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魔道のマナー  作者: 青梨
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5歳の魔力測定

 「ふぅ……」


 そう一息つき軽く肩をほぐしながら、もう何度目かになるマックス・プロウライト著による『中央大陸歴史観』を読み終え、ミーナはページを閉じた。

 魔王の出現と勇者の誕生に関してはこの国、この大陸においては切っても切り離されないものであり、言葉を理解できない赤子を除いた老若男女問わずに、広く知られている。

 そして勇者について記された書物は、幼児用の絵本から大人向けの歴史書まで多々あり、その内容は勇者の出自から家族に友人関係、果てはかつて勇者が滞在した場所から口にした物まで細かく記されている。勇者の生まれた地を聖地として認定し、観光という名の巡礼紛いのことまで推奨するようなものまで存在する。それらは例外なくベストセラーとなり、現在に至るまで大陸中の人々に読まれ続けている。

 魔王について記されたものも同様である。さすがに勇者には及ばないが、その存在も数多の書物に記され、多くの人々に知られることとなっている。

 今しがたミーナが読み終えた物も、それら数多の本の中の一冊であり、ミーナが初めて勇者と魔王について知ることになった物でもある。彼女がお気に入りとしているうちの一冊だった。



 本を読み終えてミーナがしばらくぼーっとしていると、今いる書庫の扉の先、廊下から足音が響いて来るのが聞こえた。ガチャリという音とともに、足音の人物が姿を現した。


「……誰か人のいる気配がする思えば、また我が家の出来損ない様が熱心に本に噛り付いていたのか」


 ミーナに対する嫌悪を隠そうともせず、嫌味を口するのは一人の少年。この家の長子であり、ミーナにとっての腹違いの兄に当たる、ベルトラン・リシャールである。


「いいご身分だな。才能の欠片もない、人間の出来損ないであるというのは。誰に何を強要されるわけでもなく、日がな一日中好き勝手に遊び歩いて咎められることもなく、呑気気ままに、怠惰に時を過ごすことが許されているのだから。私なんてお前と同じ歳の頃には、既に専属の家庭教師が付いて日夜勉学に勤しみ、今もその為の学習書物を取りに来たいうのに。まあ、仕方ないか。期待されるのは才能ある者の特権であり、お前のような碌な魔力も持たずに生まれた欠陥品では、放任されて当然というものだったな」


 長々と罵倒されている間、ミーナはただただ椅子に座って黙ったまま俯いていた。

 ベルトランからの侮蔑を浴びるのは、何も今回が初めてというわけではない。二人きりの状態になると、度々このような悪口を繰り返されてきた。まともに反応を示さないミーナの対応に飽き、自分の用事を済ますために一方的にベルトランの方から会話を打ち切るのが、いつもの流れである。


「ふん、所詮は上手く貴族に取り入ることしか能のない売女の娘だな。黙って聞き流すだけの対応は母親譲りか? だとしたら大したものだな。それだけは親子揃って天才的だ」


 その言葉を聞き、ミーナの頭に血がのぼりかける。が、必死にそれを自制する。ここで自分が激昂し反論しても、そういった反応はベルトランを喜ばせるだけであり、これからの罵倒内容に母への侮辱も追加されることが想像に難くない。そんなことが繰り返されれば、いずれ必ず我慢の限界が訪れ、きっと手が出てしまうだろう。

 それが子供の喧嘩の類で済めばいい。だが、ミーナの母親が平民であり自身は妾腹の才能無しである。対して相手は正妻の第一子でありながら、そのうち家督を継ぐ事になるかもしれない将来有望な人間だ。今さら自分の扱いに関して改善など期待していないミーナであるが、自身の行動で母にまで累が及ぶのだけは絶対に避けなければならない。それを心に固く誓うミーナは、奥歯を噛んで耐え忍んだ。

 当のベルトランは、ミーナにとって最も大切であろう母親まで侮辱したのにも関わらず、やはり特に何の反応も示さないミーナへの関心が消え失せる。書庫に来た本来の目的を思い出すと、何冊か目的の書物を手にしてあっさりと部屋から退出した。


