最低値を記録し、適正属性は光属性のみ。出来ることといえば、せいぜい数十秒の間だけぼんやりと周囲を照らすだけである。そして魔法を使用した後は、魔力が回復するのに半日ほどを要するという悲惨振りだ。
ただ、魔力を使い切った時に起きると言う虚脱感に襲われたことは一度もない。魔力を限界まで使用すると、人によっては数日寝込む者もおるそうで、そういったことが自身の身には訪れないのは素直に喜ばしいのかもしれない。最初級の魔法を使う度に寝込んでいたら、笑い話にもならないだろう。
(前世の知識があってもこれじゃあなぁ……。もしこれでその知識すらなかったらなんて考えたくもない)
そう、私にはなんと前世の知識と思われるものがあるのだ。
それに初めて気づかされる切っ掛けとなったのは、2歳の誕生日の時だった。誕生日には“ケーキ”を食べることが当たり前だと思っていた私は、そのことを素直に両親に伝えた。両親たちから帰ってきた反応は、予想していたものとは異なるものだった。
結局その日に“ケーキ”を食べることは叶わず、後日実際にケーキを目にする機会が訪れたのだが、私はその正体に愕然とした。なんとケーキとは、豆を煮込んで辛く味付けし、千切りした野菜と一緒に小麦粉でできた生地に包んで軽く焼いた料理だったのだ。当然のように、こんなものはケーキではないと、私はその場にいた母に訴えた。だが驚くべきことに、これこそがケーキだと母は言った。
納得できなかった私は、2歳児ながら丁寧にケーキの説明をすることで、ようやくこのような事態が引き起こされる原因を突き止めた。
なんと私の思うケーキとは、私が口にする“ケーキ”という単語と一致しないのだった。私が口にしたケーキとは先の料理のことを指し、私が考えていたケーキは別の単語で表現されていたのだ。
それを理解した私は勘違いであったことを母に謝罪して、辛くて食べられないその料理を代わりに食べてもらった。母はなぜそんな勘違いをしたのか疑問に思ったようだが、まだ私が子供だからだという理由で一人でに納得していた。
この一件から、私はなんとなく自分の特異性を自覚し始めた。
初めて目にする風景、耳にする音楽、口にした食べ物。そのどれもが漠然とだが身に覚えがあり、既に知っているものばかりだったのだ。
私は自分の持つ知識の源泉を知るため、家の書庫にある本を読み漁った。まだ簡単な文字の読み書きしかできなかった当時であったが、子供ながらの学習能力と元々あった知識を存分に活用することで、次々と新しい知識を身につけていった。元々私を賢い子供だと考えていた大人たちを、更に驚愕させる結果となった。
そうして3歳を迎える頃になって、自身の特異性について一応の結論を得られた。
それは、私が既に亡くなった人間の、生まれ変わりであるという可能性だ。
魔道学では、魔法または魔術を用いた不老不死や転生について、長年研究され続けてきた。自身の身体に術式を刻んで肉体の老化を遅らせたり、魔物の体の一部人体に移植したりと、方法は様々であり、中には多数の人間を生贄にするなどという悍ましいものまで存在するようだった。自分がそういった悍ましい研究の産物かもしれないと恐怖したが、私の前世なる人物が生きていたとされる地には、魔法が存在しなかったことを思い出して、すぐに落ち着いた。
そうなると分からなくなるのが、私の前世は一体どこの誰だったというわけだが、これについてもある程度の予測は立てられた。
それが異なる世界の存在だ。
私の前世とされる知識と今世で得た知識には、共通する部分も多いが明確な差異も存在する。その筆頭が魔法であり、魔物の存在だ。この二つについては確かな知識がなく、本で知ったときや実際に目にしたときに心踊らせた。これが何よりの根拠である。
多くの体験に既視感が多くある中、魔法や魔物については全く覚えがない。私の前世は、これらがない世界ではないかと予想できた。同時に、前世を含めて魔法とは無縁の人生にひどく落胆させられたのは、笑っていいのか悪いのか。
ともかく、私ことミーナ・リシャールは、魔法に関する最低レベルの才能と、前世の知識という特異な才能により、若干5歳にしてこの世のままならさを悟ったのだった。