44話
「あいつを破滅させたい」
そういった彼は私の目をじっと見ている。彼の整った顔がまるで能面のように見える。
「君も僕と同じ考えだろう?」
静かな口調で私にそう問いかけてくる。
「あなたもあの男に恨みでも?」
「まぁそんなところ」
しばらく沈黙が続いた。沈みかけている太陽がさっきよりも強くオレンジ色の光を放っている。
やがて口を開いた彼はボソリと言葉を発した。
「あいつとは異母兄弟なんだ」
「は!?」
唐突な彼の言葉に思わず声が漏れていた。
「俺達は捨てられたんだ。あいつの父親に…。突然だったよ。妹が生まれたばかりだったのに…。ある日突然、父が姿を消したんだ。最初は何か事故にでもあったのかと心配してたんだ。でも違った。突然父の正妻だと名乗る女が見知らぬ男達を連れて僕らの前に現れたんだ。それから僕達は訳の分からないまま、散々に攻め立てられて酷い仕打ちを受け続けた。でも何とかそこから逃げ出す事ができて僕らは必死になって生きてきたんだ」
何てことだ。彼も自分と近い境遇を生きていたなんて。私は驚きを隠しきれなかった。
固く握りしめている彼の拳がわずかに震えている事に気が付いた。 きっと想像する以上に大変な生活だったのだろう。
父と祖父、両方に対する怒りと憎悪が湧き上がっていくのを感じた。
「同じようなことをしていたなのて…」
「それ、どういうこと?ひょっとして君も僕らの父親の…?」
「それは違う。でも、私とあなたはとても近い血縁関係で繋がっている。これは間違いないです」
「あいつの妹でもないんだろう?どういう事だ?君は一体何者なんだ?」
「本当の事をいったところできっと信用はされないから…」
「僕が君の話を信用するかしないか、どうしてわかるんだよ。何があったんだ?頼む。話してくれ」
エルドはそういって私の隣に座り込むと、真剣な面持ちでこちらを見ている。
きっと信用はされないだろう。適当に嘘を言えばいいのかもしれない。でもそれも彼に見抜かれそうだ。半ば諦めながらも、エルドの気迫に押された私は、迷いながら話しだした。
「……。私は…。あの男、さっきホテル街に消えて行った男の娘です」
「何を言っているんだ。そんなはずないじゃないか」
あぁ、やっぱり。当然な反応だ。そう思いながら話を続ける。
「そうですよ。普通に考えたらありえない話です。でも事実なんです。私は今から17年後の未来から来たんです。近い未来にこの世界の私が生まれる予定なんですよ」
「いや…でも…。現実にそんな事があるわけ…!」
「私だってあんな奴が父親だなんて認めたくない。でも!現実にあいつは私の父親なんです。それと、私の母はあいつの今の婚約者です。でも母は死んでしまった。あいつのせいで!あいつと結婚さえしなければ死ぬ未来なんてなかったのに。幸せな未来が別にあったはずなんだ。その未来を母に取り戻してあげたい。私の望む事はそれだけです。だから自分の魂も存在も、全部を捧げてこの婚約を破棄したいんです。どうですか?こんな話、到底信用できないでしょう?」
「ちょっとまって。君の母親ってまさか…。君はあの人の子?彼女は死ぬのか!?どうして…!」
「私達もまた父親に捨てられました。本当に想い合っている相手と一緒になりたかったようです。私達を捨てた後、彼は一冊の本を書き上げました。それは想い合っていた相手との純愛ラブストーリーでした。その小説は世界中に広く知られ、皆か知るほど売れました。でも、私の母はそのラブストーリーの中では極悪非道な悪役令嬢として登場します。そのせいで姿の見えない相手からひどい嫌がらせを受け続けてきました。その嫌がらせの内容はひどく陰湿で、母は日を追うごとに病んでいきました。そしてある日、私が仕事に行っている間に母は自害してしまった…。事実ではない内容で母をあんなふうに書いて貶めたあいつを、私はどうしても許せない…。自分の全てを捧げてでもあいつとの結婚を破棄したいんです」
「そんな事が…。なんて惨い…。僕もあの二人の婚約破棄には大賛成だ。それにローラさんとの婚約がなくなるとあの家はまずいはずなんだ。それだけこの婚約はあの一族にとって重大な事なんだ」
「こんな非現実な話、信じられるんですか?」
「あぁ。最初はとても驚いたよ。でも、君、嘘つくの下手なんだよ。自分で自覚してないだろう?素直で単純そうだし」
「な…!」
エルドの言い分に言い返す事が出来なかった。どういい返そうかあたふたしている私に構いもしない彼は再び話し出した。
「でも。君、どうして男装なんかしているの?」
「あぁ…。こんな格好をしてるのは自分と、なにより母さんを守るためでした」
「なるほど…。そういう事か…。さっき聞いた生い立ちから合点がいったよ」
「でも、どうして私が女性だとわかったんですか?」
「あぁ、そんな事か。簡単だよ。ほら、こうやって両腕を胸の前に突き出して見て。そのまま手の甲をこっちに見せてL字に曲げて見てよ」
エルドが手本を見せながら動作をする。
「こうですか?」
「そう。そうしたらそのまま両腕をつけたまま胸の前で伸ばしてみて」
この動作になんの意味があるのかまったくわからない。言われるがままに彼の言葉に従う。
「はい、できましたよ」
半ば呆れながらエルドにそう告げる。
「肘から手首まで、付いたままだよね?」
「はい。これがどうしたんですか?」
「じゃぁ僕が同じようにやってみるよ」
そういって私と同じ動作をしようとする。でも彼の両腕はつかない。
「僕はこれ、できないんだよ。ほら」
エルドの両腕はV字で隙間が空いている。
「そんなに体、硬いんですか?」
「違うよ。理由は単純。僕が男だから」
「えっ?」
「まぁ全員に当てはまる事ではないし、個体差はあると思うんだけどね。男性と女性とでは骨格の作りが違うんだよ。ほら、普通に腕を真っすぐ横に下げてみてよ。普通にしててもちょっとだけ肘から前に曲がっているでしょう?この肘が曲がる領域を運搬角っていって女性はこの領域が大きいんだよ。男性と違って胸郭が狭くて骨盤が広いから。君、妹達と手遊びをしているときに時に無意識にその仕草をやっていたんだ。それを偶然見てしまってその時に確信したんだ。君は女性だって。服の上から体の作りは誤魔化せても骨格は誤魔化せないよね」
「なるほど…。そういう事か…」
腑に落ちたのもつかの間、突然私の目の前にエルドがそっと手を差し出していた。驚いて彼を見ると真剣な目が私を見ていた。
「僕ら手を組もう」
彼がそういうと、私の手はごく自然に彼の手を取っていた。それから私達はがっしりと握手を交わした。
「それとさ、さっきから気になっているんだけど。君のとなりにいるその猫。その猫は一体何者?」
キョトンとしているミゲラにエルドは意味深な視線を向けている。