 腹違いの兄が消えてから幾許かの時間そのままの体勢でいたミーナは、やがて席を立った。もともと読んでいた本を元の棚に戻すと、新しい本を手にしてまた席に着いた。

 それは上級の魔法と魔術について書かれた本であった。




 ミーナ・リシャールは天才である。

 これは身内の贔屓目や過大な評価、誇張が一切含まれていない、厳然たる事実として周囲に認識されていた。

 まだ乳飲みの子の時から言葉を理解し、2歳の頃には既に文字の読み書きを始めていて、歳が3つを超えるまでには自らの足で書庫に通うようになっていた。

 ミーナが読む本の中には、子供用の簡単な内容のものから、初等教育や中等教育を終えた10代の若者が手に取るようなレベルの高いものまで、幅広く含まれていた。

 そんなミーナを父であるエドモンは絶賛し、母であるアナベルも手放しで褒め称えた。屋敷中の人間からその親戚に至るまで、将来この娘は歴史に名を残す賢者になるだろうと誰もが確信した。


 そんな彼女の順風満帆な生活であるが、それは唐突に終わりを迎える。それはミーナが5歳になると同時に行われた魔力測定が原因である。

 魔力測定とは、5歳になる全ての子供を対象に行われる、個人の潜在的な魔力的資質を特殊な道具を用いて測定し、10段階で評価するものである。この測定で判るのは、その者の現在における魔力量,適正属性,魔力放出量,魔力回復量の4点である。

 現代において、魔術や魔道学を包括した文明の発展により、以前ほど魔力測定の結果がその人物の人間的評価と直結するようなことはなくなった。ただそれは表面上だけのもので、未だに魔力測定の結果に重きを置く価値観は人類全体で根強く残っている。たとえ下層階級の出自であっても、魔力測定の結果次第でその才能に対し国や権力者から熱烈な囲い込みが起きたり、測定の結果次第で子供を勘当する家があるのも珍しい話ではない。貧富を問わず、子供とその親にとって人生の重大行事となっている。


 ミーナが魔力測定を迎えた当日。その場には実の両親を初めとした多くの人間が集まった。未来の大賢者の誕生を目に焼き付けようとする者、結果次第で自身の振り方を考えようとする者、妾腹の分際で過分な評価を得ていることが許せないと思う者などを含め、多くの者が詰め掛けた。


『ミーナ、我がリシャール家始まって以来の麒麟児であるお前ならば、それに相応しい結果を出すだろう』

『ミーナちゃん頑張ってね。どんな結果でもお母さんはあなたの味方だからね』


 両親からの強い期待と励ましを受け、ミーナは魔力測定に臨んだ。

 ただその結果は、本人にとっても期待を掛けた者たちにとっても、到底信じ難いものであった。


 魔力量,魔力放出量,魔力回復量は何れも最低評価を記録し、適正属性も珍しいとされる光属性でこそあったものの、それ以外に適性を持たないという、これ以上ない最悪の結果となった。


 父であるエドモンはすぐに娘の再測定を要求したが、繰り返し行おうとも結果は変わらず、その後ミーナが今まで見たこともないほど顔を顰めて黙り込み、母であるアナベルはミーナを胸に抱いて慰めの言葉を掛けようとするも、そのまま泣き始めてしまった。

 ミーナはそこで、初めて自分は何か大きな失敗をしてしまったのではないかという不安に駆られた。原因を探るため父と母以外の面々に目を向けることで、なんとなくその理由を察した。

 周囲の人間の反応は様々だった。さも期待外れだと言わんばかりに落胆する素振りを見せる者。結果に対し同情的な視線を向ける者。そして、蔑みや嘲笑といった侮蔑の感情を露わにする者。


 中央大陸の人間にとって魔力とは、魔物との過酷な生存競争を生き抜く上で決して欠かせない、人間にとって最も重要な素養であった。時代や国、地域は違えども、魔力量の多寡や行使する魔法の強さによって、その人物の価値が決定づけられることが往々にしてあった。

 その価値観は今日に至るまで人類全体が持ち続けている。魔力的な能力が低い者に対する表立った差別こそ行われなくなったものの、彼らにとって生きぬくい世の中であることも確かだった。


 歴史的な事情までは察することができずとも、魔力測定で軒並み最低評価を出した自分が、人間として最下層に分類されてしまったという現実だけは、ミーナの子供らしからぬ知能で理解できてしまった。

 この日を境に、ミーナ・リシャールが天才と呼ばれることはなくなった。

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